8 お人好し
―――そもそもさぁ、どこに行ったのか分からないくせに、勝手に探しに行くってどうなの?それに行ったこともない森の中へ。町の方に行ったかもしれないよ。
「分かった、分かったから!」
そう言いながら、私は終わりの見えない森の中を突き進む。
―――『分かった』って口だけじゃん!こういうのはその場から動かないのが鉄則でしょ!?
「いや、まあ移動してたら誰かに会うかなって」
―――誰かにって……誰にだよ!
「さ、さぁ、誰だろうね。…………ん?」
先の方では、木は途切れ、地面に日が差し込んでいる見えた。
「あそこって、もしかして森の終わりなのかな?行ってみていい?」
―――………どうせ僕がダメって言っても行くんだろう?
「そうだね!」
―――……あー、もう!別にいいんじゃない?僕はどうなっても知らないから!
私は少し早足で、光に近づいていく。眩しくて、目を細めた。
だんだん光に慣れてきて目を開けると、そこには花畑が広がっていた。色とりどりの花が一面に咲き乱れている。木はその花畑を取り囲むように周りに生えていた。
私はその光景に息を呑んだ。
「ここは………」
その花の1つに近づく。草丈は私の膝よりも高い。
―――……円錐状の大きな穂に、蝶が羽を広げたような小さな花。これは…………
「ルピナスだよ」
後ろから声が聞こえて、振り返るとそこにはルゥが立っていた。ルゥさんは暗い顔で、私を申し訳なさそうに見ていた。
「ルゥさん!」
「ルシエラ、ぼく、ひどいこと言っちゃった。ごめん」
「いや、全然気にしてないよ」
「え………」
(本当は傷付いた。でも、人の気持ちは変えられないし)
私はルゥさんに満面の笑みを見せた。
「私もごめんね。ルゥさんたちの家に人間がいるのが嫌なら私、すぐ出てくから」
「!!……いや、なわけじゃなくて……ぼくは……」
「言いづらいことなら言わないでいいよ」
「え?気に、ならないの?」
私はその言葉に強く頷いた。
「うん!全く!」
そんな私にルゥは驚いたような表情を見せたが、すぐにあの天真爛漫な笑みになった。
「……ルシエラ!ありがとう!!」
「?……よくわからないけど、どういたしまして、ルゥさん。…………それよりも、この花って『ルピナス』って言うんだね」
花に近づき、しゃがむ。そして、花に手を伸ばそうとした時、ルゥさんが焦ったように言った。
「だ、ダメだよ!触っちゃ……」
「え?そうなの?」
「う、うん。その花はね、人を攻撃しちゃうんだって。レイが言ってた」
―――普通に触るだけなら問題はないよ。でも、毒は確かにあるから、気をつけた方が良いかも。
(そうなんだ、詳しいね)
―――……………。
私は触らずに、立ち上がり、花畑全体を見回した。
「……ぼくはね、この花好きなんだ」
「そうなんだね」
「うん」
風が吹いて、花が波のように揺れる。しばらく眺めていると、ルゥさんが言った。
「……そろそろ帰ろうよ、ルシエラ」
「え?私、あそこに帰っていいの?」
「ルシエラ、何言ってるの。ぼく……ぼくたちはもうルシエラと一緒に住みたいって思ってる」
「…………」
(まぁ、いっか。利用できるものは利用しよ)
「うん。ありがとう、ルゥさん。じゃあ、帰ろっか」
「やった!」
ルゥはとても嬉しそうに笑みを私に向けた。
「………あの、ルゥさんが」
「ん、なぁに?ルシエラ」
「ここって……どこ?」
「もう!まさか2階から出るなんて!!」
「ご、ごめん。ルゥさん」
―――良かった。君があまりにも平然と2階から出るから、人間にとってはこれが普通かと思ったよ……。
ルゥは店の入口の裏側に回った。
「へー、ここにも扉があったんだ」
「そうだよ、裏口なんだ」
ルゥはその扉を躊躇わずに開けた。
「ここって……」
「階段の裏側だよ。『お客さんがいる時にはこっちから入って』って言われてるんだ」
「こんな所に扉が……」
―――2階から行く必要なかったような………
(ま、まぁまぁ。私、この扉の存在、知らなかったし)
「じゃあ、お昼休憩になるまで2階にいよう!」
「え、でも、ルゥさん。皆、心配してるんじゃ……」
「別にいいよ!ぼく、ルシエラと話したいし……あ、そうだ!お腹空いてるでしょ?ぼく、なんか作ってあげるよ!」
「え、えぇ……」
「ルゥ、ひと言ぐらいは声をかけて欲しかったな」
「そうですよ〜。私だってとっても心配したんだから」
「う、だって……」
「ルゥちゃん、こういうのはすぐ謝っとくのがいいんだぜ」
