嫌な予感
テストの2日前に書きました。なぜかテスト前って良い物語が思い浮かんでくるんですよね………
放課後、ミレイ達と別れると私はすぐに家に帰った。
「ただいまー!」
「おかえり、ルシエラ。今日も学校お疲れ様。……あら、なんだか疲れた顔をしてるわね? ちゃんとバルト先生の熱血授業、起きて聞いてた?」
私はクスッと笑って答えた。
「起きてたよ、一応ね。……ねえお母さん、今日のご飯何?」
「ふふ、ルシエラの大好きなシチューよ。お腹ペコペコでしょう」
私はカバンを置いて手伝おうとするが、ふと、背中がムズムズしてきた。その様子を見たお母さんは不思議そうに顔を傾げた。
「……? ルシエラ、どうしたの? さっきからそこばかり気にして」
「あ、うん。なんかね、今日学校にいる時からずっと、このあたりがムズムズするというか、熱いというか……変な感じがするんだよね。気のせいだと思うんだけど」
その言葉を聞いた瞬間、お母さんの料理をする手がピタッと止まる。お母さんの雰囲気が少しおかしかった気がしたが、振り返った時には、いつもの優しい笑顔に戻っていた。
「そう……。少し風邪気味なのかもしれないわね。お夕飯を食べたら、今日は早くお布団に入りなさい?」
「うん、そうする。……あ、そうだ。今日ジュリアンさんにね、『ルシエラ、今日元気ない?』って心配されちゃった」
「あら、あの素敵なジュリアンくんに? 相変わらず過保護ねぇ。ルシエラが可愛いから心配になっちゃうのよ、きっと」
「もう、お母さんからかわないでよ!」
お母さんは私に向けてとても優しい笑みを見せる。その温かさに包まれながらも、なぜか胸の奥がちくりと痛んだ。
「ねえ、ルシエラ」
「ん?」
「お母さんはね、ルシエラがどんな女の子になっても、どこへ行っても、ずーっとルシエラの味方だからね。世界中の誰もがあなたの敵になったとしても、お母さんだけは、あなたを愛してるわ」
お母さんの声があまりにも真面目なトーンになったので、私は少しきょとんとした。
「……? どうしたの、急に」
「ふふ、なんでもないわ。ほら、お皿を並べるのを手伝って?」
(⋯?この表情⋯見たことがある?)
無理して取り繕ったような顔だった。なぜかその顔に見覚えがあるような気がする。そう思った瞬間、心の中が私に対して何かを訴えているように感じた。すると、口が勝手に動いて言葉を紡いでいた。
「⋯⋯私はずーっとお母さんと一緒にいるよ!だから心配しないで、ね?」
そう言うと、お母さんはとても驚いた表情になった。
「⋯!そうね。ありがとう、ルシエラ」
お母さんと2人きりの食事はとても美味しかった。たとえ私がお母さんの本当の子供ではなかったとしても、お母さんと一緒にいられるなら私は幸せだ。これから先、何があろうとも⋯⋯。
その日の夜。私はおかしな夢を見た。
蝶のような羽根を持つ人々が逃げ惑い、縹色の炎が燃え盛る、見知らぬ地獄の夢だった。
「ルシエラ、やっぱりまだ元気がないね。本当に大丈夫?」
次の日、学校に行くとジュリアンさんが私の顔を覗き込んできた。昨日よりも視線が過保護になっている気がする。
私は見つめられて少し照れながら頷いた。
「うん、大丈夫だよ。少し寝不足なだけ」
「そっか……無理はしないでね」
「そう!ジュリアンさんの言う通り!無理は禁物だよ、ルシエラ」
「……ありがとう、2人共」
ジュリアンさんとミレイの優しい言葉に胸が温かくなっていくのを感じながら、私は頷いた。すると、たった今登校してきたテオが私を見ていった。
「なんだよルシエラ、暗い顔して。なんかあったんすか?」
「寝不足だそうよ」
「それじゃあ、今日の放課後は、あっちの通りに新しくできたお菓子屋にみんなで行こうっす!」
「……話聞いてた?」
今日もミレイとテオの会話にフフッと笑いながら、皆を安心させるために笑顔を作った。
