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何者でもなく、何者にもなれず、今後とも何者かになるつもりはない  作者: 中原 誓
3. 夏の章

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アルコールと擬態

 下戸である。


 体質的にアルコールが合わないのか、ビールを二口も飲めば胃の中のものを全て吐いてしまう。


 社会人になりたての頃は、まだノンアル飲料など世の中になく、今ならアルハラと言われるであろうやたらビールを注ぎたがるオジサンが職場の飲み会に標準装備されていた。


 しかし同時に、職場には頼もしいお兄さん達もいた。

 彼らは私が飲めないと知ると、乾杯のビールをサッと胃袋に片付けてくれた。

 代わりに私に渡されるのは、氷を入れたウーロン茶とか、水で薄めたオレンジジュースのジョッキだ。すごい。チューハイに見える。

 ビールを注ぎたがるオジサンには、『こっちを飲んでるんで』とニッコリ笑うだけでいい。


 他に伝授された技は、『楽しむこと』だった。


「どうせ周りは酔っ払ってる。お前がはしゃいで騒いだところでたいして覚えてない」


 なるほど。

 ならば本気で遊ぼうではないか。


 グラスが空になるごとに、周りの人の声が大きくなるごとに、私も肩の力を抜いてテンションを上げていく。

 どこかライブ会場にも似ていて、楽しくなってくる。


 笑い、歌い、踊り、また笑う――そこまでくると、それは演技(ふり)ではなく擬態だ。


 そして数年後には、私は“酔っ払いより酔っ払ってる女”と言われるまでになった。


 いまだに飲み会に参加すると、後から『あれっ? 飲んでなかったの?』と驚かれる。

 飲むピッチが速いので、酒豪だと思われた事もある。


 擬態も重ね続けると、外見もそれっぽくなるのだろうか。


 コロナ禍の折、集団予防接種に行った時の事である。

 担当医だった年配の先生は、問診をした後に急に小声になった。


「あのね」


 何だろうと、私も身を乗り出す。


「今夜、8時を過ぎたら飲んでもいいから」


 ウインクをしてサムズアップ――そんな幻が見えるような、いい笑顔だった。




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