↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面の軍神は恋を知らない ~三年前に捨てた元部下が、わたしを離してくれない理由~  作者: 春野まゆき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/82

第3話 天龍、家賃を請求される

 

 水の音がした。

 ぽちゃん。

 奏(カナル)は目を開けた。

「……ここ、どこ?」

 夜だった。

 いや。

 夜なのだろうか。

 頭上には満天の星。

 足元には鏡のような水面が、果てしなく広がっている。

 なのに、奏の足は沈まない。

 一歩踏み出す。

 ぱしゃり。

 足元から波紋が広がった。

「夢……?」

『ようやく来たか』

 声がした。

 低い。

 腹の底まで響くような、厳かな声。

 奏は振り返った。

 誰もいない。

『こちらじゃ』

「どちら?」

『下じゃ』

 奏は下を向いた。

「…………」

『…………』

 そこにいた。

 水面から、ひょこ、と顔を出している。

 細長い身体。

 角が二本。

 髭らしきもの。

 銀白色の鱗。

 大きさは――。

 奏はしゃがみ込んだ。

「トカゲ?」

『無礼者!』

 小さな生き物が水面から飛び出した。

『平伏叩頭して敬わんか!ワシを誰と心得る!』

「ヤモリ?」

『違う!』

「じゃ、イモリ?」

『もはや種が違う!爬虫類も御免じゃが、我を両生類にするでない!』

「じゃあ、何?」

 小さな生き物は宙へ舞い上がった。

 身体をくねらせ、胸を反らす。

『聞いて驚け!』

「うん」

『ワシこそは天地開闢の昔よりこの地を見守り、龍国の始祖を導き、万象の理を知り、天上天下――』

「長い」

 勢いをくじかれたように、小さな生き物はぺちゃりと水面に落ちた。

『まだ名乗っておらぬわ!』

 奏は座り込んだ。

「で、名前は?」

『…………』

「名前」

『そう易々と我が真名を人の子に明かせるものか』

「じゃあ、適当に呼ぶね」

『待て』

「トカちゃん」

『待て待て待て!』

「ヤモちゃん」

『それだけはならぬ!』

「じゃ、イモ――」

『典禅(テンゼン)じゃ!』

 小さな生き物が叫んだ。

 奏が瞬く。

「てんぜん?」

『左様!』

 どうだ、とばかりに胸を反らす。

 偉そうである。

『典禅。典とは万世に伝うる尊き法、禅とは天理を悟りし静謐なる境地――』

「テンテン」

『…………は?』

「テンテンね」

『待て』

「覚えた」

『待て!』

「テンちゃんでもいい?」

『軽い!』

 水面が震えた。

『ワシは天龍ぞ!龍国の始祖が頭を垂れ、歴代の竜王すら我が言葉を――』

「龍なの?こんなにちっちゃいのに?」

『これは仮の姿じゃ!』

「どのくらい大きいの?」

『山を覆うほどじゃ!』

「見せて」

『…………』

「見せて」

『今は無理じゃ』

「なんで?」

『……事情がある』

「ふうん」

『その目をやめよ!』

 奏は小さな龍をじっと見た。

 どう見ても手のひらに乗りそうだった。

「じゃあ、テンテン」

『典禅じゃ!』

「ここ、どこ?」

 その瞬間。

 典禅の表情が変わった。

 ほんの少しだけ。

 それまでの騒々しさが消える。

『――おぬしの中じゃ』

「わたしの?」

『正確には』

 小さな龍が再び舞い上がった。

 奏の胸の前で止まる。

 ちょん。

 短い爪で、その中央を指す。

『天鱗核の内側じゃ』

「てんりんかく?」

『左様』

「それが、わたしの中にあるの?」

『そうじゃ』

「で、あなたも、わたしの中に住んでるわけ?」

『…………』

 典禅は、ふん、と鼻を鳴らした。

『言い方が気に入らぬな』

「いるんでしょ?」

『ワシは住んでおるのではない』

「じゃあ何してるの?」

『鎮座しておる』

「同じじゃない?」

『全然違うわ!』

 奏は腕を組んだ。

 典禅を見る。

 小さい。

 偉そう。

 本人いわく、どうやらとてつもなく偉いらしい。

 でも。

 ひとつだけ、はっきりしたことがある。

「じゃあ、家賃払って」

『…………』

「聞こえなかった?」

『聞こえたから黙っておるのじゃ』

「わたしの中に住んでるんでしょう?」

『鎮座じゃ』

「どっちでもいいよ」

『よくない』

「だったら家賃」

『無礼者!』

 典禅の髭が、ぴん、と逆立った。

『ワシを誰と心得る!天上天下にただ一柱、天地の理を知り、龍国の始祖を導きし天龍・典禅ぞ!そのワシに向かって家賃など――』

「じゃあ、出ていって」

『…………』

「…………」

『…………それは困る』

「じゃ、家賃ね」

『おぬし、交渉というものを知っておるな……』

「今、知った」

『ワシの知識じゃろうが!』

「あ、やっぱり」

 奏は目を輝かせた。

 典禅が、しまった、という顔をした。

「さっきから変なの」

『何がじゃ』

