第70話 古い道は、縫い直されていた
オルティアが紙の上から見つけた道は、地図の上ではとうに消えていた。
かつて北西部を横切っていた旧街道は、百年近く前の街道整備によって役目を終え、現在では森の中に石畳の名残を残すだけになっている。馬車を通すには木々が近すぎ、ところどころでは地面から伸びた根が石を押し上げているため、知らずに見れば古い道だと気づくことさえ難しい。
その一角に、かつて中継所として使われていた石造りの建物が残っていた。
屋根の大半は失われ、壁には蔦が絡み、入口だった場所も半分ほど崩れている。長い年月の中で何度も雨風に晒されたのだろうが、それでも基礎部分だけは不自然なほどしっかり残っていた。
調査隊がここへ来たのは、もちろん偶然ではない。
「地下構造が確認されました」
先行していた研究魔術師の報告を受け、レオルディスが建物の奥へ目を向ける。
「規模は?」
「まだ分かりません。ただ、地表から確認できる範囲でも、現在の建物より古い石組みが地下へ続いています」
「入口は」
「こちらです」
案内されたのは、建物の裏手だった。
土と枯葉を除いた地面から、石造りの階段が姿を現している。数段下った先には既に調査用の灯りが置かれ、その向こうには厚い石壁が見えていた。
ヴェルシアナは少し離れた場所から壁を見る。
以前の地下施設では、扉の向こうから弱いながらも明確な魔力と空気の動きを感じ取ることができた。
今回は違う。
完全な無風ではないが、頬を撫でるほどの流れはなく、魔力についても意識を澄ませてようやく存在を疑える程度だった。
「ヴェルシアナ」
隣から呼ばれる。
ディルヴァンが壁を見たまま尋ねた。
「分かる?」
「まだ、はっきりとは。風もほとんど動いておりませんし、魔力もかなり薄いです」
「じゃあ本当に壁?」
「それを調べに来たのでしょう?」
「そうなんだけどさ」
ディルヴァンはそう言いながら、今度は階段そのものへ視線を移した。
今日は練習剣ではなく、護身用の短剣だけを腰へ下げている。現地調査であって戦闘を想定した同行ではないため、子供たちが前へ出ることも許されていない。
もちろん、彼らだけで来たわけでもなかった。
先頭には護衛騎士、その後ろに研究魔術師と技師が続き、さらにレオルディス、グランセル侯爵、ヴィクトルが同行している。
オルティアの父であるグランセル侯爵は、娘を連れてくることに最後まで慎重だった。
それでも同行を認めたのは、紙片の読み方を変えた本人の目が、現地でも必要になる可能性があったからだ。
ルシアンも来ている。
一方、ミレーヌはアルセリード邸に残り、九十一年前を中心とした記録の整理を続けていた。
現場にいないからといって、役割がないわけではない。
むしろ今回の場所へ辿り着けた最初のきっかけは、彼女が帳簿の中から消えた支出を拾い上げたことだった。
ヴェルシアナは階段の下を見ながら、その流れを改めて思う。
一人がすべてを見つけたわけではない。
数字を追った人間がいて、紙の模様を別の角度から読んだ人間がいて、それを古地図と照らし合わせた専門家がいた。その積み重ねの先に、ようやく目の前の階段がある。
「ヴェルシアナ様」
オルティアが隣へ来た。
「はい?」
「昨日の写しと、少し違いますわ」
「もう分かるのですか?」
「壁そのものではなく、位置がです」
オルティアは持参した紙の写しを開いた。
もちろん原本ではない。
研究者によって書き写されたものに、前日の茶会で四人がつけた印が残されている。
「紙の上では、始まりはこちら側でしたでしょう?」
オルティアが右下を指す。
「ですが、この階段から壁までの距離を考えると、その位置に対応する場所は地面の中です」
ヴェルシアナも壁と紙を見比べる。
「紙が間違っている?」
「そうとは限らないと思います」
