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受話器で繋がる君と僕  作者: 夜狩仁志


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第三話

 学校での昼休み。

 一人、席で早々に昼食をとると、そのまま机にうっぷしていた。

 教室に残っている生徒はまばらで、その話し声と雑音が子守歌の様に眠気を誘う。


 昨日の夜は彼女と遅くまで話していたせいで、とても眠い。

 ちょうど眠りかけた時に、不意に僕の名前を呼ぶ声が聞こえ、重たい顔を上げると、目の前にクラスの女子が立っていた。

 確かクラス委員長の……鈴木さんだったっけ?


 寝ぼけた間抜け面を向けていると、

「沖本君、今日中に提出の進路選択の用紙、まだだったよね」

 と、大人びた口調で話しかけてきた。


「……あ。あっ、そ、そうだった。今、もってる」


 自分とは別段親しくない女子からの不意の問いかけに、みっともなく慌て吃る。


 鞄の中に手を突っ込みゴソゴソまさぐり、提出すべき紙をようやく発見し、多少折り目のついたそれをそのまま手渡す。


「ありがとう、預かっておくね」


 鈴木さんは委員長という立場での社交的な最低限の笑顔を見せる。

 嫌味の一つや二つ言われるのかと覚悟していたが、予想に反してすんなりと去っていった。


 ほっと肩を撫で下ろす。


 どうしてこうも人前では、うまく話せないのだろうか。

 藤宮さんとは普通に話せるのに。


 鈴木さんも藤宮さんには及ばないが、笑うとそれなりに可愛らしい女子だ。

 ちゃんと現実に生きている子。

 血色の良い艶のある肌。

 生気を感じさせる抑揚のある声。

 光に反射し輝く瞳。

 柔軟剤の甘い香りを放つ制服。

 きっと手を握れば、温かくスベスベで柔らかいのだろう。


 それでも彼女には及ばない。

 僕はそう思っていた。

 生身の人間では勝てやしないのだ。



 時刻はすでに深夜と言われる時間に突入していた。

 ひと気の無い薄暗い公園の、照明に浮き上がる電話ボックス。

 この定員一名の個室が僕にとっての世界の全てだった。

 ほとんど毎日、夜になると向かっていた。

 例外なく今日もそうだ。

 滞在時間は早い時は15分。

 長い時は夜通し、一緒に食事を楽しんでいた。

 一緒に食事とは言っても、食べていたのは僕だけ、彼女はその様子を楽しそうに眺めているのだった。


 黄ばんだ蛍光灯の灯りが、下校時間の昼過ぎの太陽のように僕を照らす。

 はやる気持ちを抑え、受話器を持ち上げ挨拶を交わす。


「こんばんは」

「こんばんは、今日も来てくれたんだね」


 周囲を気にせず、二人だけの空間を満喫する。

 学校や社会、地域に居場所のない二人の、受け入れてくれる唯一の場所。


 この世とあの世の間で交信する手段は、この公衆電話。


 彼女は幽霊で直接触れることも話すことも出来ないが、これを媒介とすれば僕でも会話でき、鏡に映った姿で表情も読み取れる。


 話の内容は様々で、今日も他愛のない話をする。


「今日の授業は数学がね……」

「へー 変わってないんだね、内容は。私の時代と……」


 彼女はとてもお喋りさんだ。

 年頃の女の子と接したことがないので分からないが、皆そうなのかもしれない。

 とても幽霊とは思えないくらい表情も豊かで、死んでいるのにもかかわらず前向きで明るい。

 対照的に僕のほうが、まるで生気の無いゾンビのようで、社会的には死んでいた。

 彼女は30年という失われた歳月を奪い返すかのごとく、貪欲に積極的に僕に質問してくる。

 彼女にはとっては現在は30年後の未来の世界。何もかもが新鮮に映るのだろう。見るものすべてに興味をもつ、子猫のような子だった。

 そして大抵の事柄を伝えても、感嘆の声を上げ、喜んでくれるのだ。


 普段、僕の方から他人に話しかけるようなことはないのだが、彼女のように先に話しかけてくれると、喋りやすい。

 しかも僕の何気ない一言一言で大きくリアクションして喜ぶさまは、僕の優越心をくすぐって仕方ない。


 ただ相手の顔を見ながら言葉を交わすだけ。