「知らない言葉が、いっぱい頭に浮かぶの。りぴーたー、とか。ぶらんど、とか」

『ああ』

「知ってる?」

『当然じゃ』

 典禅が胸を反らす。

『ワシが何千年生きておると思うておる。国が興り、栄え、滅びるのを幾度見てきたことか。商いもまた同じ。物が売れるには理がある。人が集うにも、離れるにも理がある』

 奏は黙った。

 そして。

「それ、教えて」

『なぜじゃ』

「家賃」

『またそれか!』

「うちの薬茶館、全然お客さん来ないの」

『知らぬ』

「姉さま、困ってる」

『知らぬと言うておる』

「姉さま、毎日働いてる」

『…………』

「薬草採って、お薬作って、ご飯作って。わたしのことも養ってる」

『…………』

「だから、わたしも何とかしたい」

 典禅が黙った。

 奏は膝を抱えた。

「わたし、姉さまみたいに薬作れないし、剣も使えない」

 水面に映った自分を見る。

「何にもできないから」

『――違うな』

「え?」

 典禅が、ふわりと奏の前まで飛んできた。

『できぬのではない』

 小さな爪が、奏の額をこつんと叩く。

『まだ、知らぬだけじゃ』

 奏が目を瞬く。

『知ればよい』

「……教えてくれるの?」

『仕方あるまい』

 典禅は大仰にため息をついた。

『ワシほどの偉大な存在を住まわせる器が、貧乏で腹を空かせて死なれても困る』

「家賃がわりに知恵をもらうってことね」

『違う!』

「じゃあ、契約成立」

『待て。誰が契約した』

「テンテンが」

『典禅じゃ!』

 奏は笑った。

「じゃあ最初に、何すればいい?」

『・・・そうじゃな』

 典禅が髭を撫でる。

 その顔から、少しだけふざけた色が消えた。

『まず、おぬしは勘違いしておる』

「何を?」

『薬を売ろうとするな』

「……薬屋なのに?」

『だから客が来ぬ』

「?」

『人は物を買うのではない』

 典禅が言った。

『その先にあるものを買うのじゃ』

「その先?」

『薬が欲しい者などおらぬ』

「いるよ」

『おらぬ。病を治したい者がおるのじゃ』

 奏の目が大きくなる。

『茶が欲しい者もおらぬ。温まりたい。休みたい。誰かと話したい。そういう者がおる』

「…………」

『おぬしの姉は、薬を作ることしか考えておらぬ』

「うん」

『腕は悪くない』

「すごくいいよ!」

『姉贔屓をするな』

「だって本当だもん」

『ならば、なおさらじゃ』

 典禅がにやりと笑った。

『薬ではなく、薬茶館そのものを売れ』

 その言葉が。

 奏の胸の奥へ、すとんと落ちた。

 薬茶館そのもの。

 人が来る理由。

 また来たくなる理由。

 誰かに話したくなる理由。

 ――リピーター。

 ――ブランド。

 さっき頭に浮かんだ言葉が、一つにつながっていく。

「……分かった」

『ほう?』

「たぶん」

『本当かの』

「やってみる」

『何をじゃ』

 奏は顔を上げた。

「この店を、わたしが繁盛させる」

 典禅が目を丸くした。

 次の瞬間。

 水面が大きく揺れた。

『待て、まだ講義の途中――』

「またね、テンテン!」

『典禅じゃ!!』

 声が遠ざかっていく。

 ◇ ◇ ◇

 奏は目を開けた。

 見慣れた天井。

「……カナル」

 横から声がした。

 白瑶がいた。

 寝台の脇に座っている。

「気分は」

「姉さま」

「なんだ」

「わたし、決めた」

「何をだ」

 奏は身体を起こした。

 頭は、不思議なくらい冴えていた。

 今まで見えていなかったものが、見える。

 この店の何が悪いのか。

 何が足りないのか。

 そして。

 自分に何ができるのか。

「姉さまは、薬を作って」

「……?」

「患者さんを診て」

「うん」

「薬草を採って」

「分かった」

「それから」

 奏は、びしっと姉を指さした。

「お金には触らないで」

 白瑶が止まった。

「……なぜだ」

「そこから説明しないとダメなの!?」

 奏は大きく息を吸った。

「今日から、この店の経営は、わたしがやります」

「十三だぞ」

「ねえさまに任せるより百倍まし」

「そうなのか」

「そうです!」

 山奥の小さな薬茶館。

 客は来ない。

 金もない。

 立地は最悪。

 店主は最強。

 そして商才は壊滅的。

 その日。

 十三歳の少女が、このどうしようもない店の経営を引き受けた。


お読みいただきありがとうございます!


謎の声の正体は、天龍・典禅。


天地の理を知る偉大な天龍――のはずが、初対面の十三歳に「テンテン」と名づけられ、家賃まで請求されました。


頑張れ、テンテン。

たぶん威厳を取り戻せる日は来る。


そして奏は、正式に薬茶館の経営担当へ。


薬は姉。経営は妹。お金は絶対に姉に触らせない。


ようやく役割分担も決まりました。


次話から、破産寸前の薬茶館を本格的に立て直していきます。


次話もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。