タイトル未定2026/10/17 19:39
第61話 王弟の許嫁
「……あの娘は?」
少し離れたところで、ハユが小声で尋ねた。
隣にいた多聞が答える。
「黄玉蘭。黄龍家の嫡女だ」
「黄龍家?」
「龍国には、王統を支える五つの名家がある。五大龍家と呼ばれる一族だ」
多聞が続ける。
「青龍家は龍王の血統を継ぎ、代々この国を統べてきた。コウは青龍系の血筋だ。赤龍家は軍略と武を司り、白龍家は宰相を輩出し、政と法を担う。緑龍家は神事と巫術を司り、天龍との交感を受け継ぐ一族。そして黄龍家は、王家を補佐し、五家の調和を図る役目を担っている」
「なるほど。それぞれ役割が決まっているのか」
「そうだ。なかでも黄龍家は、代々龍王の正妃である龍妃を輩出してきた家柄なのだ」
「ほう。つまりあの娘は由緒ある血筋の人間なのだな」
「それだけじゃないぞ」
タモンが、待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「玉蘭姫はな、龍国でも指折りの才媛なんだ。容姿端麗、才色兼備。礼法、学問、舞楽、琴、書画、何をやらせても一流。しかも、あの気品と物腰の柔らかさだろう?まさに龍妃になるために生まれてきたような姫君だ」
「ほう……」
「黄龍家の姫君は代々優秀だが、玉蘭姫はその中でも別格だ。しかも、コウのお母上である玲月公主の姪御にあたるからか、公主によく似ている。コウが龍影衆を継いで組織に入るまでは、兄妹同然に育ったふたりだ。美しくて、賢くて、しかも誰に対しても分け隔てなく優しい。非の打ちどころがないってのは、ああいう娘のことを言うんだろうな」
タモンは、すっかり感心しきった様子で頷いている。
「……なんか胡散臭いんだよなあ」
横から、ぼそりと声がした。
慈雨だった。
「何が」
タモンが眉をひそめる。
「ああいう、何から何まで完璧な女ってやつさ。笑い方も、喋り方も、頭の下げ方まで、いちいち出来すぎてるんだよ」
「お前なあ。それが育ちのよさってもんだろうが」
タモンが呆れたように言うと、ジウは鼻を鳴らした。
「はいはい。俺にはさっぱりわかんねえな。同じ黄龍系の女でも、明珠くらいさばさばしてて、ずけずけ物を言う女のほうが、まだましだ」
「それはな、ジウ。お前の周りにいる女ってのが、そもそも変わり者ばっかりだからだよ。天然娘だの、口より先に手が出るお転婆だの、男顔負けに腕の立つ女傑だの。そんなのばっかり見てりゃ、玉蘭姫みたいな深窓の姫君が胡散臭く見えるのも無理はない」
「うるせえよ」
「誰の話だ?」
ハユが、不思議そうに首を傾げた。
「誰って、あんたとかカナルとかメイジュに決まってる」
ジウはげんなりした顔になった。
「ちなみに、こいつには双子の姉がいてな」
タモンが、面白がるように口を挟んだ。
「これがまた、なかなかの変わり者なのだ。見た目は幼いが、中身はまるで――」
「おい、タモン!」
「何だ。本当のことだろう?」
「余計なこと言うなよ」
「へえ?双子の姉がいるのか」
ハユが興味深そうに聞いた。
「どんな娘だ?ジウに似ているのか?」
「似てねえよ」
「一度会ってみたいものだな」
「やめとけ。ろくなことにならねえぞ」
ジウは吐き捨てるように言うと、強引に話題を変えた。
「まあ、世の中の大抵の男ってのは、玉蘭みたいなのにころっと参っちまうんだろうけどさ」
肩をすくめ、ちらりと遠目にコウを見やる。
「もっとも、うちの首領の好みは、強すぎるうえに鈍感すぎる女だからな。ああいういかにも良家のお姫様って感じの完璧な姫君じゃ、だいぶ物足りないんじゃないの?」
ハユは不思議そうに首を傾げた。
「強すぎて鈍感すぎる女?そんな女がいるのか?」
「…………」
ジウが、何とも言えない顔でハユを見た。
タモンは呆れたように額を押さえる。
「……まあ、いるんだよ。世の中には」
ジウはそれ以上、何も言わなかった。
「それで、玉蘭という娘は、龍妃になるのか?」
ハユが話を戻すと、タモンは再び表情を輝かせた。
「ああ。実はな、玉蘭姫はコウの許嫁なんだ」
「…………」
ハユが、ぱちりと瞬きをした。
「……そうなのか?」
「幼い頃から決まっている縁談でな。黄龍家にとっても、王家にとっても、申し分のない縁組だ」
ハユは、改めて玉蘭に目を向けた。
なるほど、美しい娘だった。
整った顔立ちに、気品のある立ち居振る舞い。
柔らかな微笑には少しの隙もなく、誰に対しても礼を失わない。
幼い頃から、龍妃となるべく育てられてきたのだという。
あの完璧な物腰も、微笑も、長い年月をかけて磨き上げられたものなのだろう。
そして何より、コウと並んで立つ姿は、さぞ絵になるに違いない。
「……よい相手ではないか」
ハユは、心から感心して呟いた。
その声は、思いのほかよく通った。
「…………」
コウが、こちらを見た。
ほんの一瞬。
何かを言いかけたように唇が動いたが、結局、何も言わずに視線を逸らした。
その横で、ジウが盛大にため息をつく。
「……ほらな」
「何がだ?」
「いや、もういい。俺が悪かった」
ジウは、やれやれと首を振った。
ハユはますます首を傾げた。
何か、おかしなことを言っただろうか。
あれほど美しく、教養もあり、家柄まで申し分のない娘が許嫁なのだ。
コウにとって、喜ばしいことではないか。
そう思って、もう一度コウを見た。
けれど、コウはなぜか、ひどくつまらなそうな顔をしていた。
第61話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、龍国の五大龍家と、コウの許嫁である玉蘭についてのお話でした。
誰もが認める才色兼備の姫君。多聞はすっかり感心していますが、慈雨はどうにも胡散臭いと感じている様子。なかなか鋭いところがあります。
そして、ついに明らかになったコウの許嫁の存在。
ところが、当のハユは「よい相手ではないか」と心から祝福してしまいます。
コウの気持ちにはまるで気づかず、慈雨の皮肉も通じない。戦場では誰よりも鋭い軍神なのに、こういうことになると、どうしてここまで鈍いのでしょう。
ちなみに、今回ちらりと話題に上った慈雨の双子の姉も、近いうちに登場する予定です。
どうぞ、次回もお楽しみに。




