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受話器で繋がる君と僕  作者: 夜狩仁志


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第四話

 僕が必死にもがきながら生きようが、何の罪もない女性がひどい仕打ちを受けようが、時間というものは僕たちに目もくれず流れる。


 学校は夏休みを迎える時期となった。

 高校一年にとっての夏休みは、まさに新天地への船出。

 人の一生の中で、なにをやっても若さと青春いう言葉で帳消しにされる期間。


 ある生徒は部活にはげみ、ある者はバイトに勤しみ、他の者は遊びに、旅行に、恋愛と満喫する。

 学校というビオトープから解放された生徒たちは、放流された小魚の様に自由に散っていく。

 しかし僕にとっては、やることは一つしかなかった。


 夏の日没は遅い。

 こんなに夜になるのが待ち遠しいことがあっただろうか。

 彼女が出現するのは明確な時刻で決まっているわけではない。

 人々が仕事や学校を終えて生のエネルギーが低下する、日没後の街に闇が舞い降りて来た時、姿を現すことが可能となっていた。

 そしてタイムリミットは夜明けまで。朝日と共に彼女は消えてしまうのだ。


「こんばんは、藤宮さん」

「沖本君、こんばんは。今日も来てくれたんだね」


 彼女はいつもの冬服の制服姿で出迎えてくれる。

 季節外れの服装だが暑苦しさは感じられない。

 ガラス張りのボックスは、本来なら蒸し風呂状態になるのだろうが、ここはいつもクーラーボックスの中の様に、ひんやりして過ごしやすかった。


 実は今回、彼女に見せたいものがあって、朝からこの時間がやって来るのが待ち遠しかったのだ。


「今日はね、これ、持ってきたんだ」


 スマホの画面を鏡に向ける。


「あっ、これ!」

「そう、この前、言ってたやつ」


 彼女の顔がヒマワリの花が咲いたように黄色く広がった。


 昔の連続テレビドラマ。

 以前、会話の中で出てきた話題で、彼女が生前毎週楽しみにしていた恋愛ドラマ。

 試しにサブスクで探していたら配信されていたので、ダウンロードして持ってきたのだった。

 彼女は不運な出来事で、最後まで見ることは叶わなかった。

 その続きを見せてあげようとしたのだった。


 事前に調べた様子だと、最終話まで残り3話で、当時は大人気の俳優などが登場し、話題のドラマだったとのこと。

 主人公とヒロインは様々な困難に出くわすが、それを共に乗り越え、最終的にはハッピーエンドを迎える王道ラブストーリーのようだ。


「すごい! 覚えててくれたんだ」

「まあね。で、これから一緒に見ようかなと思って」


 彼女が興奮しているのが、受話器を握りしめる力の込めようで分かった。


「嬉しい! わざわざレンタルしてきてくれたんだ!」

「レンタル? というか、レンタルなのかな?」


「でも、テレビ、ないよね」

「テレビ? ないけど?」


「ビデオデッキもないし……」

「ビデオ?デッキ?」


 彼女の声が小さくなるにつれて、肩の力が抜けていく。


「藤宮さん、これで見れるんだよ」

「これ? それって、携帯電話でしょ?」


「電話は電話なんだけど。要するに電話もテレビもパソコンにもなって、それらの機能が一つになった電化製品? って感じかな」

「へ――! すごーい! この十数年で凄い進化したんだねっ!」


 彼女はスマホの機能に感嘆したのに、まるで自分が褒められたかのような錯覚。文明の利器のお陰であって、僕が全知全能というわけではないのは重々承知していたが、それでも高揚感はたまらなく快感で、それこそ神になったかのように有頂天で雲の上に昇る気持ちだった。

