5 喫茶ノクターン
「……眩しい………」
見慣れない天井と壁。 そして、窓から見える朝焼け。昨日よりは早く起きたようだ。
(……夢、であって欲しかった………)
―――そんなの、今さらでしょ。うーん、ねむ………
「………」
私は顔の前に手を置いて、光を遮る。遮ることができなかったそれが、私を照らした。光から逃れようと起き上がると、そこにいた人と目があった。
濃い茶色の癖っ毛の髪に、口からは八重歯が覗いている。
「お、起きた!!」
彼女は目をキラキラと輝かせながら近づいてきた。
「え、えぇと………」
「ねぇ、名前はなんていうの!?歳は?私より年上?たんじょーびは!?好きな食べ物ある!?僕、何でも作るよ!!その髪めっちゃきれーだね!ど、どうやってお手入れしてるの!?あ!そういえば、その服僕のだ!!すっごい似合ってる!!好きな動物は!?ねこ派?いぬ派?やっぱりいぬだよね!!」
―――うわぁ、熱量が凄い……
早口で捲し上げられて私は彼女を見ることしかできなかった。彼女の蒼い瞳には困惑した顔の私が映っていた。どう答えようか迷っていると、向こうの方にあるベッドから声が聞こえた。
「………ふわぁ、ルゥ。そんなに一気に質問したら相手が困っちゃうわよ〜」
「メルティ!た、たしかに良くないかも…………まずは自己しょーかい……から?」
(た、助かった……)
彼女はコホン、と一度咳をしてから改めて私を見た。
「えっと、ぼくはルゥっていいます!!たぶん18才です!好きな食べ物は……レイのオムライスと、カイルのパンケーキと、メルティのナポリタンと……たくさんです!」
「ルシエラと言います。16歳です。だからルゥさんより年下かな?好き嫌いはありません。髪は特別なお手入れはしてないんですけど……。好きな動物は、犬かな」
「ルシエラだね!!よろしく!」
彼女は私の手を握って、天真爛漫にニッコリと笑った。すると、ベッドからナイトキャップを被ったメルティさんが、伸びをしながら出てきた。
「ふぅ………よくできたわね〜、ルゥ」
「えへへ、でしょ?」
「えぇ、でもそろそろ開店準備の時間よね」
「あ!そうだった!!」
(開店準備……?)
私が首を傾げていると、メルティさんが言った。
「1階で喫茶店も営んでいるのよ」
「喫茶店……?」
「そうだよ!喫茶『のくたーん』っていうんだ!!」
「ノクターン?」
「わぁ!喫茶店っぽいね!」
「『ぽい』じゃなくて喫茶店だよ」
今日も昨日と同じような穏やかな笑顔のレイさんがそこにいた。
「レイさん、おはようございます」
「レイ、おはよう!おなかすいた!!」
「おはよう、2人共。ルゥ、朝ご飯は今から作るからちょっと待ってて。その間、開店準備していてくれる?」
「うん!まかせて!!」
「もちろん、そこの階段の影に隠れているカイルもね」
レイさんがそう言うと、階段の影から人が現れた。彼は赤みを帯びた茶色の襟袖まである髪を掻き上げて、笑った。
「なんだよ、今日こそはサボれると思ったのに………っていうか、ちょー可愛い子いるじゃん。見たことない顔だけど、どうかしたのか?」
「それは………」
「彼女は魔性の落とし子なんだ」
(言っちゃっていいの!?幻滅されるんじゃ……)
レイさんの言葉に、私はルゥさんとカイルさんを見る。しかし、2人共そんなに驚いた様子ではなかった。
「へー、魔性の落とし子なんだな」
「そうなんだね!……じゃあ、一緒にいれるってこと!?」
「え?えっと……」
「どうした?わかんないことあったら、いつでもオレに聞いていいんだぞ?」
「……あの!どうしてそんなに、落ち着いていられるんですか!?私、『魔性の落とし子』ですよ!?」
思ったよりも大きな声が出た。やってしまった、と思いながら俯いていると、カイルの笑い声が聞こえた。
「な、なんで笑うんですか……?」
「あぁ、いやごめん。ちょっとレイ、この子に伝えてなかったのか?オレらについて」
「え?あ、そういえば忘れてた」
「どういうこと?」
レイさんは柔らかい笑みを浮かべて私を見た。
「実はね……………ここに住んでいる人、俺たちは魔性の落とし子なんだ」
「……とりあえず、それぞれ自己紹介をしようか」
朝ご飯を食べ終えてから、私は2階の部屋のソファに座っている。皆はこの部屋のことを「団欒室」と呼んでいた。メルティさんとルゥさんは向かいのソファに座り、レイさんはその横に立っていた。カイルさんは向こうの方で寝転がっていた。
―――レイ……だっけ?あれにあの事を言われてから、ずっと放心状態だったね
(だってさ、しょうがなくない!?『魔性の落とし子』なんてその辺には普通いないよ!)
