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仮面の軍神は恋を知らない ~三年前に捨てた元部下が、わたしを離してくれない理由~  作者: 春野まゆき


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第28話 首領の女問題

  

「なあ」

 慈雨(ジウ)が言った。

「やばくね?」

「何がだ」

 多聞(タモン)が即座に返す。

 承寧(ショウネイ)が帳面から顔を上げた。

「相変わらず、お前の頭は筋肉でできているようだな、多門」

「なんでだよ」

「我らが首領の件だ」

「ああ」

 明珠(メイジュ)が呆れたように頬杖をつく。

「ちょっと、ハマりすぎよねえ」

「誰が?」

「コウよ」

「何に?」

「女に」

「…………」

 多門(タモン)が瞬いた。

「誰が?」

「だから首領が」

「…………」

「蘇白瑶(ソ・ハクヨウ)に」

「…………」

 沈黙。

「いや」

 多門が首を振った。

「ないだろ」

「あるわよ」

「あの虹(コウ)が、たかだが女ひとりにハマるか?」

「ただの女じゃねえよ。彪国の<軍神>、蘇白瑶だよ。そんな得体の知れないやつに、あの首領が完全に沼ってるからやばいんだよ、ばーか」

「口が悪いぞ、ジウ」

「まあ、だから面白いんだけどねえ」

 明珠(メイジュ)は楽しそうに笑う。

「蘇白瑶が姿を消した時、コウの取り乱しようは常軌を逸してたでしょ。そのときから怪しかったけど。今はもう駄目ね」

「何が駄目なんだ」

 多聞が訊く。

「全部」

「具体的に言え」

「あんた、女心を兵站報告みたいに聞くのやめなさいよ」

「報告なら具体性が必要だ」

「はいはい。じゃあ具体的に教えてあげるわよ」

 明珠が指を折る。

「三年間、大陸中を探し回る。見つけたらその日のうちに住み着く。料理する。掃除する。荷物持つ。店で給仕する。男が近づけば機嫌が悪くなる」

「…………」

「しかも給金なし」

 承寧が付け加えた。

「そこ重要?」

「重要だ。収支上、異常だ」

「そこなの?」

 承寧は眼鏡を押し上げる。

「そもそも《籠絡》とは、対象の懐へ入り、信用を得て、こちらの意図する方向へ誘導する工作だったはずだ」

「ああ」

「ところが現状を見ろ」

 指を一本立てる。

「薬茶館の帳簿を整えた」

 二本。

「仕入れ経路を確保した」

 三本。

「客を増やした」

 四本。

「店主代理の少女に懐かれた」

 そして。

「本人は屋根裏に住んでいる」

「…………」

 慈雨(ジウ)が考えた。

「籠絡できてるんじゃねえの?」

「逆だ」

 承寧は即答した。

「首領が籠絡されている」

「…………」

「…………」

「…………」

 明珠が吹き出した。

「やっぱり?」

「笑い事ではない」

 承寧の声が低くなる。

「なんだかんだ言っても、あいつは龍王家の血を引く王位継承者第二位だ」

 空気が。

 わずかに変わった。

「現龍王に男子が生まれなければ」

 承寧は淡々と続ける。

「いずれ末弟である虹(コウ)が、王位を継がねばならない可能性がある」

「本人、死ぬほど嫌がりそうね」

「本人の希望の話はしていない」

「王族って大変ねえ」

「他人事ではない。我々の首領だぞ」

 多聞が腕を組む。

「つまり」

「ああ」

 承寧が頷く。

「蘇白瑶は、首領が深入りしていい女ではない。遊びの相手でも困るが、本気の相手ならなおタチが悪い」

「それだけじゃないだろ」

 慈雨が言った。

「蘇白瑶は、《天鱗核》の保持者かもしれないんだろ?」

 誰も答えない。

 否定も、しなかった。

「だったら」

 慈雨はあっさりと言った。

「早いとこ、心臓から核を抉り出そうぜ」

「…………」

「首領には、もう無理だろ」

 軽い口調だった。

 まるで。

 明日の買い出しを引き受けるように。

「俺がやるよ」

「そう簡単にいくかしらねえ」

 明珠が爪先を眺めながら言った。

「何が」

「あの女」

 紅を塗った唇が笑う。

「蘇白瑶が、あんなに綺麗な女だったっていうのも計算外だわ」

「関係あるか?」

「あるわよ。――でも、そこじゃない」

 明珠は頬杖をついた。

「首領がおかしくなったのは、蘇白瑶が女だと分かってからじゃないもの」

「…………」

「三年前からよ」

 誰も口を挟まなかった。

「男だと思ってたのよ?それでも三年間、大陸中を探した。消息がひとつ入れば自分で確認して、昔使ってた薬だの、好んでた茶だの、立ち寄りそうな場所だの――あんなものまで全部洗わせたじゃない」

