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仮面の軍神は恋を知らない ~三年前に捨てた元部下が、わたしを離してくれない理由~  作者: 春野まゆき


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第5話 ただの任務だったはずなのに

 三年に及んだ仮面将軍の捜索。

 四人の側近たちは、四者四様、違うことを言った。

 多聞(タモン)いわく。

 ――お前は、あいつを殺せない。

 承寧(ショウネイ)は皮肉めいた口調で。

 ――それは任務ではない。執着だ。

 明珠(メイジュ)に至っては、よりによって。

 ――あんた、まるで恋してるみたいよ。

 慈雨(ジウ)も。

 ――その人、首領のなんなわけ?

「…………」

 コウは山道を登りながら、わずかに眉を寄せた。

 全員。

 好き勝手なことを言う。

 自分は龍影衆の首領だ。

 蘇白瑶を探しているのは、任務。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 始まりから、そうだった。

 すべての発端は、龍国から《天鱗核》が盗まれたことだった。

 龍国王家に代々受け継がれてきた至宝。

 太古の天龍の記憶と叡智を宿すとされる、世界にただ一つの神器。

 それが。

 ある日、忽然と消えた。

 誰が盗んだのか。

 何のために持ち出したのか。

 そして。

 どこへ消えたのか。

 何も分からなかった。

 ただ一つ確かなのは、天鱗核が他国の手に渡れば、龍国にとって取り返しのつかない事態になり得るということ。

 ゆえに、王家の影を担う裏組織である龍影衆へ、密命が下った。

 ――天鱗核を探し出せ。

 ――何を犠牲にしても、龍国へ取り戻せ。

 それから何年も、龍影衆は大陸中に間諜を放った。

 商人。

 官吏。

 軍人。

 薬師。

 旅芸人。

 あらゆる身分へ紛れ込み、痕跡を追った。

 その果てに、一人の男の名が浮かび上がった。

 蘇白瑶(ソ・ハクヨウ)。

 彪国軍の仮面将軍。

 《軍神》。

 どこから来たのか。

 何者なのか。

 ほとんど素性が分からない。

 にもかかわらず、十代半ばから戦場で異常な戦果を挙げ続けている。

 そして。

 天鱗核が消えた時期と前後して、その名が戦場へ轟いた。

 ――蘇白瑶が、天鱗核を持っているのではないか。

 確証はなかった。

 だから。

 確かめる必要があった。

 だが、《軍神》へ正面から近づくのは難しい。

 なによりその男は、警戒心が強く、私生活ではほとんど他人を寄せつけないという噂だった。

 ならば。

 警戒されない人間になればいい。

 それが、当時、龍影衆を率いていたコウの出した答えだった。

 身分を隠した。

 龍影衆首領・顧虹(コ・コウ)ではなく。

 身寄りもなく。

 金もなく。

 行く場所もない。

 ただの少年になった。

 蘇白瑶が通る道を調べた。

 時刻も調べた。

 数日前から食事を減らした。

 服を汚し、頬を痩せさせ、顔色悪く装った。

 そして、傷だらけで道端に倒れた。

 完璧な「行き倒れ」だった。

 あとは、蘇白瑶が拾うかどうか。

 賭けではあった。

 だが、勝算はあった。

 コウはすでに調べていた。

 蘇白瑶という人間は、戦場では恐ろしいほど冷徹なくせに、困っている者を見捨てられない性分だ。

 案の定。

 目を開けたとき、白い仮面が、自分を覗き込んでいた。

『生きているか』

 低い声だった。

 コウは弱々しく瞬きをした。

『……腹、減った』

 その言葉さえ。

 計算していた。

 それが。

 蘇白瑶――ハユとの出会いだった。

 そこから先も、すべて、計画どおりだった。

 身寄りがないと言った。

 行くところもないと言った。

 何でもするから置いてほしいと頼んだ。

 食事を作った。

 荷を持った。

 衣服を整えた。

 剣を手入れした。

 薬草を覚えた。

 戦場では背中を守った。

 言われる前に、必要なものを用意した。

 少しずつ。

 少しずつ。

 蘇白瑶の生活へ入り込んだ。

 自分がいなければ、不便になるように。

 自分がいなければ、困るように。

 自分を必要とするように。

 懐へ入り込む。

 信頼を得る。

 そして天鱗核の所在を探る。

 蘇白瑶が本当に天鱗核を持っているなら。

 奪還する。

 そして。

 必要なら。

 蘇白瑶を殺す。

 それだけの任務だった。

 ――そのはずだった。

 いつからだろう。

 食事を作ることが、任務ではなくなった。

 朝、きちんと食べたか確認することが、当たり前になった。

 衣服を整える。

 荷を持つ。

 傷を手当てする。

 背中を守る。

 次に何が必要なのか、言われなくても分かる。

 気づけば。

 三年。

 蘇白瑶の生活のほとんどに、コウはいた。

 ――自分がいなければ、この人は困る。

 そうなるように仕向けた。

 そうなるように計算した。

 なのに。

 三年前。

 蘇白瑶は突然、消えた。

 何も言わずに。

 自分を置いて。

 朝。

 いつものように寝所へ向かった。

 返事がない。

 戸を開けた。

 誰もいない。

 荷も。

 剣も。

 白い仮面だけが、残されていて。

 それ以外は、すべて消えていた。

 ――自分がいなければ、困るはずだった。

 なのに。

 困ったのは。

「…………」

 コウは足を止めた。

 そこから先は、考えない。

 考える必要などない。

 天鱗核を探すため。

 龍国へ取り戻すため。

 任務だから。

 三年間。

 蘇白瑶を探し続けた。

 ただ、それだけだ。


お読みいただきありがとうございます!


すべては《天鱗核》を取り戻すため。


近づいたのも。

食事を作ったのも。

身の回りの世話をしたのも。

背中を守ったのも。


最初は、本当にただの任務でした。


「自分がいなければ、この人は困る」


そうなるように仕向けたはずなのに。


三年前、突然いなくなった白瑶を、大陸中に人を放って探し続けているコウ。


さて。


本当に困っていたのは、どちらだったのでしょう。


本人はまだ、「任務だから」と言い張っております。


次話、三年間途絶えていた糸が、ようやく白瑶へとつながります。


次話もお付き合いいただけたら嬉しいです!

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