2 それでも、いいよ
「!?」
「当然でしょ?本来進むべきものを止めるためには、同じ力をそこにぶつけないといけない。時間なら時間でしか止めることはできない」
彼はなんともない事のようにそう言った。
「で?止めとく?寿命だもんね。大事だよね」
(寿命……命。たしかに大事な物だ。だけど……でも……)
私はお母さんの黒い傷、そして、お母さんの顔を見る。
(それでお母さんの時間を止めれて、助けれる可能性ができるなら………)
「分かった」
私は彼の目を真っ直ぐ見つめながらはっきりと言った。私の反応が思っていたのと違ったのか、彼は少し狼狽えた様子を見せた。
「分かったって?なにが?やっぱり辞めとくってこと?」
「違う。寿命をあげるからお母さんの時間を止めて」
「……はぁ、そう言うと思ったよ」
「それで?寿命はどのくらい必要なの?」
彼は少し俯いてから、諦めたように首を振り、真剣な表情で私を見た。
「……この人を止め続ける限りずっと」
「どういうこと?」
「1日止めるなら、1日分。1年止めるなら1年分。10年なら10年分。………言ったでしょ?同じ力をぶつけないといけないって」
「………」
彼は黙り込む私に対して揶揄うような口振りで言った。しかし、その声は先程よりも少し悲しそうに聞こえた。
「ははっ、今さら怖気付いた?」
(私は何歳まで生きられるんだろう……いや、でも…………)
「ううん、全く」
一瞬、不安な思いがよぎったが、振り払うように首を振った。
「………それと、時間魔法で使う超大量の魔力は君ので補うし、最初に魔法を発動する時も魔力が結構必要だから、それも君の寿命から補う」
「…………いいよ」
「それに!本来、君も練習すれば時間魔法を扱えるようになる。だけど、その人だけを止めることに使ったら、もう戦闘中とかに時間を止めれなくなるんだよ!いいの!?」
「……いいよ」
彼は私が返事をするたびに焦っているように見えた。しかし、私の心はとても清々しい気がした。
………今から寿命を取られる人にしては冷静すぎるかもしれない。
でも、お母さんを助けられる希望が見えた。最後に助けられるのなら、魔力でも魔法制限でも寿命でも捧げよう。私の心の中はそれで埋め尽くされていた。
「本当にいいんだね?大きな魔法だから契約する必要がある。契約したら後戻りはできない。考え直す気は?」
「ないよ」
私がきっぱりとそう言い切ると、彼は少し私から視線を逸らして、苦しそうな声で呟いた。
「本当は―――くないんだよ……」
「え?ごめん、聞こえなかった」
「いや、なんでもないよ。………じゃあ、僕の言葉に合わせて」
彼は私に掌を向け、私はその手を強く握り返した。
「時を刻む者よ
定めに抗う者よ
世界を拒め
運命よ眠れ
――『因果等価・刻限凍結』」
そこから、神秘的に全てを吸い込むような黒い蔦が私達に絡みついた。
(……きれい………)
学園の先生よりも、魔導騎士団よりも、国の使われている最強と言われる結界よりも、今まで見た中で一番美しい魔法だった。視界が全て真っ黒に染まる直前、彼の声が響いた。
「しばらく、君の身体を借りるね。大丈夫、契約は絶対だから」
「……結局、どうなったんだろう………?」
―――時間魔法は成功したよ。あの人の時間のみ止まってる。
「そっか。それはよかった………………えっ?」
―――おはよう。4日ぶりだね。
(いつも助けて欲しい時に話し掛けてくるのに………今日は普通だ)
不思議に思っていると、私が思ったことが聞こえたのか、不満そうな声が響いた。
―――別に僕が意図的に話しかけているんじゃないんだよ。今までは君に話しかけれなかったんだけど、この前に君がいきなり僕のところに来た。そして、僕はその時しか話せなかった。でも、今は契約したからか、僕の意思で話しかけれるようになった。
「へー、そうなんだ。………それよりも4日って?私そんな眠ってたの!?」
―――『それよりも』って………何ともないことのように言わないでよ。………まあいいけど。そうだよ。君は4日間眠っていた。魔力を一気に大量消費したからね。よかったね、妖精で。
「え?それってどういう………」
そう言いかけた時、部屋の扉がガチャッという音と共に開いた。
「声が聞こえたけど………。!!」
そこにはレイが私を驚いた様子で見ていた。だが、すぐに優しげな笑顔になる。彼は白いシャツにエプロンを付けていて、まるでお店の店員のようだ。
「おはよう。身体に不調はある?」
「お、おはようございます。えっと……不調はたぶんないと思います」
「そっか。でも4日も眠ってたしね。心配だからメルティを呼んでくるよ」
「えっ……あの…………」
(メルティって誰だろう?……寝起き早々情報量が多すぎるよ!)
混乱しているとあの声がまた話しかけてきた。
―――えー、そんなに情報量多いかな?4日も眠ってたってことでしょ?メルティって人でしょ?2つしか情報ないじゃん。
「ちょっと黙ってて」
―――はい、ごめんなさい
そんなことを話していると、また扉が開いた。そこにいたのは、レイとお母さんを診てもらったあの女性だった。
彼女はあの時と全く別の人に見えた。たしかに、白銀の髪にピンクの瞳という容姿は変わっていないのだが、雰囲気がおっとりしている。彼女も長袖のシャツにビシッとした黒いロングスカートでエプロンを着ていた。
「えっと………おはようございます」
「おはようございます。あらあら、髪が一房白くなってるわ」
「え!?」
彼女の視線が向けられた右側の髪はたしかに白くなっていた。それを見ながら驚いていると、彼女が微笑んだ。
「それも含めて、よく診させて貰いますね〜」