 それだけで満たされるのだから不思議だった。

 こんなにも自分が饒舌なのだと驚き気もしたが、それは彼女が聞き上手というのもある。

 おそらく、藤宮さんが幽霊だということで、人間不信な僕にはちょうど良かったのかもしれない。


 それに幽霊と思えないほど表情が豊かで、感情一つでコロコロと変化する。

 こちらからは鏡に写った、平面画像でしか彼女の姿は認知できないが、言い換えれば流行りのVチューバーとか、動画投稿サイトのアイドル、のような存在と大差ない。実際そうですと言われれば、幽霊とは到底信じられない。

 その容姿も恵まれており、生まれてくる時代が違っていれば、きっと有名アイドルの一人になっていたであろう。


 もう何度も彼女と会話をしたが、話の内容に一つの傾向が見られた。

 あまり自分の死後の周辺の事情は知りたくはないようだった。


 以前、さりげなく「自分を不幸にした犯人のその後は知りたくない?」と尋ねたのだが、「別に今では怨みとかは……無いといえば嘘になっちゃうかもしれないけど、私がどうなるわけでもないからね」と他人事のように返してくれた。

 また、残された家族とか、友達とかは?と聞いても、小さく首を振るだけで、

「私はもう過去の人間、いえ、死者だから」と言って別段興味を持っているようなそぶりはなかった。

 死んでしまうとみんなそうなってしまうのだろうか?

 もし愛する人がいたら、その人もどうでも良くなってしまうのか?

 と様々な疑問が次々と浮かんでは消えていったが、単純に彼女が前向きだっただけかもしれない。

 それどころか僕に「こうやって来てくれるのは嬉しいけど、私なんかと構ってないで、学校のみんなと遊んだり、話したりしないの?」と幽霊のくせに気遣いまでしてくれる。

 その都度僕は苦笑いをして、はぐらかしていた。


 死ぬと欲求も無くなるのだろうか、生への執着がなくなれば、興味のあるものしか思考は向かなくなるのか?


 周りの生きる人たちは、必死に生き急いでいる。

 生きていれば欲望だらけだ。

 学校の成績を上げる。試験に合格する。クラスのカースト上位のグループの仲間に入る。だとか。

 バイトしてお金を手に入れ、欲しい物をすべて手に入れる。だとか。

 恋人が欲しい、強くなりたい、ちやほやされたい等。

 この社会と経済は人間の欲で機能しているのだ。


 両親だって必死に生きているし、僕を生かすために働いてくれている。

 だから家計がとか、支出が、僕の成績がと、口うるさく叫ぶのだ。

 この世界で生きていくということは、辛く苦しい苦行なのだ。


 彼女にはそれが無かった。


 そして今日も何気ない話題で、話が弾むのだった。

「携帯電話かぁ~ 私の時代には無かったからね。あったらいつでも好きな人と話せるのにね」

「そうだね」


 たしかに携帯電話で彼女と話が通じれば、わざわざここに来なくてもいつでもどこでも会話ができるというのに。


 彼女はつい先日のことを振り返るかのように続ける。


「連絡取る時は大変だったよ。学校で約束して。急用とか予定が変わった時は、友達の自宅に電話したりとか。家電はね、家族の人が出るから緊張するんだよね。長電話もできないし」

「家の人が出るんだ。ちょっと気まずいね」


 それは嫌だ、藤宮さんと話したいのに親を通さないといけないなんて。


「そうなの。特に子機がない家だと、家族がいる皆の前で話しないといけないし。子機がある家は羨ましかったなー 自分の部屋で遅くまでお喋りできて」

「そっか、プライバシーがないんだ」


「好きな場所で、好きな時間には話せたらいいよね」

「あのさ、僕のスマホからこの電話に電話すれば、いつでも話せるのかな?」


「んー 電話はかけられても、私、受話器取れないから……」


 切なそうにつぶやく彼女が、あまりにも不憫なので、僕に取り憑いてくれれば家まで持って帰れるのにと空想してしまう。


 でも……

 彼女とはこの場所で、この電話でしか繋がらない。

 僕と彼女を繋ぎ止めているのは受話器だけなのだから……。



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