21話 琥珀の聖域、甘い献立
琥珀の聖域、甘い献立
(……なんなんだ……この展開と、この状況は……)
ほんの数日前まで、自分を待っているのは孤独な死だけだと思っていた。それが暴漢に襲われ、生死の境を彷徨い、目を覚ませばそこは病院のVIPルーム。おまけに、命を救ったはずの美少女が、エプロン姿を彷彿とさせるような献身的な提案を目の前で繰り広げている。
あまりにも現実離れした幸福の連続。その密度と熱量に、カズヤの処理能力はとうに限界を超え、ショート寸前の火花を散らしていた。
「えっと……病院の食事、出るんじゃないのか? 普通、入院ってそういうものだろ?」
混乱を隠しきれないまま、カズヤが絞り出すように尋ねると、レナはくるりと振り返った。
「病院の食事は味が薄くて、相沢くんには物足りないかもしれません。お身体に障らない範囲で、わたしが栄養バランスを考えて作らせていただきますよ」
そう言って、彼女はすでに手際よくキッチンの冷蔵庫の中身を確認し始めている。
カズヤが自分の幸運を疑うように頬を微かにつねる横で、レナは鼻歌を歌わんばかりの機嫌で、彼のためだけの「特製メニュー」を幸せそうな表情で考え始めていた。
「……彼女の手料理と言えば肉じゃが……が定番だろうけど……。綾瀬さんは、仕方なく一緒にいてくれてるだけだし……」
自嘲気味に呟いた言葉に、レナの動きがぴたりと止まった。
「仕方なくではないですけれど……。むぅ……。肉じゃがですね、分かりました」
レナはプイッと不満そうにそっぽを向き、スマホを弄りだした。その少し尖らせた唇が、彼女なりの小さな抗議のようで、カズヤの胸をチクリと突く。
「相沢くんの好きな食べ物とか、嫌いな食べ物を知りたいですね」
「え、俺……? 好きな物か……。ジャガイモが好きかな。嫌いな物は特にないかな」
「……んふふ、すみません。……まさか、お料理名ではなくて、食材をダイレクトに言われると思っていなかったので……。えへへ、つい笑っちゃいましたぁ……」
レナは口元を片手で隠し、鈴を転がすような声で笑った。細められた琥珀色の瞳が、陽光を受けて宝石のように煌めく。
(わぁ……笑った顔、めっちゃ……可愛い)
あまりの破壊力に、カズヤは鼓動が跳ねるのを抑えることができない。
「んふふ。そうですよね、もっと相沢くんのことをいろいろと知りたいです。アレルギーは、ありませんか? 好きな献立とか、苦手な味付けとか、もっと教えてください♪」
「アレルギーも嫌いな物もないよ。……食材を言われても困るよな。でも、料理の名前って……詳しく知らないんだ。ずっとインスタント食品で生活していたし。そういえば……あの日も、インスタント食品が切れて、コンビニに弁当を買いに行く途中だったんだよな……」
ふと漏らした孤独な生活の断片。それを聞いた瞬間、レナの笑顔から悪戯っぽさが消え、代わりに深い慈しみの色が混じった。
「……すみません。……そうだったのですね。でも、これからは安心してください! わたしが作りますから。……ふっふーんっ♪」
レナは自信満々に胸を張り、少し鼻にかかったような、誇らしげな声を上げた。
「……え、あぁ……は、はい!?」
退院後も自分の食事を作ってくれるという宣言なのだろうか。それとも、この入院中の話なのだろうか。
カズヤが混乱している間に、レナはスマホで手際よく何処かへ連絡を入れ始めた。どうやら、最高級の「ジャガイモ」を含む食材が、もうすぐこの特別室へと届けられるらしい。