 全知全能の神にでもなった気分だ。

 気分を良くした僕は、さっそく電話機を背もたれ代わりにし、彼女にも見えるようにスマホを向け、二人で小さな画面に目を向ける。


「見える?」

「うん、よく見えるよ」


「音は?」

「よく聞こえるよ」


 暗幕の代わりに闇の帳が周囲を囲む。

 僕と彼女のこの場所は、ちょっとした映画館に様変わりした。

 しかも二人だけの貸し切りの。


 かけがえのない時間が流れていった。


 このドラマが終わらなければいいなと思った。

 そうすれば、彼女といつまでもこのままでいられるのに。

 このドラマには最終話があるが、僕と彼女の間には最後はない。

 彼女が見ることが出来なかった残りのドラマ3話を見せてあげられたように、彼女が体験できなかった人生の大半を、僕が一緒に見せてあげたい。


 スマホの小さな画面を食い入るように見つめる彼女の瞳は、いつもよりも増して黒く渦巻いていた。



 ある日、オーブントースターの中でもこんなには暑くはならないだろうという熱帯夜。

 いつものように僕は公園へとやってくる。

 今日はどんな話をしようかと思い描いている僕のご機嫌を、台無しにする光景がそこにはあった。

 電話ボックスの周りに中学生くらいの男子が5人、たむろしていた。


 いつもなら、近所の悪ガキが植木の枝を折ろうが、ゴミを撒き散らそうが、どんな悪さや悪戯をしてようが、自分には関係ないと素通りする。

 あまり揉め事も起こしたくないし、関わりたくもないからだ。


 そのうちどこかに行くだろう。

 焦る必要はない。夜は長いのだから。

 と、舌打ちをし、その場をやり過ごし公園のベンチに腰を掛けたり、園内を散歩して時間を潰すも、やつらはまったく姿を消そうとはしなかった。

 別に何をすると言うわけでもなく、ガラス張りの壁に寄りかかって話し込んでいるのだ。

 まるで真夏の夜にボックス内の照明に寄ってくるゴミムシの様に、いっこうに離れようとしない。


 心によくない感情が湧き上がってくるのが自分でも分かった。

 これは、怒りとか苛立ち、という感情だ。


 やつらは聖域を、僕と彼女の、いわば城を汚しているのいだ。


 気がついた時には足が勝手に動いていた。


 バカ騒ぎをしている子どもの目の前に行くと、

「お前ら、用がないなら、帰れよ!」

 と自分でも驚くような声量で穢い言葉を投げつけていた。


 薄汚い鳩が一斉にこっちを見るように顔を向けてくると、

「あ、なんなの?」

 と、一人が苛立ちのこもった疑問の言葉を発する。


「それはこっちのセリフだ!」


 軽蔑の眼差しを向ける奴らを睨み返すと「なんだこいつ」とボソボソとお互い愚痴をこぼしながら去って行った。


 意外とあっさり退散してくれたおかげで、彼女との貴重な時間が減らされず済んだことに感謝しながら電話ボックスの中へとするりと入り込む。


「こんばんは、藤宮さん」

「こんばんは。沖本君、今日はなにかあったの?」


「特になんにもないよ」

「そう? なんか怖い顔してるから、ちょっとね」



 翌日。

 この日で一週間連続の真夏日だという。

 そんな熱気冷めない公園に、今夜もやって来ると……


 僕たちの神聖な場所が汚されていた。


 ガラスの壁にはスプレーで落書きがされていたのだ。

 バカだの死ねだの幼稚な罵詈雑言が書き連ね、一カ所側面のガラスにはヒビが入り、どこから持ち寄ったのかゴミが土嚢の様に周囲に張り巡らされていた。


 昨日のあいつらだ!


 そう直感すると同時に、言い知れぬ怒りが込み上げてきた。

 が、その怒りが頂点に達する前に、あることが気にかかり、血の気が一気に引いていった。


 中は!?

 彼女は無事!?


 城壁は壊されようがいくらでも修復が可能ではある。

 でも肝心のお姫様の身に何かあったら済まされない。

 電話線が切れていたり、機械自体破壊されていたら、僕と彼女を繋ぎとめている大事な生命線が立ち消えることになる。

 そんなことになったら僕はどうやって……


 急いで回り込み、滑りの悪い扉を力任せに開けた。


 中は……!?

 藤宮さんは!?


 無事だった。

 そこはなんの変わりもない、いつも通りの室内。


 怒りも焦りも一瞬でため息とともに吐き出され、頭の中は安堵という言葉で塗り替えられた。


 ひと息ついたのち、受話器を取る。


「藤宮さん? 大丈夫?」

「沖本君? こんばんは!」


 鏡にはいつもの姿の彼女が微笑みかけてくれており、受話器越しに優しい言葉を僕の耳に吹きかけてくれた。


「大丈夫だった? 誰か来て、変なことされなかった!?」


 彼女はひび割れたガラスや落書きを見回して、無邪気に笑って言った。


「ちょっとね。なんかね、悪戯しに来た子がいたから……」

「いたから?」


「ほんの少しだけ、驚かしたら、逃げて行っちゃった」


 彼女は、造作もないことをやってのけたかのように、無邪気に顔をほころばせてみせた。


「驚かした……? そっか、お化けだもんね」


 ラップ現象とかポルターガイストみたいな、きっとオカルト的なことをして、驚かせたのだろう。

 悪ガキにとっては、いい教訓になったのじゃないだろうか。

 僕は深く尋ねることもせずに、彼女と一緒に笑って見せた。


 次の日から僕はボックスの掃除と修理を行った。

 落書きは綺麗に落とし、ひび割れの上からプラスチックの板をあて、埃っぽかった扉も全て清掃した。


 ついでに内装まで勝手に装飾した。

 自分用の折り畳みの椅子を持ち込んだり、ロマンチックに発光するLEDのランタンを設置もした。

 彼女の可愛い姿がハッキリと見えるように、かすみがかった鏡も磨いた。

 そして彼女が喜びそうな小物やアクセサリー、キーホルダーを吊るしたりもした。

 毎日毎日一個づつ持ってくるたびに、体全体を使って喜んでくれる彼女。

 特の小さなぬいぐるみは大好きなようで、いつしかそれを探して買ってくるのも、僕の楽しみの一つとなっていた。

 安物のアクセサリーなんかで喜ぶ彼女の姿の方が、ぬいぐるみよりも数倍可愛いのだが、そんなことは死んでも口に出すことも出来ず、年頃の女の子の自室のように改造されていく電話ボックスを誇らしげに眺めているだけだった。



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