最終話
その後の私の行動はよく覚えていない。
そのまま座り込んでいた私は、この国の社会システムが動き出す時間まで何もできず、公園の撤去作業に来た係員によって何度も立ち去るように促された。
なぜそんな事をするかと必死で訴えたが、頭のおかしい人間を見る目つきで軽くあしらわれると、そのまま無粋で屈強な作業員数人によって担ぎ出され、公園外に投げ捨てられた。
周囲を柵で囲われていくのを黙ってみていることしかできなかった。
愛する人と居場所を同時に失った喪失感。
生きる希望はなかった。
彼女のいないこの世界で一体何をすればいいのだ。
私はその日から初めて学校を休んだ。三日間も。
生きる希望が見つからなかった。
あれだけ最後に二人で語り合った未来の話も、彼女と一緒に消えてしまった。
いっそのこと自分も死んでしまえば……
しかし彼女の約束が脳内で繰り返される。
きっと自殺をしたら生まれ変われはしない。
だから私は生きることにした。
来世のために。彼女のために。
このクソみたいな世界で必死に生き抜くことにした。
彼女のことを思い出し、彼女が最後まで経験することのできなかった学生生活を、まずは最後まで終える。
そして再び彼女と会えた時に話す話題として、経験しておかなくてはならなかった。
なによりも次に再会した時に、立派に成長した私の姿を見せなくては、約束もなにも笑われてしまう。
4日目の朝、学校という箱の中に向かった。
ろくにクラスの生徒と関わってこなかった私は、どうせ後ろ指さされ、陰口を叩かれるのだろうと予想していた。
しかし意外にもクラスメイトは温かく迎えてくれた。
「大丈夫? 心配したよ」
と社交辞令のお決まりの文句をかけてくれたクラス委員長の顔も、私のことを気遣ってくれている様子がうかがえた。
この後しばらくして彼女の名が鈴木ではなく佐々木だということも分かった。
それを機に、遅まきながらも友達と言える人間も、幸いなことに持つことができた。
授業を休んでいた分のノートを見せてくれたのがきっかけだった。
彼女と話していたお陰か、相手とのコミュニケーションは思いのほか容易に会話によって成立することが出来た。
かつて私が恐れを抱き、拒んだ現実世界は、彼女が旅立った死後の世界よりも、どうやら温かくもあり柔らかいものだったらしい。
過去に囚われていた私の時間は、春の雪解けとともに、少しずつ歩み始めていた。
17年という歳で静止したままの彼女を置いて……
私には、あの言葉を胸に信じて、進み続けるしかなかった。
それは生きている者の、残された者の使命なのだと思って。
その後、私は無難に高校を卒業し、大学に進学。そのまま就職して、今では街の公園の一つや二つ、どうとにでも出来る権力を持った立場の人間にまでなった。
折を見て、あの場所にもう一度、災害用電話ボックスを設置することもした。
しかし、彼女の姿は戻ってくることはなかった。
彼女は成仏したのか、生まれ変わったのか、どちらにしてもそうであれば喜ばしいことであった。
でも、一度バラバラになった私の心のジグソーパズルは、肝心のパーツが欠けて、二度とあの景色は戻らなかった。
私に空いた穴は埋まることはなかった。
出張や旅行で地方の田舎街に行くと、未だに過去の遺物としての電話ボックスを探してしまう。
まるで恋人にふられ、失恋して立ち尽くしているような淋しげなガラス張りの長方形を見つけると、全てを忘れて中へと駆け寄ってしまう。
その一畳にも満たない空間は、あの尊い日々の僕と彼女だけの世界だった。
湿った大地と草木の香り。
古びた遊具の鉄の錆びた臭い。
分厚い電話帳の埃っぽい古紙の匂い。
水垢ですっかり白くなったガラスに映るのは、しわも深くなり、白髪も目立ちはじめた冴えない男一人。
まるで生きている幽霊だ。
錆と傷だらけの電話機を撫で、その刻まれた歴史を指先の感触で味わう。
重い受話器を耳に当てると、あの時感じた青春の音色が蘇る。
そして……
どこへ繋がるともない受話器に口を当て、独り言のように私は呟くのだった。
「……もしもし、藤宮さん?
僕だよ、沖本だよ。
久しぶりだね。
最近忙しくて、電話できなくて。
藤宮さんは、もう生まれ変わったのかな?
それとも、天国で楽しく暮らしているのかな。
この世で生きていくのは辛すぎるよ。
心無い者の嫉妬や妬み、誹謗中傷。
富と名声、権力に囚われた亡者ばかり。
みんな生きていくのに必死さ。
でも、藤宮さん……
僕はまだ、
恥ずかしながら、
こうやってなんとか、
生きてこれてるよ…………」
【おわり】