「任務だったからだろ」

 多聞が言う。

「そうね」

 明珠は笑った。

「コウも、ずっとそう言ってたわ」

「違うのか?」

「あたしはね。あの女が男でも、たぶん首領は探し続けたと思う」

 慈雨が眉を寄せる。

「じゃあ、女だったことは関係ねえのか?」

「だから、話を最後まで聞きなさいよ」

 明珠が指を一本立てる。

「執着した理由じゃない」

 もう一本。

「でも――執着の行き先が変わる」

「行き先?」

「そう」

 明珠の瞳が細くなる。

「今までは、首領自身も誤魔化せたのよ。《任務だから》《天鱗核を探しているから》《蘇白瑶は重要人物だから》って」

「…………」

「でも蓋を開けてみたら」

 くすり、と笑う。

「若くて、綺麗で、独身の女だった」

「だから?」

「だからね」

 明珠は、多聞を見た。

「今まで名前のつかなかった執着に、名前がつくかもしれないってことよ」

「…………」

「三年間探し続けた相手と、恋愛関係が成立し得るの」

 多聞が黙った。

「それは」

 数息考えて。

「まずいな」

「でしょう?」

「コウには、すでに龍国の神託により定められた相手がいる」

 多門(タモン)が、おもむろに口を開いた。

 承寧(ショウネイ)も言う。

「龍影衆がコウの色恋沙汰を傍観していたと責められたら面倒だ」

 明珠がため息をついた。

「たぶん、コウ自身、まだ分かってないのよ」

「何がだ」

「蘇白瑶を手に入れたいのか。必要とされたいのか。捨てられた理由を知りたいのか。もう二度と置いていかれたくないのか」

 明珠は肩をすくめた。

「たぶん、全部」

「…………」

「だから厄介なのよ。ただ惚れただけなら、もっと簡単だったわ」

「――で?」

 慈雨(ジウ)が椅子を傾ける。

「どうすだよ」

 承寧は答えなかった。

 しばらく。

 机の上の報告書を見つめる。

 蘇白瑶。

 元・彪国第一白虎隊大将軍。

 《軍神》。

 天鱗核の推定保持者。

 朱国第一王子との接触。

 朱国第二王子との接触。

 そして。

 龍国王位継承者・顧虹(コ・コウ)との、想定を超えた私的関係。

「……まずは」

 承寧が言った。

「引き離す」

「首領と軍神を?」

「ああ」

「どうやって?」

「方法はいくらでもある」

 任務を作る。

 国へ呼び戻す。

 薬茶館の仕入れを止める。

 客足を鈍らせる。

 朱楼閣との取引を妨害する。

 蘇白瑶に近づく人間を監視する。

 必要なら。

 偽の情報も流す。

「それでも駄目なら?」

 慈雨が訊いた。

 承寧は。

 ほんの少し黙った。

「そのとき考える」

「俺は最初から殺った方が早いと思うけどな」

「だからお前は黙っていろ」

「なんでだよ」

「首領に知られたら、お前が先に殺される」

「…………」

 慈雨が黙った。

「それは困るな」

「怒り狂った時のコウは、おそろしいほど容赦がない」

「だよねえ」

 明珠が笑う。

 そして。

 ぽつりと付け加えた。

「でも、あたしは――」

 三人が見る。

「何だ」

「あの女が死んだら」

 明珠の笑みが、少しだけ消えた。

「コウが、壊れると思うけど」

「…………」

 誰も。

 すぐには答えなかった。


今回は、龍影衆四人による「首領の女問題」緊急会議でした。

そもそもコウに与えられた任務は、蘇白瑶を《籠絡》すること。

ところが三年後。

帳簿を整え、仕入れを手伝い、料理を作り、店で働き、屋根裏に住みついている。

どうやら籠絡されたのは、首領のほうだったようです。

しかも厄介なのは、コウの執着が、ハユが女性だと知ってから始まったものではないこと。

男だと思っていた頃から探し続けた三年間。

その感情に、今ようやく別の「名前」がつこうとしています。

けれど、コウには龍国の神託によって定められた相手がいる。

ハユには《軍神》としての過去があり、《天鱗核》を持つ可能性まである。

龍影衆からすれば、どう考えても放置できない組み合わせです。

次回もお楽しみいただけるとうれしいです。

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