オルティアは階段の下へ視線を向けた。
「布にも厚みがありますでしょう?」
「厚み?」
「はい。表から針を入れれば、糸は布の中を通って裏へ出ます。ですから、この図も表面だけを描いているのではないのでしたら、壁ではなく、もう少し下の位置を通っていてもおかしくありません」
オルティアの指が、紙の線をゆっくり辿る。
「ここを表面の位置としてそのまま当てはめるのではなく、内部へ潜る途中だと考えた方が自然に見えます」
その話を聞いていた研究魔術師が近づいた。
「下、ですか」
「間違っているかもしれません。ただ、紙の模様と同じように考えるのでしたら、その方が私には分かりやすいです」
魔術師はすぐに否定せず、技師へ何かを伝えた。
床を調べる。
石の継ぎ目を叩き、響きを確かめ、さらに簡易的な探査魔術が使われる。
しばらくして、技師が顔を上げた。
「空洞があります」
空気が少し変わった。
「壁の向こうではありません。階段の下、さらに二段ほど深い位置です」
オルティアが小さく息を呑む。
グランセル侯爵が娘を見る。
「オルティア」
「はい、お父様」
「今の考えは、刺繍からか」
「はい。似ていると思っただけですけれど」
侯爵は紙と階段を見比べたあと、娘へ視線を戻した。
「なら、その見方を続けなさい。ただし、分からないものへ触れるな」
「承知しております」
短いやり取りだったが、オルティアは紙を持つ手を少しだけ強くした。
ヴェルシアナは何も言わなかった。
ここで褒めれば、きっとオルティアはまた少し困る。
代わりに目が合った時だけ微笑むと、オルティアも僅かに口元を緩めた。
◇
階段の一部を専門家が調べた結果、石板の下から古い機構が発見された。
無理に壊すことはせず、調査は慎重に進められていく。
問題の石壁も、単純に通路を塞ぐため積まれたものではなかった。
「継ぎ目が合わないな」
ディルヴァンが言った。
ヴェルシアナは壁を見る。
「どこです?」
「あそこ」
指したのは、壁の左端だった。
石そのものに詳しくないヴェルシアナには、他の場所と大きな違いがあるようには見えない。
「俺たちが地下で見た扉って、周りとぴったり合ってただろ?」
「そうでしたね」
「これは違う。左だけ少し奥へ入ってる」
ディルヴァンは近づきすぎない範囲で身体を傾け、そのまま壁の上下へ目を走らせる。
技師も確認に加わった。
灯りの角度を変えると、確かに左端だけ影の入り方が違う。
「閉じるための壁ではない?」
ヴェルシアナが尋ねる。
「分かんない。でも、扉だったら真っ直ぐ開く感じじゃないと思う」
「では?」
ディルヴァンは自分の手を扉に見立て、少し回した。
「こうじゃない?」
その動きを見た技師が、すぐに壁の上下を調べ始める。
ほどなくして、石の奥から円筒状の古い金具が見つかった。
「軸があります」
技師が驚いたようにディルヴァンを見る。
「よく気づかれましたね」
「北じゃ、守る場所の扉って開き方が変なのもあるから」
「守る?」
ヴェルシアナが聞き返す。
ディルヴァンは階段を振り返った。
「ここ、狭いだろ?」
「ええ」
「荷物を運ぶ場所なら、もっと広く作ると思う。曲がってるし、二人並んだら戦いにくい」
「戦いにくいことと、守ることに何の関係が?」
「攻める方も動きにくいじゃん」
言われて、ヴェルシアナは階段を見る。
確かに、広い場所なら人数を並べられるが、ここでは一度に前へ出られる人数が限られる。さらに階段には微妙な折れがあり、上から一直線に奥を見通すこともできない。
「中から守るには都合がよい?」
「たぶん」
ディルヴァンは壁へ視線を戻した。
「何かを運ぶための道っていうより、入ってほしくない場所に見える」
何気ない言葉だった。
けれど、ヴェルシアナの中には残った。
