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七夕

「折角の七夕なのに雨が降ってしまいましたね……」

 椎名は小窓から外を見て言った。

「まあ、雲から上に雨は無いから、今頃楽しくデートしているんじゃないかな……」

 俺は返した。

「まあ、そうだな……」

 大将は頷く。


 週末ではないが、『七夕はやはり椎名の浴衣でしょう!』、という常連の熱いリクエストに応えて、今日の椎名は浴衣だ。椎名は基本、週末中心のアルバイトなので、今日は特別出勤だ。平日は大将が一人で店を回している。

 ちなみに俺も平日は殆ど来ない。この店の存在が『週末のリセット』として定着してしまっているからだ。しかし、今日は七夕だ。どこか七夕気分に浸れる場所をってことで……。


 今回は、前回の浴衣と同じ撫子なでしこ柄を着ると宣言していたので、先週末ほどのお客さんは押し寄せないと大将はたかくくっていた様だが、『椎名効果』は凄まじく、今日も大量のお客さんが押し寄せた。

 ただ、平日ということもあってみんな長居することなく早々にひきあげ、今、ようやくいつもの平穏さを取り戻したところだ。


 店に飾っている笹には、大量の短冊がぶら下がっていた。

「すごい数ですね……」

 俺は言った。

「ああ、椎名のアイデアが大ヒットだよ」

 大将は言った。ここ数日間、店の箸袋には全てコヨリが取り付けられており、カウンターにマジックを設置していた。みんな酒を飲みながら思い思いの願い事を箸袋に書き、笹に結んで帰ったようだ。

「いえ、大したことではないのですが……。そのままだと捨てちゃうだけなので……」

 椎名は謙遜してそう言った。

「いやいや、みんな喜んでいたよ」

 大将が言った。


「俺も願いこごと書いたよ」

 原田さんは言った。

「見ましたよ『今年は、軽トラのシートをフルバケットに交換できますように!』 って書いていましたよね? 笑っちゃいました」

 椎名が笑う。これまた原田さんらしい願い事だ……。


「横ちゃんは、何書いたんだい?」

 原田さんは言った。

「いろいろ考えたんだが、ボーリング始めたこともあって、『健康でありますように!』だよ。月並みだけど、年を取るとあんまりいろいろ野望もなくなってさぁ……」

 横田さんは答えた。

「あはは、横ちゃんは大丈夫だよ。横ちゃんだけに『怪我ない《毛がない》』だろう?」

 原田さんは笑った。

「毛が無いわけではないんだけどな……。確かにあるべき場所に充実していないだけで」

 横田さんも言い返す。大将は笑っているが、椎名は笑うわけにもいかず、複雑な表情で笑いを堪えている。


「椎名は何を書いたんだい?」

 俺は聞いた。

「まだ、書いていません。お店に来られるお客さんは、お互いの短冊を全部読まれるので、恥ずかしいなぁって……」

 椎名は言った。

「何だい? 人に見られて恥ずかしいことが願い事かい?」

 大将が笑いながら聞いた。

「もうっ! すぐそうやってからかう……。あ、そうだ『今年はだまされたりからかわれたりしませんように』って書こうかしら……」

 椎名は怒った様子で言った。

「椎名! それだけはやめてくれ! 俺の生き甲斐が……」

 横田さんが割って入った。

「何ですか? 私をからかうのが生き甲斐なんですか?」

 椎名はぷう、とふくれた。一同笑う……。

 

「そもそも、七夕ってのは、何の節句なんだろうな……。織り姫と彦星の話もはっきり覚えていないな……。大体、あの話の題名って何だっけ?」

 原田さんはそう言いながら、焼酎のグラスを傾ける。


「題名は『七夕物語』だったと思うよ。内容は……、俺もピンと来ないな……。椎名は知っているか?」

 横田さんが言った。

「私も詳しくは知らないですけど、神様に叱られて離ればなれにされちゃったんですよね? どんな悪いことをしたんだっけ……」

 椎名は言った。


「元々、彦星はすごく真面目な青年だったんだけど、織り姫のことが好きすぎて、怠け者になってしまったからだよ」

 俺は言った。

「兄ちゃん、七夕の話を覚えているのかい? 教えてくれよ」

 原田さんが食いついてきた。


「覚えているって言っても、かなりざっくりですよ」

 俺は言った。

「構わないよ。それで。毎年『どんな話だっけ?』とは思いつつも、気が付いたら何年もほったらかしになっていたから、今日は良い機会だ」

 原田さんは言った。

「それは俺も同じだな……」

 横田さんも言った。他一同フンフンと頷く。俺は話し始めた。


「さっきも言いましたが、彦星ってのは人間で、すごく真面目な青年で、毎日畑仕事を頑張っていたんですよ。で、牛を一頭飼っていたんですが、この牛がある日突然人間の言葉を話し始めたんですね」

 一同フンフンと頷いている。

「で、天界から、七人姉妹の天女が人間界に水浴びに来るから、羽衣を一着隠しちゃえ! ってけしかけるんです。羽衣がないと天女は天界に帰れないから、その子を捕まえて嫁にするって作戦で……」