「私は大丈夫だから。放課後に4人でお菓子屋に行こう?」
「よっしゃあ!だってさ、ミレイ。ルシエラは行けるみたいっすよ」
「本当の本当に無理してないよね?テオのために…とかじゃないわよね?」
「もう、ミレイ。本当に辛い時は言うから、ね?私も食べに行きたいな」
「まぁ、それなら……。ジュリアンさんも来る?」
ミレイがジュリアンさんにそう聞くと、ジュリアンさんは眉を下げて申し訳なさそうに言った。
「ごめんね、今日は騎士団の任務があってさ。また今度、僕も行きたいな」
「騎士団の任務っすか。頑張ってくださいっす!」
「テオくん…ありがとう。……ちなみに、買い食いは校則違反だからね。バレないように気をつけて」
そう言って悪戯っぽく微笑むジュリアンさんを見て、私は4人でどこか遊びに行ってみたいな、と思うのだった。
でも、みんなと笑い合っている今この瞬間も、制服の下の背中は、じっとりと熱を帯びたまま脈打っている。昨夜見た、あの縹色の炎の夢が、頭の奥にこびりついて離れなかった。
私はそれを必死に振り払うように、もう一度笑顔を作った。
学校が終わり、お菓子屋でお菓子をたくさん買った後、夕焼けに染まる街を私達3人は歩いていた。
「その時にバルト先生がさー……」
テオはいつも通り無邪気な笑みで話している。すると、彼はふと私の方を向いた。
「ルシエラ、大丈夫っすか?」
「え…?何が?」
「いや、何だか元気がない気がしたから……あ!そうだ!」
テオはそう言って鞄からいくつか飴を取り出した。
「これあげるっす!俺のお気に入りの飴なんすけど、ルシエラには笑ってほしくて……」
テオが私に飴を持たせると、ミレイが「それなら!」と言い、可愛い包み紙のお菓子を取り出した。
「私もルシエラにチョコあげるわ!これとっても美味しいの!!」
「二人とも…ありがとう!」
私は嬉しくて、弾んだ声で返事をした。すると、テオとミレイが私の顔を見て驚いたような表情になったものの、すぐに笑みを浮かべた。
「元気が出たならよかったっす!」
「そうね!…そろそろ行きましょう」
テオとミレイが私の前を歩き、話している。私は夕日に照らされる2人を見た。
(お母さんがいて、テオがいて、ミレイがいて……ジュリアンさんもいて。この温かい日常が、ずっとずっと、この先も続けばいいな)
そう心の中で願った、まさにその瞬間。
バリバリバリィィィンッ!
天を裂くような、凄まじい音が街に響き渡った。テオやミレイ、街の人々も混乱した様子で上を見ている。
そこでは、街を包んでいた防護結界が砕け散っていた。
「防護結界が……」
わけもわからずそれを見つめていると、夕焼けだった空は、またたく間に不気味な暗紫色へと染まり、街のあちこちから地鳴りのような咆哮が響き始めた。
「きゃああああ!」
「に、逃げろ!」
「嫌だ…。来るな!来るな!」
平和だった通りは一瞬にして叫び声の渦に包まれ、人々が我先にと逃げ惑う。
ミレイは周りを見て、「どうしよう……」と呟いた。私はそんなミレイの手を掴んだ。
「とりあえず逃げよう!」
「うん!」
「あ、あぁ!」
どのくらい走っただろうか。結構走った気がするが、実際は群衆に阻まれてあまり進めていないのだろう。私は肩で息をしながら手を繋いでいるミレイに「大丈夫!?」と聞いた。
「はぁ、はぁ、私は大丈夫!でも……テオが…テオがいないの」
「テオが!?どっかではぐれちゃったのかな?」
私はミレイの手を引いて、人の波に飲まれぬよう道の端に寄る。やはり、人混みを見回してもテオはいなかった。その時、私達が来た道の向こうから叫び声が聞こえた。
「うわああああっ!?」
「え、今の……」
「テオの声よね!」
テオの声に弾かれたように振り返ると、すでに周囲の人々は逃げ去っていた。そこには、魔物の巨大な爪が、腰を抜かしたテオの頭上へ振り下ろされようとしていた。
「………っ!危ない!!」