―――そうかな?案外近くにいるかもよ?
(この国では赤ちゃんが産まれた時に、魔物の特徴があった場合、国に引き取られるの!だから、普通はいないよ!)
―――普通は、ね
「えっと……大丈夫?」
「あ、はい。どうぞ続けてください」
レイさんが不思議そうに私を見ていたが、すぐいつも通りの笑みに戻った。
「じゃあ、俺から。俺はレイ。喫茶ノクターンのマスターをやってるよ。えっと……何か困ったことがあったら、いつでも頼ってね」
「メルティです。私は、医療係をやってるわ。魔性の落とし子は普通の病院へ行けないもの」
「カイルだ。よろしくな。オレはまぁ、だいたい掃除とかご飯とか作ってるぜ」
「よくサボってるけどね!」
「……ルゥちゃんって笑顔で痛いこと言ってくるよな………」
「どーいうこと?ぼく、カイルに痛いことしてないよ?」
「いや、そういうことじゃないんだが、まぁありがとう」
―――……チャラそうな人。
(そんなこと言わないの)
「じゃあ、最後に……自己紹介してくれるかな?」
「あ、はい」
4人の視線が私に集まる。私はなるべく好印象を持たれるように笑顔を作った。
「ルシエラと言います。事情があって母と一緒にお世話になります」
「お母さん……?」
ルゥは首を傾げて私にそう聞いた。
「私の養母なんだけど、訳あって地下にある部屋に寝かせてもらってるの」
「それってニンゲン?」
「そうだけど……」
ルゥさんの言葉に頷いた瞬間、彼女から強い「ナニカ」を感じた。肌がビリビリと痺れる。同時に、カイルさんが私を鋭く睨んでいた。先程の軽い雰囲気は消えていた。
―――へぇ……。このフワフワした子、見た目によらず、なかなか尖った魔力を持ってるじゃん。
「あー、だからか。5日前の真夜中に血の匂いがしたのは」
カイルさんの声は威圧感を持っていた。レイさんが2人を窘めるように言う。
「2人共、そんなにルシエラさんを睨まない。ルゥは魔力を抑えて――」
「……ねぇ」
ルゥさんとは思えないほど低い声だった。
「ニンゲンなんて………なんで匿ってるの?メルティはいいの!?」
「うーん、そうねぇ。良くは思っていないわ」
「え……メルティ、さん?」
―――あ、これはヤバい感じ?
「………」
「でも」とメルティさんは続けた。
「私は、そこに怪我人や病人がいるなら、誰であっても救える限り、助けるわ。私たちが恨んでいる人間であってもね」
「メルティ、もわかってくれないの?ぼくのこと」
「そんなことないわ。でも………」
「全然わかってない、わかってないよ」
今までで1番低い声だった。あたりがビリビリと震える。レイさんが思わずといったようにルゥさんの名前を呼ぶ。
「……ルゥ………」
「レイ、メルティ、カイル、ごめん………………ぼく、ちょっと出掛けてくる」
そう言うと、ルゥさんは立ち上がり、部屋から出ていく。レイさんはルゥさんの背中を少し見た。
「………分かった。暗くなる前に帰ってね」
「…………」
ルゥさんは返事をしなかった。廊下を歩く音だけが聞こえる。
(ルゥさん………私のせいで、怒らせちゃった。…………このままじゃダメだよね)
私は居ても立ってもいられず、階段の入り口まで駆けた。階段の下にはルゥさんが立っていた。私が来るのを分かっていたように、ルゥさんは私を真っ直ぐ見ていた。
「………………」
「………ルゥ、さん…………」




