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仮面の軍神は恋を知らない ~三年前に捨てた元部下が、わたしを離してくれない理由~  作者: 春野まゆき


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第67話 双子の由来

 

「伝えられておる、ではない。実際に光るのじゃ」

 翠蓮(スイレン)が、少々不満げに口を挟んだ。

「父上は、ご自分の目で何度も見ておろうに」

「はは。そうだったな」

 黄龍家の当主、景瑞(ケイズイ)が、鷹揚に笑う。

「では、ひとつお見せしようかの」

 翠蓮は、そう言って目を閉じた。

 ふわり、と衣の裾が揺れた。

 風もないのに、室内の空気がかすかに動く。

 次の瞬間、少女の目元に刻まれた翡翠色の紋様が、ほのかな光を帯びた。

 蔓草のような曲線を伝い、淡い緑の光がゆっくりと流れてゆく。

 それは、まるで白い肌の下に、命を持つ何かが息づいているかのようだった。

「……綺麗」

 ネネが、思わず声を漏らした。

 翠蓮は目を開き、得意げに顎を上げた。

「ふん。この程度、造作もないことじゃ」

「すごい! もう一回見せて!」

「見世物ではないぞ」

 そう言いながらも、翠蓮の口元は、どこか満更でもなさそうだった。

「他家の者の中には、これを哀れな宿命と申す者もおります」

 景瑞(ケイズイ)は、穏やかな声音で続けた。

「成長を止められ、子を産むことも叶わず、常人とは異なる生を歩まねばならぬ。たしかに、失うものがないとは申しません。しかし、止齢の巫女の神通力は、並の巫覡をはるかに凌駕します。緑龍家にとって、翠紋を宿す娘が生まれることは、この上ない誉れなのです」

「その通りじゃ」

 翠蓮が、すかさず口を挟んだ。

「そもそも、何を失うかなど、わらわが決めることじゃ。他人に勝手に哀れまれる筋合いはない」

 そして、腰に手を当て、小さな胸を反らした。

「月の障りだの、色恋だの、子を産むだの育てるだの、わらわは大して興味がない。そんなことより、緑龍の祭祀を預かるほうが、よほど性に合っておる」

「……なるほど」

 ハユは、小さく頷いた。

 この少女は、自らの境遇を不幸だとは思っていない。

 むしろ、誇っている。

 幼い姿のまま、代々受け継がれてきた神聖な役目を担うことを、当然のように受け入れているのだ。

「じゃから、同情も憐れみも無用じゃ。わらわは、わらわの生を気に入っておる」

 翠蓮は、きっぱりと言い切った。

 そのとき。

「……すてき」

 ぽつりと、ネネがつぶやいた。

 目が、きらきらと輝いている。

「何じゃ?」

 翠蓮が、怪訝そうに眉を寄せた。

「だって、すごい!何百年も前の巫女様の記憶があるんでしょう?昔のことも、神様のことも、いっぱい知ってるんでしょう?それに、そんなに可愛いのに、ものすごく偉い巫女様なんでしょう?」

「……む」

 翠蓮が、わずかに言葉に詰まった。

「か、可愛いかどうかは、どうでもよいのじゃ」

「でも、可愛い!」

「じゃから、子ども扱いするでないと……」

「ねえねえ、翠蓮様。その翠紋って、生まれたときからあったの?」

「無論じゃ。わらわがこの世に生を受けたときから、この左目にすでに刻まれておった」

「へええ……!」

 ネネは、感心したように翠蓮の顔を覗き込んだ。

「いいなあ。私も、そんな綺麗な模様が欲しいな」

「……そなた、変わった娘じゃのう」

 翠蓮は、呆れたように言った。

 だが、その声には、どこか楽しげな響きがあった。

「まあ、よかろう。そなたは、なかなか見どころがありそうじゃ」

 そう言って、翠蓮は小さく頷いた。

 ハユは、思わず苦笑した。

 どうやら、この小さな筆頭巫女。

 褒められるのは、嫌いではないらしい。

「そういえばね、翠蓮様」

「何じゃ?」

「あたし、ジウにはいろいろお世話になったんだよ。調薬の練習にも、たくさんつきあってもらったの」

「……つきあってもらった?」

 ハユが、ぼそりと口を挟んだ。

 ――つきあわせた、の間違いでは?