以前発見した地下施設は、巨大な流路の一部だった。
だからといって、すべての施設が同じ役割を持っているとは限らない。
水路にも、水を運ぶ場所と、水を止める場所がある。
「先生」
ヴェルシアナはヴィクトルを見る。
「この場所、流れを止めるための施設という可能性はありますか?」
「あります」
ヴィクトルは壁の奥を見たまま答えた。
「ただし、まだ可能性です。構造を確認する前に役割を決めないこと」
「はい」
必要な答えだけが返ってくる。
それで十分だった。
◇
壁が動いたのは、調査開始から二時間ほど経った頃だった。
技師が古い軸を復元し、研究魔術師が周囲の魔力反応を確認する。
安全を確保したうえで機構を動かすと、厚い石壁はディルヴァンの予想通り、その場で僅かに回転してから横へ滑った。
その隙間から、地下に溜まっていた冷たい空気がゆっくり流れ出してくる。
ヴェルシアナは反射的に目を閉じ、頬へ触れる感覚へ意識を向けた。
流れはごく弱い。
それでも完全に止まっているわけではなく、一定の間隔で奥から空気が押し出されているような揺らぎがある。
「奥から来ています」
ヴィクトルがこちらを見る。
「自然風ですか」
ヴェルシアナは急いで答えず、温度や湿度、流れる方向を確かめながら、空気へ僅かに混じる魔力まで拾う。
「自然な風ではないと思います。ずっと同じ強さで流れているのではなく、少し強くなったあと弱まり、しばらくするとまた戻っています」
息をするような間隔だった。
完全に規則的ではない。
それでも、地下のさらに奥で何かが微かに動くたび、その余波が空気まで押し出しているように感じる。
「魔力も同じです。かなり薄いですけれど、奥からこちらへ戻ってきています」
研究魔術師が測定器を確認した。
「検出できました。微弱ですが、周期的な変動があります」
ヴィクトルはそれ以上何も言わず、護衛へ先行を指示した。
大人たちが内部を確認し、安全な範囲が定められてから、子供たちにも入る許可が出る。
通路は想像していたより狭かった。
壁には以前の地下施設と同じ青白い石材が一部使われているものの、ほとんどは普通の灰色の石で覆われている。
不思議なのは、その継ぎ目だった。
青白い線が、ところどころで不自然に途切れている。
「ルシアン様?」
ヴェルシアナが呼ぶ前に、ルシアンは既に一箇所を見ていた。
「ここ、壊れたのではないと思います」
「どうして?」
「同じ形で消えているからです」
ルシアンが少し先を示す。
一箇所。
さらにその奥。
もう一箇所。
「どれも、線が二本並んだ後で片方だけ消えています。壊れた場所が偶然同じ形になるとは思いにくいです」
ヴェルシアナも確認する。
確かに同じだった。
「誰かが消した?」
ディルヴァンが言う。
「その可能性もありますね」
研究魔術師が壁を調べる。
「後から別の石材を嵌め込んでいます」
「いつ頃ですか?」
「正確には調べなければ分かりません。ただ、元の施設より新しいことは確かです」
ヴェルシアナは、そこで九十一年前の帳簿を思い出した。
最初は項目名がまとめられ、その後さらに名前そのものが消えた。それでもしばらく支出だけは残り、最後には金の動きまで止まっている。
もし。
その期間にこの施設へ手を加えていたのだとしたら。
「……閉じた時に、作り直した?」
思わず出た言葉へ、レオルディスが答える。
「可能性はある」
いつの間にか近くまで来ていたらしい。
「ただし、それを確認するのが今回の調査だ。先に答えを作るな」
「はい、お父様」
父とヴィクトルが似たようなことを言う。
ヴェルシアナは少しだけ口元を緩めたが、今は言わないでおくことにした。
◇
通路の先には、円形の部屋があった。
以前の巨大地下施設と比べれば小さいが、それでも十数人が余裕を持って入れるほどの広さがあり、天井も二階分ほどの高さまで伸びている。