「何だか思っていたよりエゲツない話だな……」

 原田さんは言った。

「うん、窃盗、脅迫、軟禁、セクハラだな……」

 横田さんも言った。


「ええ、彦星も悩んだんですが、結局実行しちゃうんですね。で、隠した羽衣が七人姉妹の一番はたおりが上手な織り姫のものだったんですよ。で、『返して欲しかったら俺の嫁になれ』と……」


「私、そんな求愛されても絶対に断るだろうな……。ちょっと彦星さん怖いですよ……」

 椎名はちょっと怒った調子で言った。


「で? 嫁になったのか?」

 原田さんは聞いた。

「ええ、初めは渋々だったんですが、羽衣を返してもらわないと、天界へも帰れないですから、その条件を飲んだんですね。ところが、一緒に暮らして彦星が本当に真面目な男だってわかってくるにつれ、織り姫も思いを寄せるようになっていくんですよ」


「ずっと人間界で彦星と添い遂げるんだったら、羽衣返してもらっても、意味が無いような気がするんだが……」

 大将は言った。


「しかし、そんなことよく天界の偉いさんが指を加えて見ていたな……。バチでも当たりそうな話じゃないか……」

 横田さんが言った。

「ところが、そもそもこの話を彦星にそそのかしたのが織り姫の祖父にあたる天帝だったりするんですよ。天帝は日頃から彦星の真面目さを見て知っていたので、孫の織り姫の嫁ぎ先としてしくんだんですよ」


「すると、牛が喋ったってのは、天帝が乗り移ったってことか……。ハナから織り姫を人間界に永住させる気だったってこと?」

 大将は言った。

「そうです、そうです。ところが、相思相愛になってから数年後、二人は家で遊んでばかりいるようになっていくんですね」


「で、天帝が怒っちゃった……ってことですか?」

 椎名が聞いた。

「そうそう。で、織り姫と彦星は離ればなれにされちゃうんですね……。まあ、二人ともそこから悲しみに暮れてボロボロになっちゃって……」


「で、可哀想だから……七月七日だけ?」

 横田さんが言った。


「そう言うことです。カササギが銀河の天の川に大きな橋をかけてくれるんですよ」

 俺は言った。


「カササギ?」

 原田さんは聞いた。

「ああ、白黒のカラスみたいな鳥です。佐賀県では天然記念物に指定されています」


「いつ頃できた話なんだろ……」

 大将は言った。

「元々中国の話みたいですけど、日本に伝わったのは……、知りませんね」

 俺は言った。


「あ、ありました……。奈良時代みたいです」

 椎名がスマホで調べてくれた。

「奈良時代? 随分古い話なんだな……。大体一三〇〇年前ってところか……」


「じゃあ、毎年会えても一三〇〇回か……。日にちにして、三年半分って考えると、ちょっと可哀想だな……。俺なんて、四十年以上連れ添ったけど、全然物足りないもんな……」

 横田さんがちょっと寂しそうに笑った。


「ちなみに彦星はわし座のアルタイル、織り姫はこと座のベガですね……。これは学校で習った気がします」

 椎名が言った。


「ちなみに彦星と織り姫は、何歳なんだい?」

 大将は聞いた。

「ちょっと待って下さい……」

 そう言って、椎名はまた検索し始めた。

「あ、ありました! アルタイルは四億歳くらいです。ベガは十億歳未満とか……」


「椎名、歴代の七夕の降水確率って調べることができるかい?」

 俺は聞いた。

「えっと……、過去三十年分くらいなら……。雨が四割ってところですね……」

 椎名は答えた。


「例えば、織り姫と彦星が天の川を渡り始めたのを若い方の星であるアルタイルに合わせて四億年前としますよね? その内の四割が雨で会えなかったと仮定して……。椎名、電卓貸してくれる?」

 俺が手の伸ばすと、すぐさまその手に椎名が電卓を置いた。


「四億の六割だから……、二億四千万回はデートしている計算になりますよ。これが人間だと仮定すると……、大体六十六万年分一緒にいる計算になりますよ」

 俺はそう言って、笑った。


「なあんだ、じゃあ別に同情してやる必要なんてないわけだ!」

 そう言って、原田さんが笑った。一緒になって横田さんも笑う。


「さて、じゃあそろそろ帰るとするか……」

 原田さんと横田さんはそう言って、店を出た。店を出る瞬間、原田さんが振り返って俺に親指を立ててニッコリ笑った。


「原田さんも横田さんも、ちゃんとわかってくれていたんだな……」

 大将は言った。

「何がですか?」

 俺は聞いた。

「だって、さっき横田さんが亡くなった奥さんのことを思いだして気持ちが沈みかけてきたからあんな冗談を言ったんだろ?」

 大将は言った。椎名も横で頷いている。


「さあ、どうでしょ? 思いつきですよ。単なる」

 俺はそう言った。


「でも、短冊には『みんなの笑顔が絶えませんように』って書いていたよな?」

 大将はそう言って笑った。

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