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キモデブと、琥珀色の守護天使  作者: あるふぁ


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19話 琥珀の微笑みと密やかな計画

琥珀の微笑みと密やかな計画


「はい? 俺……そんな待遇を受けるような人間じゃないし!? 大部屋で十分だし、そもそもそんな大金を払ってもらう訳にもいかないし、俺には……そんな大金は、どこにもないって……! 予定通り、二、三日で退院させてください!」


 カズヤは震える声を張り上げ、必死の思いで拒絶を口にした。自分のような、これまで誰からも省みられず、泥を啜るように生きてきた人間が、VIP室だの理事長の配慮だのといった眩い世界に身を置いていいはずがない。その分不相応な重圧に、心臓が潰されそうなほどの恐怖を感じていた。


 しかし、その切実な訴えも、レナの断固とした、けれど底知れない慈愛に満ちた言葉によって、あっけなく遮られた。


「ダメですよ。今帰られてしまいますと……お部屋の模様替え、今まさに工事中なのです。埃っぽいですし、音も響きますから、ゆっくり休めるような環境じゃありませんよ」


 レナは、カズヤの不安を優しく押し留めるように、鈴を転がすような声で告げた。その表情はどこまでも穏やかで、まるで庭に新しい花を植えるかのような軽やかさだ。


「工事……? 掃除だけじゃなかったのか?」


 カズヤは目を見開き、掠れた声を絞り出した。掃除や片付けならまだ理解できる。だが「工事」という単語は、個人の住宅に対して使われるにはあまりにも重く、不可解な響きを持っていた。


「ええ、相沢くんがこれからもっと快適に過ごせるように、少しだけ、本当に少しだけ手を入れさせていただいているんです。専門の方にお願いして、心を込めて」


 ニコリと、一点の曇りもない満開の笑顔を浮かべるレナ。その背後に透けて見える「お嬢様」という人種の、常軌を逸したスケールの違い。カズヤはただ、無機質な病室の天井を見上げ、砂のように指の間から零れ落ちていく自分の「常識」を、必死に繋ぎ止めようと虚空を仰いでいた。


(少しだけ……って、一体何をどうしたら『工事』になるんだ……?)


 カズヤが混乱の渦に飲み込まれている間も、レナの琥珀色の瞳は、慈しむような光を湛えて彼を見つめ続けていた。


 実は、レナには秘めた計画があった。カズヤの体が不自由な間、彼が不便を感じないようにバリアフリー化を進めるだけでなく、彼がこれまで抱えてきた「孤独な家」のイメージを、温かな「帰るべき場所」へと塗り替えようとしていたのだ。


 カズヤを驚かせたい、そして何より、彼が二度と絶望の淵に立たなくて済むような、完璧な聖域を作りたい。そんな純粋で、けれど少しだけ独占欲の滲むサプライズを胸に秘め、彼女は小さく唇を噛んで笑みを堪えた。


「ですから、相沢くん。この広くて静かなお部屋で、わたしと一緒に、もう少しだけゆっくりしていきましょう? 退院した後のことは、すべてわたしにお任せくださいね」


 差し出された彼女の手は、驚くほど白く、繊細だった。しかし、その指先が描こうとしている未来の強大さに、カズヤはただ圧倒されるしかなかった。



特別室と加速する困惑


「え? ちょっと……綾瀬さん!? 工事って……なんですか? 家の工事なんて聞いてないよ。それに、俺の今後の生活費の蓄えは残しておきたいから、家にお金をかける余裕なんてないよ……」


 カズヤの背筋を、嫌な予感を含んだ冷たい汗がゆっくりと伝い落ちた。もしかして、この献身的な親切はすべて装いで、後から断りきれないような法外なリフォーム代を請求されるのではないか。


(これ……新手の、ものすごく巧妙な詐欺なのか!?)


 これまで裏切られ、虐げられることの多かった人生が、カズヤの思考を無意識に防衛的な被害妄想へと走らせる。だが、そんな怯えるような不安を向けるカズヤに対し、レナは機嫌よさそうに目を細め、まるでお気に入りの宝物を愛でるような慈愛の笑みを深めた。


「んふふ、相沢くんに請求なんてしませんよ。勝手に、わたしがしていることなのですから♪」


 鈴を転がすような、あまりにも屈託のない声。そのやり取りを傍らで聞いていた看護師が、感心したように、あるいは住む世界の違う住人を眺めるように、少しだけ呆れた苦笑いを浮かべる。


「本当に気前のいい彼女さんですね……。これだけ想われてるなんて、羨ましいくらいですよ♪」


 看護師の言葉に、カズヤは顔を真っ赤にして黙り込むしかなかった。否定しようにも、今の自分は彼女が用意した車椅子に揺られ、彼女が手配した運命に身を任せるしかない無力な存在なのだ。


 やがて、案内された「例の空き部屋」の前で車椅子が止まる。重厚な木目調の扉が、音もなく滑らかに左右へと開かれた。


「さあ、こちらですよ。相沢くん」


 レナに促され、足を踏み入れたその先。そこには、病院という場所の無機質さや死生観とは完全に無縁の、圧倒的な光景が広がっていた。


 足元には、歩行の衝撃を優しく吸収する最高級の絨毯が敷き詰められ、壁一面の大きな窓からは、遮るもののない街のパノラマが一望できる。病室特有の消毒液の匂いは微塵もなく、代わりにレナの纏う香りに似た、上品で落ち着いたアロマの香りが鼻腔をくすぐった。


 並べられた家具のすべてが、一目で高価だとわかる落ち着いた輝きを放っている。それはもはや「病室」ではなく、五つ星ホテルのスイートルームそのものだった。


(……これが、空き部屋? 冗談だろ……。こんな場所に、俺が……?)


 あまりの非現実感に、カズヤの意識が再び遠のきそうになる。背後で静かに閉まった扉の音は、彼をこれまでの過酷な日常から切り離し、レナが支配する優しくも強引な「聖域」へと完全に閉じ込める合図のようだった。


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