第21話 営業上の設定
白瑶が答える。
「元上官だ」
「…………」
「…………」
「…………」
誰にも。
意味が分からなかった。
「先輩」
「何だ」
「もう少しわかりやすい設定でいきましょう」
「では、お前が説明しろ」
「分かりました」
虹はにこりと笑った。
「妻です」
「なんだと?」
ハユが振り返った。
奏も振り返った。
店内の娘たちも振り返った。
「えええええっ!?」
落胆と、羨望の入り混じった悲鳴があがる。
「やっぱり」
「そうだったの!?」
「羨ましぃぃ・・・」
「でも、お似合いかも」
一瞬で店内が沸いた。
「待て」
ハユだけが冷静だった。
少し身を寄せ、コウにしか聞こえない低い声で、言う。
「私がいつ、お前の妻になった」
「そういう体裁の方が営業しやすいでしょう」
「どういう意味だ」
「僕目当てで来るお客様に、最初から妻がいると分かっていただいた方が、余計な期待を持たせずに済みます」
「…………」
白瑶は少し考えた。
「だったら弟の設定でいい」
「嫌です」
「なぜだ」
「嫌だからです」
「では甥」
「もっと嫌ですね」
「難しいな」
「難しくありません。妻でいいんです」
娘たちが金切り声をあげる。
「結局、どっちなの!?」
「説明します!」
奏が割り込んだ。
店中の視線が、一斉に三人へ集まる。
奏は一瞬だけ考えた。
そして、にっこり笑った。
「許嫁です」
「…………」
「…………」
「二人は将来を誓い合った仲なんです!」
「カナル」
白瑶が咎めるように名を呼んだ。
奏は聞こえないふりをした。
虹は不満そうに、低い声で尋ねる。
「妻でいいと思うけど?」
「駄目」
「なぜ?」
「コウ兄さまは、とりあえず独身にしておいた方が女受けがいいから」
「…………」
「でも、本当に独身ってことにすると、変な揉め事が起きるかもしれないでしょ」
にっこりと、奏は笑った。
完全に、性格のよろしくない商売人の顔になっている。
コウ目当ての娘たちは大事な客だ。
しかし、恋仲になれると思わせるのはまずい。
ならば――。
独身ではある。だが、心に決めた相手がいる。
そのあたりが、最も都合がいい。
奏は瞬時に、最大限効果的な営業上の設定を組み立てた。
「実は二人は、身分違いの恋なんです」
「待て」
白瑶が言った。
もう遅い。
「コウ兄さまは、いずれ実家へ戻らなくちゃならない人なんです。でも、姉さまと愛し合ってしまって……」
「だから待て」
「先輩」
「何だ」
「そこは黙っていてください」
「なぜお前まで乗る」
「続けて、カナル」
「当然、コウ兄さまのご実家は大反対!」
「あらまあ」
老婆が身を乗り出す。
若い娘たちも聞き入っている。
「それでも二人は離れられなくて、とうとうコウ兄さまは家を飛び出したんです」
「まあ!」
「駆け落ち!?」
「そうなんです!」
「違う・・・」
「先輩、しーっ」
「それから二人で苦労して、いつか一緒になれる日を夢見ながら、生活資金を貯めるために、この山奥で薬茶館を――」
虹が感心したように頷く。
「この店を立派にして、自分たちだけでも暮らしていけると証明できたら、ご実家にも二人の仲を認めてもらえるかもしれないんです」
うるうると少女は目を潤ませる。
「なかなかいい設定ですね」
「どこがだ」
「僕は気に入りました」
「弟でいい」
「それだけは嫌です」
「なぜ、そこまで嫌がる」
「嫌なものは嫌なんです」
その間にも、客たちは勝手に盛り上がっていた。
「かわいそうにねえ」
「そんな事情があったの」
「だからこんな山奥に……」
「二人とも苦労したのねえ」
「…………」
白瑶は黙った。
何一つ合っていない。
しかし。
「応援するわ、私!」
「私もまたお茶買いに来る!」
「二人で幸せになってね!」
娘たちの目が、先ほどまでとは違う意味で輝いている。
奏の目も輝いた。
――いける。
虹目当ての客を失わず、余計な恋愛沙汰も避けられて、ついでに薬茶館まで応援してもらえる。
完璧だ。
「姉さま」
「何だ」
「この設定でいこう」
「嫌だ」
「売れるよ」
「…………」
白瑶が黙った。
奏は勝利を確信した。
姉は金に興味がない。
だが、薬茶館を潰して妹を路頭に迷わせることだけは、ひどく気にしている。
そこを突けばいい。
「……あくまで営業上の設定だぞ」
「もちろん!」
カナルは笑顔で続けた。
「まあ、そのうち本当にそういうことになっても、私は別に困らないけど」
「僕も困りませんね」
「ばかを言うな」
コウが軽い調子で煽る。
「ほんとにそういうことにしましょうか?」
――蘇白瑶は女だった。
ならば、いっそのこと色仕掛けでもいい。
龍王からの密命は、「蘇白瑶の籠絡」だ。
もはや、自分が、策を弄しようとしているのか、半ば本気なのかよくわからない。
口説き落とせれば、このひとはもう自分を置いて去ろうなどと考えなくなるだろうか。
そこまで考えて、ふいに、ハユの尖った声が落ちた。
「駄目だ」
即答。
「おまえの経歴に傷がつく」
「…………」
虹の瞳から、一瞬。
からかうような光が消えた。
だが、白瑶は気づかない。
「愛するひとのために身を引こうとするなんて!」
耳聡い娘が感激したように両手を合わせた。
「ふたりは本当に愛し合っているのね!」
違う、と言いかけたハユの口を、カナルがふさいだ。
にこにこと笑いながら。
早熟した13歳の小娘はほくそ笑む。
ついこの間まで。
誰も来なかった薬茶館である。
白鬼が出る。
喰われる。
近づくな。
そんな噂しかなかった。
それが今では。
――美形の給仕がいる。
――白鬼はとんでもない美人だ。
そして今日から、おそらく。
――二人は将来を誓いあった仲らしい。
「…………」
奏は思った。
テンテン。
これ。
たぶん。
経営の本には載ってない。
――コミュ力の高いイケメンは、立地の悪さを克服する。
そして。
放っておくと、店主との恋愛関係まで捏造する。
少なくとも。
白鬼の悪評くらいなら。
簡単に駆逐するらしい。
お読みいただきありがとうございます!
コウ目当てのお客様に、ついに聞かれてしまいました。
「二人はどういう関係?」
元上官では伝わらず。
妻では都合が悪い。
そこで奏がひねり出した答えは――
「許嫁です」
しかも気づけば、身分違いの恋に、実家の反対、駆け落ちまで。
完全に営業上の設定……のはずなのですが。
「ほんとにそういうことにしましょうか?」
「駄目だ。おまえの経歴に傷がつく」
ハユが拒む理由は、やっぱりコウのためでした。
次話もよろしくお願いします!




