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仮面の軍神は恋を知らない ~三年前に捨てた元部下が、わたしを離してくれない理由~  作者: 春野まゆき


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第6話 蘇白瑶は、男だ

 

 そして半月前。

 三年間途絶えていた糸が、突然つながった。

『首領』

 慈雨(ジウ)が飛び込んできた。

『いた!』

『だれが』

『蘇奏(ソ・カナル)!』

 コウは立ち上がった。

 部屋にいた三人も一斉に顔を上げる。

 蘇白瑶の実の妹。

 隣国である玄(ゲン)国の病児院に離れて暮らすその少女を、白瑶の代理として、コウは頻繁に見舞った。時に遊び相手にもなった。実の妹のように可愛がった。

 もちろん、すべて、蘇白瑶(ソ・ハクヨウ)に信頼されるための演出にすぎなかったわけだが。

『どこだ』

『朱国南部。山間の村』

 慈雨が紙片を広げた。

『半年前から、それらしい少女が目撃されてる。年齢も一致。身体が弱いっていう特徴も同じ』

『一人か』

『いや』

 慈雨の声が止まった。

『何だ』

『それが……』

 妙な顔をする。

『女と一緒』

『女?』

 コウは紙片を奪った。

 ――年の頃、十三ほど。蘇奏(ソ・カナル)と思しき少女。

 ――銀髪の若い女薬師と暮らしている。

 ――二人は姉妹を名乗る。

「…………女?」

 思わず声が出た。

『ハクヨウの女じゃねえか?』

 最初に言ったのは多聞(タモン)だった。

 コウが顔を上げる。

『何?』

『妹を預けてんだろ』

『可能性はある』

 承寧(ショウネイ)も頷いた。

『妹を恋人に託したと考えれば、不自然ではない』

『…………恋人』

 何か。

 胸の奥が、ざらりとした。

『待って』

 明珠(メイジュ)が紙片を取り上げる。

『その女、背丈は?』

『え?』

 慈雨が別の報告書を探す。

『長身。女としてはかなり高い、って』

『髪は銀』

『うん』

『年は?』

『二十を少し越えたくらい』

『薬師』

『そう』

『…………』

 慈雨が顔を上げた。

『これ、本人じゃない?』

『蘇白瑶は男だ』

 コウは即答した。

 四人がこちらを見る。

『何だ』

 明珠が訊いた。

『コウ』

『何』

『前にも聞いたけど。もういっかい、確認させて。あんた、蘇白瑶の仮面の下の素顔、見たことあるの?』

『ない』

 承寧が続ける。

『裸は?』

『ない』

『三年間一緒にいて?』

『何で裸を見る必要がある』

『湯浴みは?』

 多聞が訊く。

『一人だ』

『寝るときは?』

 慈雨。

『寝所には誰も入れなかった』

『着替えは?』

『一人でしていた』

 四人が黙った。

『…………』

『…………』

『…………』

『…………』

 コウの眉が寄る。

『何だ』

 明珠が、ゆっくり口元を上げた。

『その女薬師が、蘇白瑶本人だって説に、銀貨十枚』

『賭けにならんな』

 承寧が即座に言う。

『俺も乗る』

『多聞』

『僕も』

『慈雨』

『だって怪しすぎるじゃん』

『蘇白瑶は男だ』

『だから』

 明珠が笑う。

『何を根拠に?』

『…………』

 コウは答えようとした。

 だが。

 言葉が出なかった。

 男物の軍装。

 低く抑えた声。

 顔を覆う白い仮面。

 細い身体。

 他人との接触を極端に嫌う。

 湯浴みは一人。

 着替えも一人。

 寝所にも入れない。

 確かに。

 自分は。

 何を根拠に。

『……男だ』

 慈雨が呆れたようにうそぶいた。

『根拠になってないよ、首領』

『黙れ』

 ◇

 そして。

 コウは今。

 その薬茶館を見上げている。

 懐から、もう一度紙片を取り出した。

 ――蘇奏と思しき少女とともに、銀髪の若い女薬師あり。

 ――年の頃、二十を少し越えたほど。

 ――長身。細身。

 ――薬師としての腕は確か。

 ――二人は姉妹を名乗っている。

「…………姉妹」

 何度読んでも。

 意味が分からない。

 蘇白瑶はどこへ行った。

 妹をこの女へ預けたのか。

 それとも。

 本当に。

「…………」

 いや。

 ない。

 コウは紙片を畳んだ。

 蘇白瑶は男だ。

 同じ陣で眠ったこともある。

 背中を預けて戦ったこともある。

 死にかけた自分を担いで、何里も歩いてくれたことさえある。

 すさまじい気力と、集中力と、戦闘能力。

 アレが、女のはずはない。

 食事を作った。

 衣服を整えた。

 荷を管理した。

 怪我をすれば手当てした。

 三年間。

 ほとんど片時も離れず、傍にいた。

 その自分が。

 男か女かも分からなかったなど。

「……あるわけないだろ」

 小さく呟く。

 そのとき。

 風が吹いた。

 山の匂い。

 土。

 木々。

 薬草。

 そして。

 微かに漂う、煎じ薬の香り。

 コウの足が止まった。

「…………」

 知っている。

 この匂いを。

 三年間。

 忘れたことなど、一度もない。

 薬草を煎じるとき。

 あの人の衣には、いつもこの香りが染みついていた。

 胸が。

 どくん、と鳴った。

「……みつけた」

 思わず。

 声が漏れた。

 理屈ではない。

 証拠もない。

 けれど。

 分かる。

 いる。

 この先に。

 三年間。

 探し続けた人が。

 コウの口元に、ゆっくり笑みが浮かんだ。

「……ずいぶん遠くまで逃げてくれましたね」

 一歩。

 山道を踏み出す。

「もう二度と」

 風が、青みがかった黒髪を揺らした。

 額へ落ちた一房だけが。

 血を垂らしたような深紅を、陽光の下へさらす。

 深い青緑の瞳が細くなる。

「逃がしませんよ」

 コウは。

 古びた薬茶館へ向かって歩き出した。

「――ハユ先輩」


お読みいただきありがとうございます!


三年間も傍にいたのに、性別すら知らなかったコウ。

なのに、三年ぶりに漂ってきた薬草の香りだけで、


「みつけた」


と分かってしまいました。


性別は分からないのに、匂いは分かる。


それくらい、ずっと傍にいた人だったのでしょう。


さて。


三年間探し続けた《軍神》は、もう目の前です。


次話、いよいよ再会。


コウは銀髪の女薬師を見て、何を思うのでしょうか。


次話もお付き合いいただけたら嬉しいです!

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