台風と駄洒落と勘違い
「台風が来ているらしいね」
俺はテレビのニュースを見ながら言った。
「南の方では車とか家とかが吹き飛ばされたりして、かなり大規模な被害が出ているそうですよ」
椎名が言った。その時、丁度ニュースでも家がバラバラになっている映像が流れた。
「これですね……。ああ、酷いことになっている」
椎名はテレビに流れる映像を見て、少し表情を歪めた。
「こっちには?」
俺は聞いた。
「明後日くらいって言ってたな……」
大将は小さくため息を付いて言った。
「尾田さん、看板を固定して置いた方が良いですよ。提灯も店内に入れておかないと……」
椎名が言った。
「やれやれ……。うまく逸れてくれれば良いんだけどなぁ……。暴風警報とかはまだ出ていないよな……」
大将が言った。
「ええ、もう少し西の方ではもう出ているみたいですけど」
椎名が言った。
「外は蒸し暑かったですけど、風は全然無かったですよ」
俺は言った。
「そう言えば暴風警報で思い出したけど、警報出ていても実感とは一致しない時がありますよよね?」
俺は言った。
「あ、それわかります。何年か前ありましたよ。大学の地域に暴風警報が出て講義全部が休講になったんですけど、外は晴れていて、のどかに鳥がチュンチュン鳴いていましたよ。みんなで『何で?』って」
椎名が答えた。
「そうそう、まあ『備えあれば憂いなし』ってことなのかもしれないけど……」
俺は言った。
「厳しい言い方をすれば『誤情報』とも言えるよな?」
大将は言った。
「まあ、それだけ気象情報っていうのは、予測が難しいってことなんでしょうね……」
椎名は言った。
そして、三人揃ってしばらくニュースを見ていたら、玄関が開いた。
「うぃ~~っす!」
入ってきたのは原田さん。
「いらっしゃい!」
椎名の……なんだっけ? 『1/fのゆらぎ』ボイスでお出迎え。
「台風来てんだろ? 外は蒸し暑くってさぁ……。椎名!ビールくれ!」
原田さんはそう言って、お尻のポケットから扇子を取り出しパタパタ仰ぎ始めた。
「ひゃ~! この冷房効いた部屋での扇子の風は、素晴らしく涼しいな!」
今日は上機嫌だ。確かジャガーズ連勝中だったな……。
「今日でしっかり五連勝! 台風でゲームがなくなるんじゃないかって、ヒヤヒヤしたけどな……。明日から三日ほど試合がないから、その間に台風ちゃんには過ぎ去ってもらって、台風一過で六連勝目と行きたいねぇ」
嬉しそうに話す原田さん。
「今日は見に行ってたんですか?」
俺は聞いた。
「おうよ! 俺の声援が選手に届いたとしか思えない勝っぷりだったぜ!」
原田さんは親指を立てて俺たちにアピール。まあ、いつもの光景だ。
「雨振らなくて良かったですね」
俺は言った。
「おう! でも、『シャンプーハット』は、忘れず持って行ったけどな……」
原田さんはニヤリと笑ってそう言った。
「もうそれは良いんです!」
椎名がぷう、とふくれた。
「そう言えば、小さい頃、『台風一過』って言葉をニュースで聞いたとき、どんな家族なんだろうって思ったな」
俺は言った。
「あはは、俺もそう。小さいときはみんな間違うよね」
大将が言った。
「結構大きくなってから、勘違いしていたことに気付くケースもありますよね?」
椎名が言った。
「その言い方からすると、椎名はあったんだな?」
俺は聞いた。図星だったようで、椎名はちょっと赤くなった。
「実は……、『井の中の蛙、大海を知らず』って言葉ありますよね? 私、『大海』を野球とかの『大会』と勘違いして覚えていたんですよ。中学生になるまで。小さな練習試合ばっかりしていて、大きな『大会』に出たことがないから、世間知らずになるって解釈していて……」
椎名は言った。
「でも、意味的には合っているよな?」
原田さんは笑った。
「だから厄介だったんですよ。殆ど使うことが無い上に、使ってもなまじ使い場所があっているから誰からも勘違いを指摘されないんですよ。結局、気が付いたのが中学の時でしたから。めちゃくちゃ恥ずかしかったですよ」
