14話 琥珀の拗ね顔と春の陽だまり
琥珀の拗ね顔と春の陽だまり
「は、はい……どうぞ。毎日、こんなところまで来てもらって悪いね……」
緊張で裏返りそうになる声をどうにか喉の奥で整え、カズヤは寝台の上で身を固くした。
静かに開いた扉の向こう、廊下から差し込む午後の光を背負って、彼女の琥珀色の髪がさらりと流れ、黄金色に輝いた。昨日よりもいくぶん親密さを増した、吸い込まれそうなほど透き通る双眸。レナは、春の野に花が咲き誇るような満開の笑顔を浮かべて、迷いのない足取りでカズヤの元へと歩み寄ってきた。
「おはようございます。……でも相沢くん、連絡、いただけませんでしたね」
挨拶もそこそこに、レナはベッドの脇まで来ると、心外だと言わんばかりに薄い桃色の唇を尖らせ、少しだけ頬を膨らませた。
「わたしがいなくても、少しも寂しくなかったのですね……。相沢くんが寂しくないとおっしゃるなら、わたしだけが一人で寂しがっていたみたいで、なんだか少し損した気分です」
拗ねたような、けれど甘えるような響きを含んで紡がれたその言葉。それは、これまで拒絶の言葉しか投げかけられてこなかったカズヤにとって、まるで甘美な毒のように脳を痺れさせた。
カズヤはあまりの眩しさに気圧され、包帯に覆われていない方の頬を、林檎のように赤らめた。視線を泳がせ、シーツの端を無意味に握りしめる。
(……寂しかったなんて、そんなこと、口が裂けても言えるわけないだろ……)
自分を待っていてくれた人がいる。自分の不在を「寂しい」と言ってくれる存在がいる。そのあまりにも出来過ぎた現実が、長い間、孤独という分厚い氷に閉ざされていたカズヤの心を、痛いほどの熱量で内側から溶かし始めていた。
「……あ、いや。その、忙しいと思って。……俺も、その、少しは……」
消え入りそうな声で弁明するカズヤを、レナは逃がさないと言わんばかりに覗き込んできた。その距離感に、心臓が爆発しそうなほどの音を立て始める。
琥珀の赤面と小さな約束
「え、いや……俺が起きた時には、もう朝だったからさ。あ、それから置き手紙……ありがとな。ああいう……手紙を初めて……女の子からもらったから、すごく嬉しかったよ」
カズヤが少し照れくさそうに、けれど誤魔化さず真っ直ぐに感謝を伝えると、レナは予想もしていなかったという風に、その琥珀色の瞳を大きく丸くした。
「えっ、それは……ただの、備え付けの紙に書いたメモですよ……!? そんなに喜んでいただけると知っていれば、もっとちゃんとした……可愛らしい便箋に書きましたのに……もおぅ……っ!」
レナはさらに顔を赤らめ、所在なげに視線を泳がせながら、ふくらんだ頬を指先でつつくようにして俯いた。
「そこまで気を使ってもらわなくても大丈夫だって。……大切にするよ」
その一言が、静かな病室に波紋のように広がった。レナの動きが、まるで時が止まったかのようにぴたりと止まる。琥珀色の瞳が見開かれ、みるみるうちにその白い頬が、燃えるような夕焼けの朱色に染まっていく。
「はいっ!? えっ! た、ただの置き手紙ですよ!? 捨ててください……そんな、大切にしていただくような……価値のあるものじゃありませんよぅ……。あとで、もっと、ちゃんと心を込めて書き直しますから……ひゃぁ……。恥ずかしいですってば……うぅぅ……」
レナは悲鳴に近い声を漏らすと、両手で顔を覆い、逃げ出すようにして面会者用の丸椅子へちょこんと腰を下ろした。指の間から覗く瞳は潤み、恥ずかしさのあまりに耳たぶまで真っ赤に熟している。
(……あ、変なことを言っちゃったかな。でも、本当に嬉しかったんだよな)
必死に顔を隠そうとする彼女の、そのあまりにも純真で、可愛らしい反応。これまで悪意や冷笑に晒され続けてきたカズヤにとって、自分の言葉一つでこれほどまでに感情を揺らしてくれる存在は、奇跡以外の何物でもなかった。
沈黙の中に、レナの小さく震える吐息と、カズヤの穏やかな鼓動だけが響く。窓の外では、夏の高い空を突き抜けるように入道雲がそびえ立ち、二人の間に流れる、どこか甘酸っぱく、くすぐったいような時間を静かに見守っていた。




