第51話 親密さの剣戟
ハユの目が、コウへ向く。
「お前もか」
「ええ」
コウが腰の剣に手をかけた。
「久しぶりに」
青緑の瞳が細くなる。
「手合わせを願います」
「…………」
「僕とは、やってくれません?」
ハユは少しだけ黙った。
「……いいだろう」
「コウ」
多聞が恨みがましそうに真顔で言う。
「俺は断られたのに」
「一度きりの手合わせだという約束だっだたろう」
「なぜお前とはいいんだ」
「人徳かな?」
「違うと思うぞ」
慈雨が言った。
コウは笑いながら剣を抜いた。
ハユも、今度は剣を抜いた。
「…………」
多聞の眉が動く。
「俺には抜かなかった」
「まあまあ。だってあんたとは素手での勝負だったろ」
ジウがなだめる。
二人が向かい合った。
先ほどとは、空気が違った。
「行きますよ」
「ああ」
コウが踏み込む。
剣が走った。
ハユが受ける。
甲高い音。
一度。
二度。
三度。
「遅い」
「久しぶりなのに、ひどいですね」
「右が空いている」
「それ、昔から言いますよね」
「昔から空いているからな」
「直したつもりなんですが」
「直っていない」
コウが笑う。
「相変わらず容赦ないなあ」
剣を返す。
ハユが受ける。
流す。
そのまま踏み込む。
コウが退く。
「それも遅い」
「先輩の基準がおかしいんですよ」
「戦場で敵に言ってみろ」
「待ってくれます?」
「待つわけがないだろう」
「ですよね」
剣が鳴る。
だが。
「……はあ?」
慈雨が呟いた。
――なんだこれ。
勝つ気あんのか、首領。
「何?」
カナルが訊く。
「いや……」
慈雨は眉を寄せた。
また剣が交わる。
コウが笑う。
ハユも。
ほんのわずかに口元を緩めている。
「さっきと全然違うね」
カナルがおかしそうに言う。
「なんか」
「なんだ」
「遊んでるみたい」
「…………」
「楽しそう」
――どちらも、勝ちたくない。
――どちらも、負けたくない。
「・・・ほっといたら永遠に遊んでんじゃないか、あいつら」
一方。
ハユは別のことを考えていた。
――速くなった。
コウの剣を受ける。
重い。
昔とは違う。
かつての少年にも、素質はあった。
頭がいい。
目がいい。
相手の動きを読むのが早い。
教えたことを、驚くほどすぐに吸収した。
だが。
今は違う。
技術だけではない。
実戦を重ねた剣だ。
迷いがない。
余計な動きもない。
三年。
自分が消えていた間に。
あの、優しい少年は。これほどの男に。
「コウ」
「はい」
「腕を上げたな」
コウの剣が、一瞬止まりかけた。
「……珍しい」
「何がだ」
「褒めてくれるんですか」
「事実を言っただけだ」
「もう一度言ってください」
「断る」
「先輩」
「隙だ」
「っ!」
ハユの剣が滑り込む。
コウが辛うじて受ける。
「危ないな!」
「戦っているんだぞ」
「今、先輩に褒められたのに」
「戦いながら気を抜く方が悪い」
「相変わらずですね!」
そう言いながら。
コウは笑っていた。
ハユも、剣を返す。
「……コウは、本気なのか」
多聞が呟いた。
慈雨が横を見る。
「たぶんな」
「蘇白瑶は?」
「たぶんな」
「なら、なぜ笑っている」
「知らねえよ」
カナルが答えた。
「昔からだよ」
二人がカナルを見る。
「昔から?」
「うん」
カナルは二人を眺める。
「姉様、コウ兄さまと稽古してるとき、あんな感じ」
「あんな感じとは?」
「なんかね」
カナルは少し考えた。
剣がぶつかる。
コウが攻める。
ハユが返す。
ハユが誘う。
コウが乗る。
まるで。
「ふたりにしか分からない言葉で、おしゃべりしてるみたい」
慈雨はもう一度、二人を見る。
コウが打てば、ハユが返す。
ハユが誘えば、コウが乗る。
一方が踏み込めば、もう一方はその先を知っているように場所を空ける。
打つ。
返す。
避ける。
追う。
それは攻防というより。
互いの言葉を知り尽くした者同士の、ひどく親密な会話に見えた。
「……なるほど」
多聞が頷いた。
「何が?」
カナルが訊く。
「コウは強い」
「そこ?」
慈雨が言った。
「だが」
多聞は真剣だった。
「蘇白瑶の方が強い」
「そこなの!?」
今度はカナルが叫んだ。
「重要だ」
「何が?」
「序列が決まる」
慈雨が顔をしかめた。
「お前、またそれかよ」
「ああ」
多聞は迷いなく頷いた。
「一番は、蘇白瑶」
「…………」
「二番目は、コウだ」
「…………」
「三番が、俺」
「勝手に決めんなよ」
「お前もやるか?」
「やらねえよ!」
「なら四番目だ」
「なんでだよ!」
「戦わないなら判定できない」
「じゃあ順位つけんな!」
「ジウ、私何位?」
「お前は参加すんな!」
カナルが笑う。
その向こうでは、まだ、剣の音が続いていた。
旅は、始まったばかりだった。
多聞との手合わせに続いて、今度はコウ。
同じ「本気の手合わせ」のはずなのに、ずいぶん空気が違いました。
多聞との勝負では、相手の動きを読み、最短で仕留めるハユ。
けれどコウとは、打って、返して、避けて、追って。
勝負をつけるというより、剣を交わすことそのものを楽しんでいるようです。
カナルの、
「ふたりにしか分からない言葉で、おしゃべりしてるみたい」
という言葉が、この二人の関係をいちばんよく表しているのかもしれません。
三年前まで、ハユに剣を教わっていた少年。
その少年が、ハユの知らない三年を生き抜き、今では彼女と剣を交わせるほどの男になりました。
ようやく始まった五人の旅。
次回から、少しずつ龍国へ向かって進んでいきます。