椎名は言った。
「でも、冷静に考えたら、『蛙』の話だろ? 普通に『大会』は無いような気がするけど……」
大将はそう言って笑った。
「それが勘違いの恐ろしいところで、その時には何も疑問に思わないんですよ。ところが『大海』とわかってから、どうして『大会』だと思っていたのかって方が不思議になってくるんですね。それがまた恥ずかしさに拍車をかけるっていうか……。とにかく気が付いたのが中学二年の時ですよ! もう最悪……」
椎名は言った。
「心配しなくても、俺も中学まで、『東名高速道路』は、透明のガラスのチューブみたいな筒の中を車が走る状態を想像していたよ」
俺は笑った。
「俺の場合は『房総半島』だな。中学で、横ちゃんに指摘されるまで何が暴走するんだろうって思ってた」
原田さんが言った。一同爆笑。
「尾田さんは無いんですか?」
椎名が聞いた。
「俺、中学の時柔道部だったんだよ。で、練習試合の相手中学が『富士見中学』ってところで。監督から口頭で言われたとき、どんだけ強い奴がいる中学なんだろうって思ったことがあったな……」
大将が言った。
「確かに『不死身』はおっかねぇよな。その中学が房総半島にあったら、怖すぎるな」
原田さんが笑う。
「あ、また台風情報ですよ……。太平洋側の南の方は暴風波浪警報も出たみたいです」
テレビのニュースを見て、椎名が言った。
「あ、それも小さいとき、『暴風ハロー警報』だと思って、どこで挨拶するんだろって……」
大将が手を振るポーズで言った。俺にも心当たりがあるな……。思わず頷いてしまった。
「ところで、兄ちゃん、さっきから何食べているんだい? 美味そうだな」
原田さんは言った。
「『サテ』だよ。シンガポールの焼き鳥みたいなもんだな。本場で使っている長い串は無いから、普通の串で突いたけど、味はシンガポール仕立てだよ」
俺の代わりに大将が答えた。
「凄く美味しいですよ!」
俺は言った。何とも独特な風味が病みつきになる。
「ちょっと癖になる味だろ? 多分、『ナンプラー』の効果だと思うけど」
大将は言った。
「ナンプラー? 何ですか?」
俺は聞いた。
「日本で言うところの『しょっつる』みたいなものなんだけど……」
そう言って、大将は変わったデザインの瓶を出してきた。
「そんなに美味いのなら俺もくれよ。あと、ビール追加で」
原田さんは大将に言った。
「そう言うだろうと思って、もうオーブンで焼いているよ。原田さんの分はあと……一分ぐらいだな」
大将は言った。
「ナンプラーの匂い嗅いでみるかい?」
急に大将が悪い笑顔になって俺に聞いた。いや、完全に痛い目に合うフラグ立てまくった表情で言われても、誰が引っかかるんですかね?
「明らかに罠の匂いがするので遠慮しておきますよ……」
俺は言った。椎名も横でウンウン頷いている。椎名はやられたんだな……。かわいそうに……。
「そうか……、残念だな……。あ、できたよ。原田さんお待ち」
そう言って、大将はオーブンから仕上がったサテを取り出し、皿に盛り、原田さんの前に皿を置いた。原田さんは早速一口……。
「んんっ? 何だ? 確かに美味いな。今まで食ったことがない味だな……」
そう言って原田さんはビールを一口。かなり気に入った様子だ。ドンドン食べている。
その時、店の玄関が開いた。入ってきたのは湖仲だ。
「どうもっす。あ、良い匂いですね。カレーですか? 始めたんですか?」
湖仲は言った。
「いらっしゃい、湖仲君。今日は特別メニューで『サテ』をお出ししているのよ」
椎名が言った。
「店中、カレーの良い香りが充満してますよ。僕にも下さい。後、芋焼酎……、今日はロックで」
「店の中はおっさんばっかりだから、『カレー臭』がしたんだな?」
嬉しそうにギャグを飛ばす原田さん。誰も何にも言えない微妙な空気が……。湖仲はちょっと吹き出しかけている。
「さて、湖仲くんの『サテ』を作らなくちゃ……」
大将が追い打ちをかけてきた。しかも駄洒落?
