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受話器で繋がる君と僕  作者: 夜狩仁志


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第六話

 愕然とした。


 それは年が明けて間もないころ。

 まだうっすらと雪が積もる公園。


 街灯の明かりも空中分解し、薄暗い中だったこともあるのだろう。

 それにしても、今まで気が付かなかったとは。

 公園の入り口に立てかけられた看板。


「改装工事に伴う閉鎖」


 確かにこの立て看板は、数日前から入り口に存在していた。

 しかし、取り立てて気にもせずに、彼女に早く会いたいがために、いつも素通りしていた。


 今日、凍った大地に足をとられ転ばないようにと、周囲に注意しながらやって来てみたら、僕たちにとって死刑宣告のような文面が躍っていた。


 そこには、改修工事のため、公園を閉鎖する旨が記載されていた。

 その期日は今から半月ほど。

 遊具の劣化が激しくなってきたため、撤去と新設。

 あらたな植林、園内の改修が目的。

 その中にあの電話ボックスの撤去も含まれていた。

 それはまさに二人の仲を引き裂く呪文であった。


 公衆電話の撤去。

 それは言い換えれば、彼女の撤去……


 30年もこの場所は放ったらかしだったのに、なぜ今なんだ

 と、やり場のない怒りが虚しく空を切る。


 否定と怒りと悲しみの感情が渦を巻いて、絶望という一つの塊になって背中にのしかかってくる。


 この世の終わり。

 その場で肉が削げ落ちて、血液が逆流する感じがした。


 それから数日、あの死亡宣告を受けてから、僕は未だに彼女に真実を告げることは出来なかった。


 今日も……

 なにも言えなかった……。


 目の前には変わらず微笑みかけてくれる彼女がいた。


 でも何も言えない。

 彼女にとっての余命宣告。

 その言葉を口から出せば、言葉のかわりに目から涙が出そうだったから。


 期日は迫ってくる。

 手遅れになる前に、このことを告げなくては。


 そうしようとしても、「あー」とか「うー」とか、言葉にならない音が口から漏れ出すだけだった。


 気の利いた話をしなくちゃ。

 面白い話を……。

 彼女を楽しませなくては。


 焦れば焦るほど頭がかき乱れ、出口のない迷路へと足を踏み入れる。


「どうしたの?」

「え? な、なんでもないよ」


 連日の僕の不可解な行動に何かを察したのか、彼女はその黒い瞳で僕のことをじーっと見据えてきた。


 吸い込まれそうなその瞳から、とっさに視線を逸らすと、

「そっか……そろそろ……なのかな?」

 魂の抜けるような声が、彼女の唇の隙間から漏れ出した。


「えっ?」


 慌てて彼女に振り返ると、

 そこには何かを悟ったような慈悲の笑顔を浮かべた、藤宮さんの佇む姿があった。


「もう、会えなくなっちゃうのかな?」


 僕は慌てて、事情を説明した。

 公園の改修工事に伴う一時的な閉鎖。

 遊具の撤去と新設。

 園内の改修が目的。


 そして……


 公衆電話の撤去。


 単語を紡ぎながら、なんとか言葉にして彼女に説明する。


「そっか……よかった」

「えっ!?」


 全てを説明した後に呟いた彼女の一言に驚愕した。

 意外にも喜ぶ顔を見せる彼女の反応に、僕は崖の下へと突き落とされた感覚がした。


「沖本君に……嫌われちゃったのかと思った。だから、もう会わないって……」

「そんなことないよ! 藤宮さんを嫌いになんかなるはずないよ!」


 僕の方から会いたくなくなったのではなく、致し方ない社会的事情があってのことだと、力強く否定した。


「ありがとう。でも、ここが撤去されちゃうなら、それなら仕方ないね」

「なんで、そんなにあっさりと?」


「本当はこんな経験もできなかったんだから。とっくに死んでたんだし、それに沖本君にも会えて、いっぱいお話しできたんだから、私は幸せ者だよ」


 彼女の優しさと強さに、何も言えなかった。

 そして自分の無力さが、どうしょうもなく悔しかった。


 藤宮さんは、二度と殺されるのだ。

 他人の都合によって。


 なんでこんな目に合わなくてはならないんだ?

 なんなら、この電話機を外して持って帰ることだって。

 もしくは行政に抗議して、工事を中止させてやる。

 ダメならここで舌を噛み切って死ぬでやる。

 この受話器と本体をつなぐ線で首をつってやる。

 そうすれば彼女とあの世で一緒に……。


 しかし、そんな事をしても彼女は喜んでくれない。

 きっと自分だけ地獄に落とされる。


 一人悶絶し苦しんでいるの僕を見た彼女が諭すように口を開いた。


「大丈夫だよ、私は。だからね、最後までいっぱいおしゃべりしたいな」


 僕は彼女の顔を見ることが出来なかった。きっと情けない、ぐしゃぐしゃな顔を見せることが出来なかったから。


「沖本君をこれ以上縛り付けることはできないよ。

 私はもう既に終わった人間だから。

 だからせめてね、

 最後の瞬間まで一緒にいてくれるかな?

 いろんな話を聞かせてくれないかな?

 沖本君の夢とか、目標とか、将来の話とか、未来の話」


 消えゆく人に励まされる僕。

 僕の未来?

