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仮面の軍神は恋を知らない ~三年前に捨てた元部下が、わたしを離してくれない理由~  作者: 春野まゆき


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第18話 商談成立

  

 結局。

 白瑶(ハクヨウ)は本当に、朱楼閣の門までついてきた。

「帰っていいよ」

「ああ」

「帰って」

「ああ」

「姉さま」

「何だ」

「帰って」

「…………」

 白瑶は楼の門を見上げた。

「ホウは信用できる」

「うん」

「だが、何かあったら叫べ」

「なんにもないってば」

 奏(カナル)は姉の背中を押した。

「帰って!」

「分かった」

 ようやく白瑶が歩き出す。

 十歩ほど行って。

 振り返った。

「カナル」

「今度は何!?」

「無理に売らなくていい」

「…………」

 それだけ言って。

 今度こそ、白瑶は去っていった。

 奏はしばらく、その背中を見送った。

 そして。

「……もう。どこまで過保護なのよ」

 小さく呟いて。

 朱楼閣の門をくぐった。

 ◇ ◇ ◇

「今日は値段の話じゃありません」

「あら」

 カナルは紙を広げた。

「この前、楼のお客さんを見ていました」

「勝手に観察しないでくれる?」

「お酒を飲んでいる人が多かったです」

「楼だからね」

「次の日、つらくないですか?」

 アキョウの指が止まった。

「……続けて」

「酒宴のあとに飲む薬茶を作ります」

「へえ」

「この楼専用の処方です」

「ほかには卸さない?」

「はい」

「同じ処方も?」

「出しません」

「薬茶館でも?」

「出しません」

「…………」

 アキョウの目が変わった。

「十三だったわね、お嬢さん」

「そうです」

「誰に教わったの?」

「秘密です」

「ふうん」

 アキョウは笑った。

「十二文」

「十六文」

「十二」

「十五」

「十二」

「十四!」

「十二」

「もう!」

 奏が卓を叩いた。

「ただし」

 アキョウが言う。

「一日百包、買うわ」

「…………え?」

「最低百包。売れても売れなくても、こちらで全量買い取る」

 奏の頭の中で、数字が動き始める。

 一包十二文。

 一日百包。

 一月なら――。

「どう?」

「…………十三文」

「強欲ねえ」

「アキョウさんに言われたくありません」

 ◇

 三度目の商談。

「また来たの?」

「来ました」

「しつこい子、嫌いよ」

「わたしも値切る人、嫌いです」

「あら。気が合うわね」

「合ってません」

 奏は新しい茶壺を卓へ置いた。

「試作品です」

 アキョウが蓋を開ける。

 香りを確かめ。

 一口。

「…………」

 奏は黙って待った。

「悪くない」

「すごく美味しい、の間違いでは?」

「調子に乗らないの」

 もう一口。

「気に入りましたね?」

「別に」

「二口飲みました」

「喉が渇いてたのよ」

「三口目も飲もうとしてます」

「…………」

 アキョウの手が止まった。

「……あんた、嫌な商人になるわよ」

「ありがとうございます」

「褒めてない」

 奏は契約条件を書いた紙を出した。

「十三文。一日百包。三十日間」

「十二文」

「十三」

「じゃあ、一日百五十包買う。十二文」

「…………」

 奏の頭の中で、また数字が走った。

 売上は増える。

 だが。

 製造できるか。

 薬材は足りるか。

 品質を維持できるか。

「無理です」

 奏は言った。

 アキョウの眉が上がった。

「売れるのに?」

「作れません」

「人を雇えば?」

「今すぐ増やしたら、品質が落ちるかもしれません」

「儲かるわよ」

「でも」

 奏は首を横に振った。

「美味しくなくなったら、次から売れません」

「…………」

「百包まで。それが今のうちで、ちゃんと責任を持って作れる量です」

 しばらく。

 アキョウは黙っていた。

 やがて。

「……合格」

「え?」

「十三文でいいわ」

「ほんと!?」

「ただし」

「やっぱり!」

 アキョウが笑った。

「この楼で薬茶を飲んだ客が、薬茶館へ行きたいと言った場合――うちから馬車を出す」

「馬車?」

「往復の送迎代は、こちらが取る」

「…………」

「あんたは客を手に入れる。あたしは送迎で儲ける。客は山道を歩かなくて済む」

 奏の目が大きくなる。

 ――三者とも。

 得をする。

「分かりました」

「あら。そこは値切らないの?」

「だって、うちも得するから」

「賢明ね」

「それから」

 奏が身を乗り出した。

「まだあるの?」

「楼で薬茶を出すとき、薬茶館の名前をお客様に伝えてください」

「やだ」

「言ってください」

「うちに無料で宣伝しろって?」

「はい」

「図々しいわね!」

「その代わり」

 奏は、にっと笑った。

「《朱楼閣御用達》の薬茶にします」

「…………」

 アキョウの目が細くなる。

「この楼でしか飲めない?」

「契約中は」

「ほかの楼には卸さない?」

「契約中は」

「……ずっと、とは言わないのね」

「それは次の契約で交渉します」

「…………」

 しばらく見つめ合って。

 アキョウが、くっと笑った。

「ほんっと、可愛くない子」

「アキョウさんにだけは言われたくないです」

「いいわ」

 アキョウが手を差し出す。

「一包十三文。一日百包。三十日間は全量買取。うちだけの専用処方」

「はい」

「客には薬茶館の名を伝える。希望者には有料で馬車を出す」

「はい」

「三十日後、継続するかは売れ行きを見て再交渉」

「はい」

「それから――」

「まだ取るんですか!?」

「商売でしょう?」

 アキョウが笑う。

 奏も負けずに笑った。

「じゃあ、わたしからも、もう一つ」

「あら」

「その条件を聞いてから握手します」

「…………」

 一瞬。

 アキョウは、きょとんとした。

 そして。

 声を上げて笑った。

「あははっ!いいわ。言ってみなさい」

 卓を挟んで。

 十三歳の少女と。

 朱都屈指の高級楼閣を仕切る楼主が向き合う。

 どちらも笑っている。

 けれど。

 どちらも、一歩も譲るつもりはなかった。


お読みいただきありがとうございます!

姉の名前にも、昔のよしみにも頼らず。

奏、ついに自分の力で商談成立です。

一包十三文、一日百包。

朱楼閣だけの専用処方に、薬茶館への送迎まで。

目の前の儲けだけでなく、品質と次の商売まで考える奏に、アキョウも少しずつ本気の商売人として向き合い始めました。

とはいえ――

この二人の交渉はまだまだ続きそうです。

次話もよろしくお願いします!


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