「……ごめんなさい」
ルゥさんはバツの悪そうな表情をしながらそう言った。そして、3人の視線は私に向けられる。私は居心地が悪くなって、目を逸らした。
「次にルシエラ。2階から飛び降りたって?」
「……………はい」
「あら〜、怪我はないですか〜?」
「大丈夫です」
「そして、あの森の中に入ったって聞いたけど?」
「う……はい、そうです」
「ったく、ルゥちゃんと会わなかったら危なかったな」
「え、なんでですか?」
私がそう聞くと、カイルさんは呆れたように言った。
「あの森は『迷い森』って言われていてさぁ。その名の通り迷いやすいんだよ。それにこわーい言い伝えなんかも………」
「こ、怖い言い伝え?」
「それよりも、本当に怪我はしていませんか〜?草で手を切ったり、あそこにはルピナスの群生地がありますからね〜」
「はい、たぶんどこも怪我してないと思います」
メルティさんはニッコリと微笑んだ。
「それはよかった〜。でも、体力が回復していないかもしれないのに、無理をするのは良くないですね〜」
「……ごめんなさい」
「『無理をする』っていうか、そもそもが2階から飛び降りちゃダメだろ」
「……はい、おっしゃる通りです……」
私がそう言うと、3人は顔を見合わせて溜め息をついた。そして、レイさんが私たちに向けて言った。
「もうこんな事しないよね?」
「……はい」
「もっちろん!」
「……メルティさん、カイル、もういいよ。2人共よく反省してる」
「相変わらず、レイは甘いな」
「だからこそ、私が厳しくしないといけないんですけどね〜。……でも、今回はもう良いでしょう」
メルティさんがそう言うと、ルゥさんはホッと息を吐いた。しかし、カイルさんが机の上にある物に目を向けた途端、また気まずそうに目を明後日の方向に向けた。
「で、この黒いやつは何なの?ルゥちゃん」
カイルさんの視線の先には、黒くて焦げ臭い匂いを放つ、皿に乗せられた物体があった。
「え、えーっと、それは………その、ルシエラがお腹すいてるかなって思って………ナポリタンを作ろうと………」
「ルゥさんは私のためにやってくれたんです!」
「ルシエラ……」
ルゥさんが感極まったように、私を見つめた。
「いや、まあわかってるんだ。ルゥちゃんも悪気はなかったってことぐらい。でもなぁ……」
カイルさんは言うことを躊躇い、言いごもる。彼の言葉の続きをレイさんが私の耳元で囁いた。
「ルゥは見ての通り、料理がそこまで得意ではないんだ。だから、なるべく止めてほしいかな」
「えっと……はい、分かりました」
そんな私と彼の様子をルゥさんは不思議そうに見ていたが、何かを思い出したようにハッとした表情になった。
「そういえば!ルシエラってここに住むんだよね!?」
「お母さんも私もここにいても良いって……皆さんが言うなら」
私が遠慮気味にそう言って、4人を見る。皆の顔はとても優しいものだった。
(まだ会ってから数日しか経ってないのに……そんな表情………。もう皆、私を信用してるんだ)
ルゥさんが私に抱きついてきて、満面の笑顔を向けた。
「もっちろん!たっくさん遊ぼう、ルシエラ!!ぼく、ルシエラの『センパイ』だから、いつでも頼っていいからね」
「ありがとう、ルゥさん」
カイルさんは私を見てニカッと笑った。そして、冗談を言うような口ぶりで言った。
「こんな可愛い子なら、大歓迎だ。いくらでもここにいて良いからな、ルシエラちゃん」
「ありがとうございます、カイルさん」
「おいおい、堅いって。敬語じゃなくていいぜ」
「いえ、大丈夫です」
そんなやり取りにメルティさんは柔らかく微笑んだ。
「ルシエラさん。また、本音を言える時が来ると良いですね」
「メルティさん………?」
「ふふっ、気にしないでください」
(メルティさんの言っていることはよく分かんない。だけど、皆、本当にお人好しだな。………利用できるものは利用する。それが私だから。この人たちに心を許すことはない。でも、いざという時のために、信用したふりだけしておこう)
そんな彼らの様子を見ていたレイさんが私に近づいてきた。
「レイさん?」
「ルシエラ……ちょっと、失礼するね」
(えっ!)
レイさんの伸ばした手が、私の尖った耳に触れた。私は思わずビクッと身体を強張らせた。彼は真剣な表情で私を見つめていた。
(……この人、私のすべてを見透かしているんじゃないか。それくらい、底が知れない)
私はその静かな威圧感に耐えきれず、彼から目を逸らしたのだった。




