第37話 神を迎える者
「お前さ」
ここ数日の「お薬ごっこ」のせいで、ぐったりしてジウはカナルを見た。
「なに?」
「なんでそんなに薬作りたがるんだ」
「作ってみたかったから」
「だから、なんで」
「ずっと飲むほうだったから」
「……は?」
カナルは、何でもないことのように言った。
「私、ずっと病児院にいたんだよ」
慈雨の手が止まった。
蘇白瑶の妹の経歴は知っていた。
虚弱で、10まで生きられないと言われていたはずの少女だ。
「・・・何の病気だ」
「さあ?」
「さあって何だよ」
「熱が出たり、息が苦しくなったり、起きられなくなったり。先生たちも、よく分かんなかったみたい」
「…………」
「だから、薬もいっぱい飲んだ」
カナルは指を折り始めた。
「苦いの。甘いの。すっぱいの。飲んだらずっと眠くなるの。逆に眠れなくなるの。お腹痛くなるの。すっごく高いやつもあった」
「……高い?」
「姉様が送ってくれたの」
「軍神が?」
「うん」
カナルは嬉しそうに笑った。
「姉様、戦で手柄を立てるたびに、けっこうな報奨金をもらってたんだって」
「…………」
「それ、ほとんどが、私の薬代になった」
慈雨は何も言わなかった。
戦場で人を斬り、戦功を立て、その報奨を、病弱な妹の薬へ変える。何年も。
「事情はよく知らないんだけど、たぶん、軍をやめたのも、わたしのためなんじゃないかなって思ってるんだ」
そういえば、蘇白瑶の退役の理由は不明なままだ、とジウは思う。
「薬師になったのも、わたしのため。姉さまほどの軍歴なら、どの国だって引く手あまただったはずなのに、出世も昇進も捨てた。だから、薬材の知識を学べば、少しは姉さまの役に立つんじゃないかって」
カナルは、庭先に並べられた薬草へ目をやった。
「薬茶も」
「薬茶?」
「お店で売ってる」
「ああ」
「あたし、あれ好きなんだ」
「飲むのが?」
「売るのが」
「…………」
慈雨が妙な顔をした。
「薬に興味あるんじゃないのか」
「それも面白そうだけど」
カナルは指を折った。
「この人には、こっちのお茶。眠れない人にはこれ。冷えやすい人にはこっち。味が苦かったら、何を混ぜたら飲みやすくなるか考えて」
「…………」
「それで、お客さんが『また欲しい』って来てくれたら、嬉しいし、楽しい」
「お前……商売が好きなのか?」
「うん」
即答だった。
「お金も好き」
「そこまで堂々と言うか?」
「だって、お金があったら薬が買えるよ」
「…………」
慈雨は黙った。
カナルは笑った。
「薬って、作るだけじゃ駄目だって思うの」
「…………」
「必要な人のところまで届かなきゃ、意味ないでしょ」
慈雨の目が、わずかに動いた。
「作る人がいて。売る人がいて。買える値段にして。それで、必要な人が買える」
「……まあ、そうだな」
「だから私、薬茶の商売、ちゃんとやってみたい」
「…………」
「姉様は薬には詳しいけど、商売はあんまり上手じゃないし」
「ああ、それは何となく分かる」
「でしょ?」
「そこで同意を求めるな」
カナルが笑った。
「でも、売るなら私もちゃんと知らなきゃ駄目だと思うんだ」
「何を」
「薬のこと」
今度は少し真面目な顔だった。
「効きもしないものを『効きます』って売りたくないし。誰にでも同じものを勧めればいいわけじゃないんでしょ?」
「……当たり前だ」
「だから知りたい」
カナルは慈雨を見る。
「何が効くのか。何と何を混ぜたら駄目なのか。どんな人には飲ませちゃ駄目なのか」
「…………」
「ジウ、そういうの、いっぱい知ってるんでしょ?」
「まあな」
「じゃあ教えて」
慈雨は、カナルを見る。
初めてだった。
天鱗核ではなく。
その小娘自身を、少しだけ見た気がした。
「だったら、なおさら基礎からやれ」
「え?」
「薬ってのは、適当に混ぜて人に飲ませるもんじゃない」
「でもジウ、死なないし」
「そういう問題じゃねえ!」
慈雨は小瓶を奪った。
「まず薬草の見分け方からだ」
「教えてくれるの?」
「お前がこれ以上、得体の知れないものを俺に飲ませないためだ!」
「やった」
「喜ぶな!」
◇ ◇ ◇
さらに、数日後。
「ジウ」
「嫌だ」
「まだ何も言ってないよ」
「お前がその顔で話しかけてきた時点で嫌だ」
慈雨は薬草から顔も上げなかった。
ここ数日で学んだ。
奏が妙ににこにこしながら近づいてきたときは、ろくなことがない。
「今日は薬じゃないよ」
「もっと嫌だ」
「なんでよ」
「薬じゃないなら、何をさせる気だ」
「テンテン」
慈雨の手が止まった。
「…………」
「テンテンに会いたい」
「…………は?」
ゆっくり顔を上げる。
奏はいつになく真面目な顔をしていた。
「夢じゃなくて」
「…………」
「起きてるときに、テンテンに会ってみたい」
「……お前」
慈雨は眉を寄せた。
「天龍を何だと思ってんだ」
「テンテン」
「名前を聞いてるんじゃねえ!」
「じゃあ、天龍」
「軽い!」
「でもジウならできるんでしょ?」
「…………」
慈雨の表情が変わった。
「何が」
「神降ろし」
「…………」
「前に言ってたじゃん。緑龍家の覡は、神様を自分のところに呼べるって」
「呼ぶんじゃねえ」
「違うの?」
「神を迎えるんだ」
「同じじゃん」
「全然違う!」
慈雨は立ち上がった。
「神降ろしは遊びじゃない。巫覡が身を清め、場を整え、神域を作り、神意を伺ったうえで――」
「できる?」
「…………」
「なんだ、できないんだ」
「できるに決まってるだろ!」
奏の目が輝いた。
「じゃあやって!」
「なんでそうなる!」
「できるんでしょ?」
「できるけど、やるとは言ってない」
「できないの?」
「だからできる!」
「じゃあやろう」
「お前わざとやってるだろ!」
「うん」
「…………」
慈雨は額を押さえた。
最近、分かってきた。
こいつとまともに話をしてはいけない。
ジウ、ついに実験台から先生へ昇格しました。
薬を「飲む側」だったカナルが、今度は「届ける側」になりたい理由も少しずつ見えてきました。
そして次なるお願いは――テンテンに会いたい。
薬作りの次は、まさかの神降ろしです。
頑張れ、ジウ。
カナルに「できないの?」と言われた時点で、たぶんもう負けています。