「あっはっはっは!」
とうとう湖仲は大笑いした。
「どうしたの?」
椎名が言った。
「駄目なんだよ……。実は俺、こういう駄洒落に弱くってさぁ……」
湖仲は言った。
「面白いの?」
かなり小さい声で椎名が聞いた。その小さな椎名の声を大将は聞き逃さなかった……。
「椎名……」
大将がションボリする。
「ああっ! すみません、すみません。ちょっとだけ面白いかもしれません!」
慌てて謝る椎名。いや、今回は椎名が正しいけど今のはフォローになっていないよ……。
「今働いているスーパーの上司に、ダジャレ言う人が多いんだよ。最初は俺も小坂と一緒で何とも思わなかったんだけど、毎日連発で聞き続けていると、これが結構段々笑えてくるようになるんだよ。今日も倉庫の鍵を忘れたまま倉庫に行って、『これが本当の「しまった」だな?』って……」
嬉しそうに笑う湖仲。本当に最初に会ったときとは別人だな……。
「今日は給料日?」
俺は言った。
「ええ、給料日はここに来るって決めているんですよ。初心に帰れる気がして……」
湖仲は言った。
「もうすぐ、ボーナスの時期だろ? ボーナスの日は来ないのか?」
原田さんが言った。
「あ、初年度なんでボーナスは出ませんよ。出ても寸志でしょうね」
湖仲は言った。
「そうか、出ないのか。寸志は『棒を刺したナス』だったりしてな……?」
原田さんがニヤリと笑う。
「あっはっは! 既に上司から、『お前のボーナスは麻婆茄子だ!』って言われたところですよ」
湖仲は言った。
「『麻婆茄子』か……。上手いな、その上司」
原田さんが感心している。大将も頷いている。椎名はもう知らんぷり。
「はい、お待たせ」
大将はそう言って、湖仲の前にサテを出した。湖仲は早速一口……。
「美味い! 独特の風味ですね? 何ですか? この味……」
また大将がニヤリと笑ってナンプラーの瓶を持ち上げる。
「これだけど……、匂い嗅いでみるかい?」
「大将、さっきから何だい? そいつはそんなに強烈なのかい?」
原田さんがそう言うと、大将がニヤリと笑って、瓶の蓋を開けて原田さんの前に差し出す。原田さんはそこに鼻を近づけた後、飛び退いた。
「うわっ! 強烈だな、こりゃ……」
原田さんが叫んだ。
「そんなに臭いんですか?」
俺は聞いた。大将の横で椎名が無言でウンウンと頷いている。
「臭いっていうか……、とにかく強烈って感じかな……」
原田さんは言った。その時、大将が俺の方にも瓶を近づけたので、俺も恐る恐る鼻を近づけた。……確かに! 次に湖仲も鼻を近づけて……、あ、悶絶している……。
「でも、これが料理に入れるとこの独特の風味になるってことですよね?」
俺は聞いた。
「不思議だろ? オイスターソースもそのままじゃ変な味だけど、隠し味に使うと抜群に美味くなるんだよ。正に『魔法のソース』って感じだよ」
大将は言った。
「汗の臭いに似てませんか? 満員電車とかの……」
椎名は言った。
「俺、基本肉体労働なんで、汗の臭いとかは気をつけるようにしていますけど……。こんな印象なんですね……。もっと気をつけないと……」
湖仲は言った。
「ああ、俺も仕事柄汗かくことがおおいからなぁ……。クーラーの修理なんて、一番暑い時に行って、冷たい風が出ることを確認したら、帰らないといけないしな……。まあ、その分、軽トラのエアコンはガンガンに利くようにチューニングしているけどな……」
原田さんは言った。
「車のエアコンなんてチューニングできるんですか?」
俺は聞いた。
「それができるんだよ。クーラーガスを良いやつにすると、エアコンの利きが全然違うんだよ。あと、エアコンフィルターも良いやつに交換しているしな。勿論バッテリーもかなりデカいのを積んでいるぜ」
得意そうに自慢する原田さん。カーエアコンまでチューニングできるのか……。知らなかった。
「肉体労働で思い出したけど、滋養強壮剤ってあるだろ? あの手の栄養ドリンク、子ども用のがあるんだよ。で、俺が小学生の時に、熱出して寝込んだことがあったんだけど、そのときに母親が俺に飲ませたんだよ。で、その時『肉体疲労時に効くよ』って言われたのを、『肉体疲労児』って。児童の児だと思っていたな……」
大将は言った。
「子どもが熱出してグッタリしてりゃ、確かに『肉体疲労児』だよな……」
原田さんが言った。湖仲は笑っている。椎名は妙に納得している。その後、そんな会話が暫く続いたが、まあ、その後も出てくる出てくる……。
『汚職事件』が『お食事券』とか、『扶養家族』が『不要家族』とか、『選手宣誓』が『選手先生』とか……。個人的には、『学校の怪談』が『学校の階段』ってのが笑った。怖くも何ともない……。一通り、ネタが出たところで、湖仲が言った。
「さあて、美味しかったし、楽しかったです。俺、そろそろ帰ります。お勘定お願いします」
「あいよ、毎度ね」
そう言いながら、湖仲に伝票を渡し、湖仲が給料袋からお金を出して、大将に渡した。
「では、また……。次は和久井さんに会えると良いな……」
湖仲はそう言って、手を振って店を出ようとした。
「これが本当の『売買契約』だな」
原田さんが言った。
湖仲の笑い声は、店の前でしばらく響いていた。