 ほとんど脅迫まがいの所業で、ジウはさんざんな目に合わされていた。

 ネネは、頬を膨らませた。

「ちゃんとお願いしたもん!」

「……断ればどうなる、と?」

「ええと……」

 ネネは、少し考えた。

「次はもっと苦いお薬を飲んでもらうって」

「…………」

 ハユは、黙って額を押さえた。

「……なるほどのう」

 翠蓮が、妙に納得した顔で頷いた。

「あの阿呆め。おなごに良いように振り回されておるのか」

「……相変わらず?」

「昔からそうじゃ。少し優しくされれば、すぐ調子に乗る。そのくせ、頼まれごとをされると断れぬ。まったく、救いようのない弟じゃ」

 翠蓮は、ふん、と鼻を鳴らした。

「それにしても、あやつは外で何をしておるのやら。巫覡(フゲキ)の家に生まれながら、その務めを二の次にして、よりにもよって龍影衆などという物騒な組織に身を置くとは」

「……まあ、愚息にもいろいろ考えがあるのでしょうな」

 当主が言うと、翠蓮は呆れたように眉を吊り上げた。

「父上はあやつに甘すぎる。何を考えておるのか、昔から、じっとしておれぬクソガキでのう。木に登るわ、屋根に登るわ、池に落ちるわ。少し目を離せば、ろくでもないことばかりしでかす」

「……なるほど」

「そのくせ、妙なところで義理堅い。頼まれれば断れぬし、危ない橋とわかっていても、首を突っ込まずにはおれぬ。あれでは、いくつ命があっても足りぬわ」

 翠蓮は、そこまで言って、小さく鼻を鳴らした。

「まったく。今ごろ、どこぞで無茶をしておらねばよいが」

 ハユは、少しだけ目を細めた。

「……心配なのですか?」

「誰が!」

 翠蓮は、即座に言い返した。

「あんな放蕩者、どこで野垂れ死のうが知ったことか」

 ハユは、それ以上何も言わなかった。

 ただ、少しだけ笑った。

 ――なるほど。

 どうやら、この双子。

 口の悪さばかりは、よく似ているらしい。


 そのとき、当主が穏やかに口をはさんだ。

「二人が生まれた日は、細い雨が降っておりましてな」

「……雨?」

「ええ。庭の池には、雨に濡れた蓮が、それは美しく咲いておりました」

 当主は、懐かしそうに目を細めた。

「雨に濡れる、緑の蓮。それで、娘を翠蓮(スイレン)と名づけました。そして、その蓮を潤す慈しみの雨が、慈雨(ジウ)です」

「……へえ」

 ネネが、目を輝かせた。

「二人の名前を合わせると、一つの景色になるんですね」

「そういうことです」

 当主は、嬉しそうに頷いた。

「なかなか、よい名でしょう?」

「はい!とっても素敵です!」

「……ふん」

 翠蓮は、そっぽを向いた。

「名ばかり立派でも、肝心の弟があの有様ではのう」

 だが、その頬が、ほんの少しだけ緩んだのを、ハユは見逃さなかった。


第67話をお読みいただき、ありがとうございます。


今回は、翠蓮(スイレン)の「止齢」という宿命に対する思いと、双子の弟・慈雨(ジウ)との関係を描きました。


幼い姿のまま生きることを、決して不幸とは思っていない翠蓮。「わらわは、わらわの生を気に入っておる」という言葉には、筆頭巫女としての誇りと、彼女なりの強さが込められています。


そして、口を開けば弟への悪口ばかり。それでも、ついつい心配してしまうところは、やはりお姉さんですね。


翠蓮と慈雨。二人の名前を合わせると、雨に濡れた緑の蓮という、一つの美しい景色になります。


そんな名前に込められた父親の愛情も、感じていただけたら嬉しいです。


さて、ネネともすっかり打ち解けた様子の翠蓮。これからどんなやり取りを見せてくれるのでしょうか。


どうぞ、次回もお楽しみに。

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