16話 琥珀の守護騎士
琥珀の守護騎士
「一緒に主治医の話を聞くために来てくれたんだ……。ありがと、心強いよ」
カズヤは努めて穏やかな笑顔を浮かべ、レナへと真っ直ぐな感謝を伝えた。独りで重い宣告を受けるのではないという事実が、鉄のように強張っていた背中を少しだけ軽くしてくれる。
レナが面会用の椅子に深く座り直し、カズヤを見守るようにしてしばらく経った頃。昨日とは違う、少し年配の看護師が慌ただしく病室を訪れた。
「相沢さん、主治医の先生から今後の説明がありますので、ナースステーション横の面談室までお越しいただけますか?」
その言葉に従い、カズヤがベッドから重い足を下ろそうとした瞬間だった。隣にいたレナが、凛とした、けれど氷のような鋭さを孕んだ声でその動きを制した。
「あの、お話でしたらここも個室ですし、こちらでお願いできませんか? お怪我をされている方をわざわざ歩かせて移動させる必要はないと思いますけれど」
「えっ……あ、は、はい……。そ、そうですね……。少々お待ちください、医師の方に確認して参ります」
看護師は、レナの纏うお嬢様然とした気品と、それ以上に有無を言わせぬ圧倒的な「圧」に気圧されたのか、困惑した顔のまま足早に部屋を出て行った。
「……綾瀬さん、そこまで言わなくても。俺、歩けるから大丈夫だよ」
カズヤが苦笑しながらたしなめると、レナはふいと表情を和らげ、心配そうにカズヤの包帯の巻かれた腕を見つめた。
「ダメですよ、相沢くん。あなたはわたしの……その、大切な人なんですから。もっと自分を労わってください。病院の方だって、配慮が足りません」
少しだけ憤慨したように頬を膨らませる彼女。その瞳には、カズヤを守りたいという一途な決意が宿っていた。
やがて、苦笑いを浮かべた主治医が資料を抱えて病室へと現れた。レナは即座に背筋を伸ばし、膝の上で小さなメモ帳とペンを構える。その真剣な横顔は、まるで最前線に立つ戦士のようだった。
琥珀の守護と微かな綻び
「綾瀬さん、俺に気を使いすぎだって。歩くくらい、なんてことないよ。大丈夫だから」
カズヤが困ったように眉を下げてなだめると、レナは指摘されたのが意外だったのか、少しだけ視線を落とした。そして、納得がいかないと言わんばかりに不満そうに唇を尖らせる。
「そんなことはないと思いますけれど……。痛みを堪えてまで、わざわざ説明を聞きに歩かされるのは、どう考えても理屈が通らないと思います」
その表情は、先ほど看護師をたじろがせた毅然とした態度とは正反対だった。どこか幼さの残る、年相応の少女らしい意地っ張りな一面。自分を真っ直ぐに案じるがゆえの独占欲にも似た頑なさが、そこには混じっている。
(俺のために、あんなに怒ってくれたんだな……)
自分を特別扱いし、不当な負担や痛みから全力で守ろうとしてくれる誰かがいる。これまでの人生で、常に「耐えること」だけを強いてきた世界が、彼女の存在一つで塗り替えられていく。カズヤはむず痒いような気恥ずかしさと共に、胸の奥からせり上がってくる深い幸福感を感じずにはいられなかった。
「……ありがとな、綾瀬さん。でも、あんまり看護師さんを困らせちゃダメだよ」
レナが俯くと、琥珀色の髪がサラリと滑らかな頬へと落ちた。それを色白で細い指先が掬い、そっと耳に掛ける。何気ないその一挙一動が、病室の重苦しい空気を忘れさせるほどに可愛らしく、カズヤは見惚れるのを止めることができなかった。
「むぅ……。相沢くんがそうおっしゃるなら、我慢しますけれど。でも、無理は絶対に禁物ですからね?」
レナは観念したように小さく吐息をつくと、膝の上で広げた真っ白なメモ帳をギュッと握りしめた。
やがて、廊下から規則正しい足音が近づき、ドアが静かにノックされる。
「失礼します、相沢さん。……お連れ様も、ご同席でよろしいですか?」
現れた主治医の問いかけに、レナは食い気味に「はい、もちろんです!」と答え、背筋をピンと伸ばした。その手元にあるペンが、一言一句漏らすまいと鋭く構えられている。カズヤはそんな彼女の横顔を盗み見ながら、これから語られる自分の「未来」に、少しだけ前向きな気持ちで向き合おうとしていた。




