6 僕らの家
「………………なに?…………」
「えっと………………ごめん、ルゥさん」
「なにが?」
「それは……………」
私はルゥさんの問いに答えられず、黙っていると、ルゥさんが呆れたように言った。
「………ぼく、ニンゲンがきらいなんだ。……だから……わかるよね?僕らの家を踏み荒らさないで」
「……………」
私はそれ以上、ルゥさんを呼び止めることができなかった。
「お、帰ってきた」
部屋に戻ると、3人は私を心配そうに見ていた。そして、私の曇った表情で察したのかカイルさんが励ますように言った。
「ま、オレはルシエラちゃんの母ちゃんがいても別にいいけどな。どうせ行く当てもないんだろ?」
「……はい」
カイルの口調も視線も先程より穏やかになっていた。それに、ルゥが出ていったからか、部屋の空気は少し和らいでいる。
でも、私の胸は今もざわついている。ルゥが「ナニカ」を放ってからずっとそうだ。私は震えた手を握りしめて、俯いてばかりだ。
―――はぁ、人間ってめんどくさいなぁ。こんな事になるなら最初から関わらないほうがよくない?そもそもなんで会ったばっかりの人を気にするんだ?
心の中で彼の声が響いていたが、私には届いていなかった。
「レイさん、そろそろ開店の時間じゃないですか〜?」
「あ、あぁ。そうだね。ありがとう、メルティ。………ごめんね、ルシエラさん。そろそろ行かないといけないんだ。大丈夫かい?」
「大丈夫です。気にしないでください」
私はか細い声で返事をした。レイさんとメルティさんの階段を下りる音が小さくなっていく。
カイルさんも私の横を通り過ぎて階段の前に立った時、振り向いた。
「……オレも行くけど………おいおい、可愛い顔が台無しだぜ?そんなに下向くなって」
「…………」
「それともオレに慰めてほしい?胸ならいつでも貸すぜ」
「…………………………」
「なんか、ごめん」
数秒、部屋を沈黙が満たした。
「………あー、まぁ、あれだ。分かってるとは思うがルゥは悪いやつじゃないんだ」
「分かってる」
「でも、人間が好きじゃないんだ。誰でも苦手なものひとつやふたつあるだろ」
「……そんなこと、分かってる」
「そしてルシエラちゃんにも何かしら理由がある。つまり!ルシエラちゃんも悪くないんだ」
「だから!そんなの分かって………………え?」
思いもよらない言葉に、私は顔を上げてカイルさんを見た。カイルさんはいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
「あー、惜しいな。もう少しで言質取れそうだったのに。………まぁ、あんま気負いすぎんなよ」
「………」
私は去っていく背中を呆然と見ることしかできなかった。
―――なんで会ったばっかりの人を気にするんだろう……。人間って不思議だ。
(そういえば昔……お母さんが…………)
「ねぇ、なんでお母さんは知らない人でも優しくできるの?」
私は先程、転んで泣いていた子供を見る。その膝にはテープが巻かれていた。
「ルシエラ、優しさっていうのはね、巡り巡って自分を助けてくれるのよ」
「めぐり、めぐって……?『無償の奉仕』っていうやつ?」
「……どこでそんな言葉知ったの………」
「ミレイに教えてもらった!」
「そ、そう。ミレイちゃんは物知りなのね」
お母さんは苦笑いをしてから、私に言った。
「ルシエラ」
「ん?なぁに、お母さん」
「優しくしてもらって、嫌になる人なんていないでしょ?だから、ルシエラも………」
「………ほんと、なんでだろうね」
口元に自然と笑みが浮かんでいることに、私は気が付かなかった。
私は一度目を閉じてから、深呼吸をする。
「……よし!」
私はルゥに借りたパーカーのフードを深く被った。サイズは少し小さいが、特徴的な耳を隠すだけなら十分だろう。
―――……どこに行くつもり?
「そりゃあもちろん、ルゥを探しに」
私は部屋に戻り、私のベッドの近くにある窓を開けて、外を見る。そこには、木が生い茂る森が広がっていた。
(ここの反対側にある団欒室から窓の外を見たとき、建物があった。たぶん、ここは森と町の境目なんだろうな)
私は窓枠に手を掛けて、地面を覗いた。
(高さは……2階ぐらいなら大丈夫か)
―――いや、ちょっと待って。
「え、なに?」
―――『え、なに?』じゃないよ!一体どこから出るつもり?1階からじゃないの!?
彼は焦ったように、そう捲し立てた。
「今1階に行ったらレイさんたちの迷惑になるじゃん。それに、探しに行くことを止められそう」
―――なんでそう思うの?
「今の状況を考えればレイさんたちはそう思うんじゃないかなって」
―――……………お母さんは瀕死状態。ルゥって子にはそれすらも否定される。自暴自棄になっていてもおかしくない、と。君って意外と頭良いね。
「……意外と?」
―――なんでもないです。
私は窓を全開にする。そして、窓から数歩下がった。
―――えっ……ちょっ、待って!ほ、本当にここから飛ぶの?ま、まだ心の準備が………
「大丈夫。私って結構、風魔法の成績良かったんだよ!っと」
そう言いながら、私は助走をつけて窓に手を掛ける。そして、手で窓枠をグッと押して飛び越えた。
―――そういう問題じゃ、ないんだよぉぉぉ!!




