笑える場所
「……実の親まで手に掛けるとは、さすがは最悪の規格外だな」
かろうじて一命を取り留めたジュリアンと異端審問騎士団が、憎悪に満ちた足音を響かせて彼女を再び完全包囲する。泥と雨に濡れたジュリアンが、冷酷な目で剣を構え、ルシエラを見下ろす。
私にはもう、争う気はなかった。
「終わりだ、化け物。その死体共々、皇国の実験体にでもしてあげるよ」
(お母さんは『人間を憎んじゃダメ』って…言っていた。だから、攻撃しちゃ……いけない………)
私はお母さんを抱きしめて震えることしかできなかった。雨が無情に私とお母さんを叩きつけ、お母さんの服が赤く染まる。
(もう、どうせなら……このまま…………私を……………)
ジュリアンが私の喉元に剣の切っ先を突きつけた。それを見つめることしか私はできない。
「汚れし異形の肉体を、永久の檻へと融解せよ。―――『魔力凍結』」
そんな私の心にお母さんとお母様の言葉が響いた。
『生きなさい。生きて……あなたが………あなたらしく…笑える場所を、見つけるのよ……』
『貴方は……生きなさい。生きたら……貴方が………本当に…幸せ……だと思える…場所に………きっと出会える……から』
(いやだ!嫌だ!!まだ、捕まりたくない!まだ……生きたい!!お母さんにまだ……まだ…………『ありがとう』って言ってない!!)
だが、そんな魂の叫びも虚しく、激しい暴走の代償か、私の身体は指一本すら動かすことができなかった。
構えた剣の切っ先から、禍々しい魔法陣が展開される。それが淡く神々しく光り、絶望の光が私を飲み込もうとした──まさに、その時だった。
「我が同胞を、これ以上お前たちの玩具にはさせない」
バリィィィン!!
凄まじい衝撃波が走り、魔法陣が砕けて、ジュリアンたちが一瞬で弾き飛ばされる。辺りに風が吹き荒れ、土煙が舞い散る。私は吹き飛ばされないようお母さんの身体をギュッと抱えた。
そんな泥まみれの私の前に1人の青年が降り立った。
「大丈夫かい?」
漆黒の髪の奥から黄金の瞳を輝かせた美しい青年だった。彼は私を優しく抱き起こす。
「…あ、ありがとう、ございます」
視界がだんだん晴れ、辺りが見えるようになると、凄まじい惨状が明らかになった。あれだけ圧倒的だったジュリアンや異端審問騎士団は無残に地に伏し、彼が攻撃したと思われる地面は深く窪んでいる。
(たった一撃で……凄い…!)
青年は、今にも消えそうなほど小さな息をするお母さんを静かに見つめた。そして、私からゆっくり手を離すと、お母さんの胸元へと近づき、そっと掌を翳す。
「な、何をする気ですか!!」
突然のことに私が驚いて声を上げると、彼は私を安心させるように、柔らかい笑みを浮かべた。
「心配しないで。俺も彼女を助けたいから」
「え?」
(治療してくれるの……?)
だが、彼がお母さんの傷口に触れた瞬間、バチッと火花が散った。彼は弾かれた傷口を見つめ、驚いたような口ぶりで小さく呟いた。
「……なんだ、この傷? 妙な魔法で保護……いや、呪われているのか? 俺の魔法が弾かれてしまう」
(魔法……? まさか、さっきの私の暴走が、お母さんを蝕んでいるの……!?)
自分のしでかしたかもしれない罪の重さに、私の心臓が冷たく跳ねる。そんな私に気づいたのか、彼は優しく首を横に振った。
「すまない、ここでの俺の魔法では手遅れになる。……だから、俺たちの『家』に来てほしい。そこなら、最高峰の医療で彼女を絶対に死なせないから」
「お母さんを……助けてくれるの……?」
「あぁ、約束する。理不尽な人間に怯えず、君たちが君らしく生きられる場所へ連れていこう。……お前のその、美しくも気高い力を、俺たちに貸してほしい」
実のお母様が遺した『幸せだと思える場所』。人間のお母さんが遺した『あなたらしく笑える場所』。その場所を見つけ、そしてお母さんの命を救い、今度こそ大切な人を守り抜くために。
私は涙を拭い、彼の言葉に強く頷いた。
その上空では不気味な黒い翼を持った男がルシエラの様子を見ていた。
「はぁ、こんなに街を壊しちゃうなんてねぇ………やっぱり君はあいつじゃあないなぁ」
彼の手の中には紫色の煙が入った球体が握られていた。それは、魔物をおびき寄せることができる魔導具だった。
黒い翼に黒い涙を流すその姿を思い出し、男は嗜虐的な笑みを深くした。
「これからも、僕の親友じゃないことを証明してね。………………ん?あれは…………」
男の視線の先には、激しい雨の中、ガレキの陰で気を失って倒れているミレイの姿があった。
「ふふ、良いこと思いついちゃった。待っててね──『妖精の成り損ない』さん♪」