中央に台座はない。
武器もない。
代わりに、床全体へ巨大な模様が刻まれていた。
「……これ」
オルティアの声が僅かに変わった。
全員が床を見る。
何本もの溝が部屋の中央から外側へ広がり、途中で交差し、分かれ、ときには石の奥へ潜るように消えている。
紙片で見た模様と同じ構造だった。
ただ、規模も複雑さも比較にならない。
「読めますか」
研究魔術師がオルティアへ尋ねる。
オルティアはすぐに答えなかった。
部屋の入口から床全体を見渡し、紙の写しを開く。そこから何歩か進もうとしたところで、ふと足を止めた。
「今のままでは、難しいですわ」
その答えに、研究魔術師が僅かに驚く。
「分からない?」
「紙の模様とは途中まで似ています。でも、こちらは途中から通し方が変わっています」
オルティアは床の右側を示した。
「ここです」
研究者たちが集まる。
ヴェルシアナには、どこが違うのかすぐには分からない。
「何がおかしいのでしょう?」
「この線です」
オルティアは一本を目で追う。
「最初はこちらが下へ潜っています。ですが途中から、上へ出ています」
「それなら、そういう構造なのでは?」
ヴェルシアナが尋ねると、オルティアは首を横へ振った。
「それだけなら、おかしくありません。ただ、こちらもご覧ください」
別の線を指す。
「これは本来、その上を通るように組まれていたはずなのに、途中から下へ押し込まれています」
オルティアは床全体をもう一度見る。
眉間には、ごく薄く皺が寄っていた。
「……綺麗ではありません」
ディルヴァンが首を傾げる。
「綺麗じゃない?」
「見た目の話ではございません」
オルティアは少し考え、言葉を選ぶ。
「刺繍をしていて、途中で模様を変えることがありますでしょう?」
「俺には分からない」
「では、今は聞いていてくださいませ」
「分かった」
ルシアンが口元を押さえる。
オルティアは続けた。
「最初からこの形にするつもりでしたら、こんな糸の通し方にはしません。先に通したものを避けながら、後から別の糸を無理に入れているように見えます」
その説明を聞いた途端、ヴェルシアナには床の模様が少し違って見えた。
完成された一枚の図ではない。
元々あったものへ、別の誰かが後から手を加えている。
「縫い直した?」
思わず出た言葉に、オルティアが振り返る。
「……はい。その表現が一番近いと思います」
部屋にいる大人たちの表情が変わった。
研究魔術師が床へしゃがみ込み、石材の状態を調べ始める。技師も別の箇所を確認し、刻まれた溝の深さや削られ方を比較していく。
しばらくして、技師が顔を上げた。
「間違いありません。この一帯だけ、後から彫り直されています」
「年代は?」
レオルディスが尋ねる。
「正確には持ち帰って調べる必要があります。ただ、施設の建造時とは別です。表面の摩耗も違います」
誰かが後から、この場所へ手を入れた。
ヴェルシアナの中で、帳簿の数字が静かに重なる。
「九十一年前」
口に出したのは、グランセル侯爵だった。
レオルディスが彼を見る。
「同じことを考えたか」
「ああ。ただ、まだ結びつけるには早い」
「同感だ」
大人たちはそれ以上断定しない。
けれど、調べるべきものは確実に増えた。
◇
その場での調査はいったん慎重な確認へ切り替わった。
床の巨大な模様へ不用意に魔力を流すことは禁止され、研究魔術師たちは溝の形や石の材質を一つずつ記録していく。
オルティアも、見える範囲で元からあったらしい線と、後から加えられた線を分けていた。
ルシアンはその横で、同じ形の記号が繰り返されていないかを確認している。
ディルヴァンは途中から壁際へ移り、部屋そのものの構造を見始めていた。
ヴェルシアナは床ではなく、空気の流れを追う。
