第30話 秘められた傷~明珠(メイジュ)編②
明珠編②でした。
白瑶を嫉妬させて、コウから引き離す――はずだった明珠の作戦。
結果は、見事に失敗。
……したはずなのですが。
思いがけず明珠は、もっと大きなものを掘り当ててしまいました。
【白瑶しか知らない、コウの太ももの付け根の傷。】
そして白瑶自身にも、なぜその傷を知っているのか分からない。
三年前、白瑶が姿を消したころ、コウにも何かが起きていた。
二人の間に、いったい何があったのでしょう。
明珠が開けてしまった、三年前の「空白」。
まだ白瑶自身も、その先を思い出せません。
そして、首領を白瑶から引き離そうとする四人の作戦も、まだ終わりません。
続きをお楽しみに。
「……なんですって?」
メイジュは思わず笑う。
「ねえ」
ハユに顔を寄せて、唆すように、言う。
「なんでそんな傷を知ってるのよ?しかも、太ももの付け根って?いったいどんな関係の女が、男の太ももの傷なんて知ってるっての」
白瑶は、口を開こうとして、止まった。
メイジュがまっすぐにハユをと視線を合わせる。
「あなた、コウと寝たの?」
「・・・ばかなことを・・・」
白瑶の眉が寄った。
――待て。
なぜ。
知っている。
コウの傷を手当てしたことは、何度もある。
肩。腕。脇腹。背中も。
だが。
「…………っ」
頭の奥で、何かが、揺れた。
夜。暗い。灯火が。揺れている。
熱い。
何が。
誰が。
――近い。
ひどく。
近い。
誰かの腕。
押さえつけられた手首。
『なにもかも』
低い声。
『我に――』
指先が、髪へ伸びる。
『捧げろ』
簪を引き抜く。
寝台に散る、銀髪。
覆いかぶさってくる、男の匂い。
コウの匂い。
コウの体温。
――なのに、ちがう。
握りしめた簪。
振り下ろす。
肉を穿つ感触。
――血。
『コウ……!』
自分の声。
『コウ、正気に戻れ……!』
「…………っ!」
白瑶は額を押さえた。
「姉さま?」
奏が駆け寄る。
「どうしたの!?」
「……いや」
白瑶は目を閉じる。
もう、何も見えない。
ただ。
右手だけが、何かを握りしめていた感触を覚えている。
「……何だった」
「え?」
「いや。何でもない」
「ソ・ハクヨウ?」
明珠の声から、色気が消えていた。
白瑶が顔を上げる。
「……ともかく」
「え?」
「お前の話は、おかしい」
そのとき。
からん。
店先で音がした。
「ただいま戻りました」
聞き慣れた声。
「おかえり、コウ兄さ――」
奏が振り返る。
そして。
入口に立った虹が。
止まった。
「…………」
「…………」
明珠が。
ゆっくり振り返った。
「コウ」
「…………」
コウの笑顔が、す、と消えた。
「なぜ」
低い声だった。
「ここにいる?」
「あら」
明珠は瞬時に、泣きそうな顔を作った。
「ひどい」
「…………」
「昔は、あんなに可愛がってくれたのに」
「何の話だ」
「忘れちゃったの?初めて、あたしの宿房に泊まった夜のこと」
コウの表情が険しくなる。しかしそれは一瞬。
にこり、とコウが笑った。
「ハユ先輩に何を吹き込んだ」
「あら、怖い」
「明珠」
「失敗しちゃった」
明珠は笑う。そして、立ち上がった。
「帰るわ」
「もういいのか」
白瑶が訊く。
「ええ」
「コウは連れて帰らないのか」
「ハユ先輩?」
「自分の男を返せ、と言っていただろう」
「あたしの男でもなんでもないもの。ちょっとからかっただけ」
あっさりとメイジュは言って、ハユに背を向けた。
そして、去り際に、ちら、と横目でコウを見る。
「また来るわ」
「二度と来るな」
「それは無理ね」
明珠は扉へ向かう。
その途中。
白瑶の横で足を止めた。
「ねえ」
「なんだ」
「本当に、あたしとコウが昔そういう仲だったとしても」
「ああ」
「何とも思わない?」
「お前とコウの問題だろう」
「…………」
「私が決めることではない」
「そう」
明珠は笑った。
そして。
白瑶にだけ聞こえる声で囁く。
「でもね」
「なんだ」
「コウは、そう思ってないわよ」
ちらり。
虹を見る。
「?」
「じゃあね」
扉が閉まった。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙。
奏が、ゆっくりコウを見る。
「コウ兄さま」
「何だい?」
「あの人と、何回一緒に寝たの?」
「寝てないよ。カナル、意味が分かって言っているのかな?」
「じゃ、あのひと、なにしに来たの?」
「さあ?」
「一応、おまえの知り合いではあったのか」
特に興味もない様子で、ハユが聞いた。
「まあ」
「コウ兄さまとどういう関係?」
「仕事仲間だよ。情報収集を手伝ってもらってた」
「ふうん?」
分かったような分からないような口ぶりで、カナルはぼそりと言った。
「なんか、今日、みんな嘘ついてる……」
◇ ◇ ◇
「――で?」
夜。
承寧が報告書から顔を上げた。
「作戦は」
「失敗」
「早いな」
「うるさいわね」
明珠は椅子へ身体を投げ出した。
「だって、あの女、全っ然嫉妬しないんだもの」
「なら次だな」
慈雨が言う。
「待って」
「なんだよ」
明珠は。
いつになく真面目な顔で、三人を見た。
「その前に、調べてほしいことがある」
「何だ」
承寧が訊く。
「コウのからだに傷が」
「そりゃひとつやふたつあるだろう。十年以上、戦場にいたんだから」
「そうじゃくて。蘇白瑶しか知らない傷があるみたいよ」
ショウネイが黙った。
「どこの傷だと思う?太ももの付け根よ」
「色っぽいじゃん」
ヒュー、とジウが口笛を鳴らした。
早熟な少年は、遠慮容赦なく露骨な想像をしたらしい。
「それって、首領と軍神が、<そういう>関係ってことだろ?」
部屋が、静まり返った。
「ねえ」
明珠は、ゆっくりと言った。
「三年前、蘇白瑶が消えた」
明珠は指を一本立てた。
「同じころ、コウがおかしくなった」
二本目。
「そして、蘇白瑶しか知らない傷が、コウの身体に残ってる」
誰も口を開かなかった。
明珠の笑みは、もう消えていた。
「あの夜、二人の間に何があったの?」
答えられる者は、一人もいなかった。




