第11話 客を持つ者を探せ
その夜。
奏は、また夢を見た。
果てのない水面。
頭上には満天の星。
足元には星々を映した水が、鏡のようにどこまでも広がっている。
「テンテーン!」
『誰がテンテンじゃ!』
呼ぶと、すぐに水面が盛り上がった。
ざばっ。
銀白色の小さな龍が飛び出してくる。
『典禅じゃと何度言えば分かる!仮にも我は天龍ぞ!』
「ねえ、テンテン」
『話を聞かんか!』
典禅は水面から一気に宙へ舞い上がり、小さな胸をこれでもかと反らした。
『よいか。ワシは天地開闢の昔よりこの地を見守り、龍国の始祖を導き、歴代の竜王すら我が御前では頭を垂れ――』
「お客さん、どうやったら増える?」
『まだワシの偉大さを半分も語っておらぬ!』
「この間も聞いた」
『あれはまだ序章じゃ!』
「長いよ」
『数千年の威光を三言で語れると思うな!』
「じゃあ、また今度ね」
『今聞け!』
「お客さん、どうやったら増える?」
『…………』
典禅が黙った。
「なに?」
『おぬし、もう少しこう……天龍に会えたことへの感動とかないのか』
「だってこの間も会ったし」
『神にも等しきワシとの邂逅を日課のように言うな!』
「それより、お客さん」
『それより!?』
典禅はしばらくぶつぶつ言っていたが、やがて諦めたように宙へ浮かんだ。
『では聞く。おぬしの店の一番の問題は何じゃ』
「お金がない」
『それは結果じゃ』
「お客さんが来ない」
『なぜじゃ』
「山奥だから」
『そうじゃ』
典禅が5本の爪で髭を撫でる。
『薬の腕は悪くない。商品も、これから整えればよい。だが、どれほど良いものを作ろうと、存在を知られねば売れぬ』
「じゃあ、どうするの?」
『来ぬ者を待つな』
「こっちから行く?」
『半分正解じゃ』
「半分?」
『町へ出て、一人ずつ茶を売るつもりか』
「だめなの?」
『一日で何人に売れる』
「ええと……」
奏は考えた。
「十人?」
『少ない』
「じゃあ二十人」
『おぬしが一日中売り歩くのか』
「……うん」
『店は誰が見る』
「姉さま」
「…………」
『…………』
二人とも黙った。
無理だ。
薬は作れる。
診療もできる。
瀕死の人間を連れてくれば、おそらく何とかする。
山へ入れば、薬草を見分ける。
毒を盛られれば、匂いだけで気づく。
暴漢が十人押し入ってきても、たぶん一瞬で片づける。
だが。
客が来れば、値段を聞かれて首を傾げる。
金がないと言われれば、無料にする。
困っていると言われれば、薬だけでなく食料まで持たせる。
値切られれば、そもそもの定価を覚えていない。
『…………』
「…………」
『あの女、よく今まで生きてこられたの』
「戦場ではすごかったんだよ」
『戦場のほうが生きやすかったのではないか?』
「……たぶん」
薬師としては一流。
元軍人としては、おそらく超一流。
しかし生活能力は壊滅的。
「商売は向いてないね」
『うむ。すぐに店を潰すじゃろうな』
意見が一致した。
「じゃあ、どうするの?」
典禅が、にやりと笑った。
『一人ずつ客を探すからじゃ』
「?」
『百人の客を持っておる者を、一人探せ』
奏は瞬いた。
「……どういうこと?」
『宿には宿の客がおる。酒楼には酒楼の客がおる。商人には贔屓の客がおる。すでに人が集まっている場所が、この世にはいくらでもある』
「あ」
『そこへ、おぬしの商品を置いてもらえばよい』
奏の目が大きくなる。
「私が百人に売らなくても――」
『百人に売る者へ、まとめて売ればよい』
「…………」
頭の奥に。
また、知らない言葉が浮かんだ。
――販路。
――提携。
――卸売り。
――紹介。
「……なるほど」
『ほう』
「じゃあ、町のお店と仲良くなればいいんだ」
『仲良しごっこではない』
「違うの?」
『商いじゃぞ』
典禅の声が、少し低くなる。
『相手にも得がなければ続かぬ』
「相手にも?」
『おぬしだけが儲かる話を持っていって、誰が相手をする』
「じゃあ……」
奏は水面に座り込んだ。
考える。
薬茶館には何がある。
姉の薬。
薬茶。
薬膳菓子。
薬草。
では、それを欲しがる店は?
「宿……?」
『悪くない』
「茶館」
『競合にもなり得るの』
「酒楼?」
『それもよい』
「…………」
奏は考え込んだ。
酒。
食事。
夜。
人が集まる。
そして。
「花楼」
典禅の髭が、ぴくりと動いた。
『ほう』
「花楼なら、夜遅くまで働く女の人がたくさんいる」
『それだけか?』
「お酒も飲むでしょう?姉さまが前に言ってた。お酒をたくさん飲むと、胃とか肝とかを傷めるって」
『ふむ』
「夜に働くなら、眠る時間も普通と違う。冷えたり、疲れたりする人もいると思う」
『それで?』
「そういう人たちに合う薬茶を作れる」
典禅は答えなかった。
奏を見ている。
「……違う?」
『いや』
小さな龍の口元が上がった。
『続けよ』
「それに――」
奏はさらに考えた。
「花楼には、お客さんもたくさん来る」
『そうじゃ』
「つまり……」
点と点がつながる。
「働いてる人にも売れるし、そこへ来るお客さんにも知ってもらえる?」
『おぬし、なかなかの勘じゃな』
典禅が笑った。
『おぬしが探すべきは、客だけではない』
「客を持ってる人」
『そうじゃ』
奏の顔が明るくなる。
「だったら、一番お客さんを持ってる花楼を探せばいいんだ!」
『単純じゃのう』
「違うの?」
『大きければよいとは限らぬ』
「え?」
『どんな客を持っているかじゃ』
奏は首を傾げた。
『百人の客がいても、おぬしの薬茶に銅銭一枚払わぬ者ばかりでは意味がない。逆に十人しかおらずとも、価値を理解し、何度も買う者ならどうじゃ』
「……そっちの方がいい」
『ならば見てこい』
「何を?」
『客じゃ』
典禅は、奏の額を小さな爪でこつんと叩いた。
『誰が来る。何を求める。何に金を払う。何に困っている』
「市場調査……」
『またワシの知識を勝手に覗きおって』
「便利だね、テンテン」
『ワシを便利な知恵袋扱いするな』
奏は笑った。
「決めた」
『何をじゃ』
「明日、町へ行く」
『ほう』
「一番いい花楼を探す」
『そして?』
奏は、にっと笑った。
「うちの薬茶を、置いてもらえるよう交渉する」
典禅も笑った。
お読みいただきありがとうございます!
お客が来ないなら、一人ずつ探すのではなく――
「百人の客を持つ者を、一人探せ」
テンテン先生の助言を受け、カナルが目をつけたのは花楼でした。
十三歳の店主代理、いよいよ市場調査へ。
ちなみに姉は、商売より戦場の方が向いているようです。
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