 僕の未来は藤宮さんそのものだった。

 藤宮さんが僕の全てだった。


 でも、これからは彼女なしの未来を描かなくてはならない。

 それが彼女の願いなのだ。

 彼女がいなくなった世界での、僕の姿を教えてあげるのが、彼女にとっての最大の手向けだったのだ。


 様々に入り乱れた感情が僕の喉を塞ぎ、彼女に対して無言で頷くだけだった。


 それから最後の日まで、僕は夜通し彼女と未来の話をした。


 僕はこれから学校でなにをするのか。

 部活は? バイトら?

 友達とどこに行くか?

 進路は? 大学はどこに? 

 仕事は? どこで暮らすの?

 マイホームは? 結婚は?

 子どもは何人? 名前はどうするの?


 たくさん話した。


 僕だけのことだけじゃない。

 この国は?

 この街はどうなる?

 生活は? 便利な道具は?

 スマホの次に普及するものは?

 世界はどうなる?

 そのうち、あの世と交信できる電話が発明されるかも?


 ありとあらゆる未来の世界を一緒に考えた。

 その都度、彼女の瞳は輝きを取り戻し白く煌めいた。


「私にはもう未来は見ることもできないし。あるのは過去しかないから。

 なにもかも失った私に、持っていけるのは、沖本君との思い出だけだから……」


 最後の日の、最後の瞬間まで、僕は彼女のために、そして自分のために未来の話をした。

 受話器が握り潰れるほどに。


 その日は夜明けまで語り尽くすと決めていた。

 最後まで彼女に思い出をたくさん背負わせて、旅立ってもらいたいから。

 そして残された時間も、あとわずかに迫ったころ。


 僕は最後まで伝えきれずにいた言葉を……。

 最後の勇気を振り絞って、この想いを彼女に告げようとした。


「藤宮さん! 僕ね、今まで言おうとして言えなかったんだけど……」


 意を決して、僕の内に秘めた彼女に対する気持ちを告白しようとした。


 ……がしかし、彼女は受話器を手で覆って、首を横に振った。


「それ以上は話さないでくれるかな?」

「えっ?」


「その言葉を聞いたら……私、この世に、未練が残っちゃうから」


 悲しみが広がる海のさざ波の様に、彼女の言葉が押し寄せてくる。

 彼女への愛の言葉は、口に出した途端二人を束縛してしまう呪いの言葉と成り果てる。


「私もね、沖本君と同じ気持ちだだよ。でもね、それを言ったら……

 未来ある沖本君の将来を縛ることになるから」


 僕はそれを黙って聞いてることしかできなかった。

 いや、それ以外の体の機能が作動しなかったのだ。


「私のこと、完全に忘れられちゃうのは寂しいけど……たまに、たまーにでいいから、あんな女の子がいたんだなーって思い出してくれたら、それでいいから……ね」


 手を離した風船のように、彼女の記憶すらも遠くに行ってしまう気がして、とっさに繋ぎ止めておくつもりで、僕は叫んだ。


「じゃあ、また、どこかで会おう! そう、来世とか! 生まれ変わりとか! そう、その時にまた伝えるから。それまで、覚えていて!」

「……私にも、未来はあるのかな?」


「あるに決まってるさ! だから僕も、来世のために、また人間に生まれ変われるように、頑張るから。勉強もするし、慈善活動だって、功徳を積めばきっと! 約束!」

「……うん、今度生まれ変わる時は、沖本君と同じ時代で……だから、私、頑張るよ。成仏して、あの世にどんな試練が待ち受けてたとしても、来世に生まれ変わってくるからね」


「……僕も、来世のために今世は一人で生き延びてみせるよ」


 最後の最後に、僕たちは遠い未来の約束をした。

 僕のその言葉と決意を耳にした彼女は、満月のような輝く満面の笑みを浮かべて応えてくれた。


 そして……


 彼女は軽く、小鳥の囀りのように、手にした受話器に唇を重ねてくれた。

 そのまま受話器を優しく、我が子を抱きかかえるように、胸で抱きしめてくれる。


 その愛おしさが僕の喉を詰まらせ、呼吸するのも精一杯だった。

 いっそのこと窒息死してもよかった。


 僕もそれにならい、受話器を彼女とおもい、強く抱きしめた。


 この永遠を望んだ時間も、無情にも終わりはやって来る。


 東の空の地平線から、白い巨大な壁がせり上がり、僕達二人を隔てようと企む。生命の源であるはずの太陽が、彼女を葬りにやってくる。


 僕は日の出をこんなに憎んだことはない。


 一日の始まりが、僕たちの終わりを告げにやって来た。


 僕は最後の瞬間まで彼女を網膜に焼き付けようと、必死に潤んだ目を見開いて彼女を見つめる。


 彼女もまた僕のことを菩薩の微笑みで返す。

 彼女の微笑みが本当に僕を苦しみから救済してくれそうで、仏様の存在を信じてみたくなったが、願いを叶える神は存在しないのだと痛感した。


「ありがとう、沖本君。また……ね」


 ありふれた単語が、これ以上ない重さとなって胸を貫く。


 彼女の微笑む姿は、

 その言葉を最後に、

 ガラスを突き抜け侵食してくる斜光と同化し、

 静かに徐々に体を昇華させていった。


 手から滑り落ちた受話器は力なく垂れ下がり、ツーと息絶えた心電音が流れるだけで、そこからは二度と彼女の声は聞こえなかった。


 残酷な天使か、または勤勉な死神がやって来て彼女を天国へと連れ去り、僕と引き離す。

 朝焼けの光線が、蒸発するように彼女をかき消し、温かな陽の香りと彼女の残り香を置いて、藤宮さんという存在はこの世から遂に消えていってしまった。


 僕は両膝の痛みで、初めて自分が膝をついて、その場で崩れ落ちているのが分かった。

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