第46話 手放したくないもの
「探しましたよ」
いつもの笑顔だった。
だが。
近づいてきたコウは、ハユの姿を見た瞬間、足を止めた。
「…………」
銀の髪には、赤珊瑚と金の簪。
白に近い淡桃の上衣。
深い臙脂の裙。
肩から流れる、透けるような緋色の薄衣。
普段のハユからは、およそ想像もつかない姿だった。
「何だ」
「……いえ」
コウはしばらく見ていた。
「・・・女性に見えます」
「もともと女だ」
「すごく、綺麗です」
ハユが瞬きをする。
ふたりの様子を見ていて、なんとなくランは違和感を覚える。
なんだ?
なんの違和感?
虹弟は、さきほど、蘇白瑶をなんと呼んだ?
――ハユ、と、呼び捨てに?
「そうか」
「はい」
それだけ言って、コウは鸞を見た。
「…………」
「お久しぶりです、鸞兄」
――相性が悪い。
互いにそう思っている。
「虹弟」と呼べば、「鸞兄」と応える。
そして毎回、皮肉と嫌味の応酬になる。
互いの腹を探りあい、互いに、一歩も引きたくない。
顧虹は笑っている。
だが。
その笑顔がひどく胡散臭く見えた。
「よりによって」
「?」
コウがぼそりと言った。
「そういう格好を、鸞兄に先に見られるなんて」
鸞が眉を寄せる。
「わたしに喧嘩を売っているのかな、虹弟?」
「まさか」
にこり。
「迎えに来ただけです」
そう言うと、コウはごく自然にハユの隣へ入った。
鸞との間を遮るように。
「ハユ、帰りましょう」
「カナルがまだ見つかっていない」
「カナルなら、さっき見つけました」
「何?」
「アキョウ楼主と一緒です。テンテンと屋台の菓子を食べてました」
「……あいつ」
ハユが額を押さえた。
「だから、もう大丈夫です」
コウはそう言って、ハユの背へ軽く手を添えた。
「行きましょう」
「待て」
鸞が言った。
コウが振り返る。
「何です?」
「わたしはまだ、瑶殿と話が終わっていない」
「そうでしたか」
「そうだよ」
「では、その話はまた今度に」
「虹弟が決めることではないと思うが?」
「明日は早いので」
その言葉に、鸞の動きが、止まった。
「……明日?」
一瞬。
コウと鸞の視線がぶつかる。
ハユが口を開こうとしたが。
「では、鸞兄」
コウが先に言った。
「また」
それだけだった。
そのままハユを連れて歩き出す。
「コウ」
「はい」
「お前、今わざと話を切っただろう」
「何のことでしょう」
「…………」
やはり笑っている。
少し歩いたところで、コウが、ふとハユを見る。
いや。
正確には。
その衣を見た。
髪飾りを見た。
唇に薄く引かれた紅を見る。
「……それ」
「何だ」
「アキョウ楼主が?」
「ああ」
「全部?」
「そうだ」
コウの笑顔が消えた。
「…………」
「何だ」
コウは答えない。
代わりに、ハユの髪に挿された赤珊瑚の簪を見つめている。
「コウ?」
「気に入りません」
「何が」
「その姿を、僕より先に鸞兄に見られたことが」
「…………」
「それに」
コウは赤珊瑚の簪に触れる。
「僕の知らないところで、よその男が見立てた服を身につけている」
「ホウに着せられただけだ」
「分かっています」
「なら何が問題だ」
「分かっていても、気に入らないものは気に入りません」
ハユが黙った。
「…………」
コウは、おもむろにハユの髪飾りへ手を伸ばした。
指先で、小さな珊瑚を揺らした。
「朱国が、好きですか?」
突然だった。
「ああ」
ハユはうなずく。
「嫌いではない」
三年暮らした国。
薬茶館。山。市場。祭り。アキョウ。鸞。たくさんのものが、この国にはある。
「そうですか」
コウは少しだけ目を伏せた。
それから。
「きっと、龍国も気に入りますよ」
「なぜそう言い切れる」
「僕が気に入らせます」
「…………」
「衣装も」
髪の珊瑚に触れる。
「髪飾りも」
指が離れる。
そして。
薄く紅の引かれた唇へ視線を落とした。
「紅も」
ハユが不審げに首をかしげた。
「僕が贈ります」
「必要ない」
「僕が、贈りたいんです」
「勝手だな」
「はい」
あっさり認めた。
そして、少しだけ声を低くする。
「だから――」
祭りの喧騒の中。
コウは、ハユにだけ聞こえる声で言った。
「僕以外の男から贈られたものを、そんなに嬉しそうに身につけないでください」
「…………」
「腹が立つので」
ハユは自分の衣を見る。
「別に、嬉しそうにはしていない」
「してます」
「していない」
「してました」
「どこが」
「さっき、鸞兄と話しているとき」
「お前は何を見ているんだ」
「あなたを見ています」
即答だった。
「…………」
ハユの言葉が止まる。
コウもまた、言ってから黙った。
あまりにも自然に出た言葉だった。
考えるより先に、口から落ちた。
その時。
「姉さまあああ!」
遠くからカナルの声が飛んできた。
「コウ兄さまああ!テンテンがまた食べてる!」
『カナルよ、あちらの菓子もうまそうじゃ!』
「もう駄目!」
祭りの喧騒が戻ってくる。
コウが小さく笑った。
「行きましょう」
「ああ」
二人は並んで歩き出した。
その背後。
人波の向こうで。
鸞だけが、遠ざかっていく二人を、見ていた。
祭りの音が、不意に、遠くなった。
赤い灯籠が、夜風に揺れる。
その向こうで、巨大な朱雀の灯籠に、火が入った。
歓声が上がる。
朱国では、古いものを火へ返し、また、新しく始める。
どこかに行くのか、と聞いたとき。
彼女は、答えなかった。
その意味は?
鸞は盤面を読もうとする。
夜空を、燃え尽きた火願札の灰が舞っていた。
古いものは、炎へ返す。
願いは、煙に乗せて朱雀へ届ける。
けれど。
手放したくないものまで、炎は連れていってしまうのだろうか。
そんなことを、思った。
火祭り編、最終話です。
今回は、コウの独占欲がだいぶ隠れなくなってきました。
【お前は何を見ているんだ】
【あなたを見ています】
考えるより先に出てしまった言葉。本人がいちばん驚いているのかもしれません。
そして鸞もまた、ハユが去ろうとして初めて、自分の気持ちに気づき始めたようです。
古いものを炎へ返し、新しい始まりを願う朱天祭。
けれど――手放したくないものまで、炎に連れていかれたら?
次回、朱国を発つための準備がはじまります。




