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何者でもなく、何者にもなれず、今後とも何者かになるつもりはない  作者: 中原 誓
2. 春の章

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プーカ プーカ プーカ!

 プーカとは、ケルトの伝承に出てくる妖精である。


 何で読んだのかは記憶にないが、私が覚えているプーカは黒い馬の姿をしていた。


 気になって調べると、プーカは変幻自在の妖精で、馬の他にも山羊・猫・犬・兎などに変身するとされている。


 黒馬の姿の伝承では、プーカは夜道に現れると、旅人を背に乗せ、一晩中暴走して恐怖を与える存在として描かれている。

 一方で、親切にされた相手には恩返しをする話もあり、恐怖と恩恵の両面性を持つ。


 宗教的な観点から見れば、白=善、黒=悪となりがちだ。

 けれど、夜に現れる黒。

 それは『見えない色』ということではないのか。


 夜の闇に覆われた時、現実世界と異界の境界も見えなくなる。

 その中でプーカはどう現れるだろう?


 まず馬の鼻先。

 それから頭、前脚――その後はまだ闇だ。


 ズズッと音をたてるように、闇が馬の姿を少しずつ創り上げていく。

 黄金の目は燃えるように輝くだろう。

 吐く息だけが白く、闇は影のように脚元に広がる。


 けれど結局、闇を形作るのは異界を行く妖精ではなく、人間の側なのかもしれない。

 記憶であったり、怖れであったり、そういったものが影に形を与える。

 だからこそプーカの姿は、多種多様なのだろう。




 で、私がなぜプーカを思い出したかというと――


 それは、プーカどころか悪魔のように自分勝手なうちの黒いわんこを散歩させていた時の事である。

 道路脇の雑木林から、誰かが歩いて来る気配がした。

 そこは、少し下ったところにある住宅の人達が、バスに乗るために通る近道だ。

 冬の間は無理だったが、雪が無くなったからまた通るようになったのだろう。

 

 道路に出てきた人に、『こんにちは』と言いかけた口があんぐりと開いた。

 私の目の前に、メリーゴーランドの馬のような頭がヌッと出て、すぐに引っ込んだ。


「わっ! 何? プーカ!?」


 ギョッとしたけれど、そんなはずもなく、それはエゾシカのメスの頭だった。


 夜の闇の中ではなく、逢魔が時の事である。



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