先ほどから、僅かに変化している。
入口を開けた直後よりも、奥から押し戻されてくる空気が少し強くなっていた。
「先生」
ヴィクトルが振り返る。
「奥から来る風が、少し増えています」
「魔力は」
ヴェルシアナは目を閉じる。
無理に触れない。
自分から流れを作ろうともしない。
ただ、そこにあるものだけを見る。
床の下。
壁の奥。
細い流れが幾つも動いている。
「魔力も増えています。ただ、こちらへ向かっているというより……どこかへ集まっているような感じです」
「どこへ」
ヴェルシアナは少し時間をかけて位置を探る。
複数の流れが、円形の部屋の中央よりさらに奥へ吸い込まれるように集まっていた。
「奥です」
答えた直後。
低い音がした。
石が、どこか深いところで擦れる音。
誰かが動かしたわけではない。
研究魔術師も触れていない。
それでも、床へ刻まれた溝の一本に、淡い青白い光が灯った。
「下がれ」
ヴィクトルの声が通る。
全員がすぐに距離を取る。
光は最初の線を進み、途中で別の溝へ移る。そこからさらに分かれ、今度は部屋の外周へ向かって伸びていった。
まるで見えない針が、床の上へ一本ずつ糸を通しているようだった。
オルティアが息を呑む。
「……違います」
「何がです?」
ヴェルシアナが聞く。
オルティアは床を見つめたまま答えた。
「この順番は、紙の模様とも、元の床とも違います」
青白い光は止まらない。
やがて後から彫り直された線へ入り、その先で流れの向きを変えた。
「これは……」
オルティアの表情から、先ほどまでの余裕が消える。
「縫い直した方を使っています」
研究魔術師が測定器を見る。
「魔力反応、上昇しています!」
「入口へ戻れ」
ヴィクトルが即座に指示する。
護衛が動き、子供たちを先へ通す。
ヴェルシアナもオルティアと一緒に入口へ向かおうとした。
その時。
足元を通る空気の向きが、急に変わった。
外へ抜けていたはずの風が、横へ流れる。
「――待ってください!」
叫んだ直後。
円形の部屋全体が、腹の底へ響くような重い音を立てた。
壁の一部が沈み、その反対側では別の石壁がゆっくりせり出してくる。床の溝も位置を変え、先ほどまで一本に繋がっていた線が、別の場所で二つへ分かれていった。
扉が閉じているわけではない。
部屋そのものが、形を変えている。
「全員、動くな!」
ヴィクトルの声が響く。
ヴェルシアナは反射的にその場で止まった。
ディルヴァンもすぐ動きを止め、オルティアは紙を胸元へ抱える。
少し離れた場所では、ルシアンが護衛とともに壁際へ退いていた。
石が動く音は止まらない。
床の線がずれ、壁の位置が入れ替わり、通路そのものの向きまで変わっていく。
まるで巨大な布から一度糸を抜き、それを別の場所へ通し直しているようだった。
ヴェルシアナは足元を流れる風を追う。
さっきまで一本だった道が二つへ分かれ、そのうちの一つがさらに枝分かれする。
そして。
新しく生まれた流れの一つが、自分たちのいる場所へ向かってきた。
「先生、下です!」
ヴィクトルも既に気づいていた。
杖へ手が伸びる。
しかし、その直前。
「待ってください!」
今度はオルティアの声だった。
彼女は床を見ていた。
光る線の重なりを、紙の模様と見比べている。
「これ、閉じようとしているのではありません」
石の駆動音の中でも、その声ははっきり聞こえた。
「道そのものを、別の形へ繋ぎ直しています」
次の瞬間。
部屋の中央を走っていた一本の光が、別の線へ繋がった。
床が震える。
その振動に重なるように、地下のさらに奥から冷たい空気が吹き上がり、ヴェルシアナの銀髪を揺らした。
誰も触れていないはずの古い施設が。
百年近く眠っていたはずの道が。
目の前で、別の形へ組み替わっていく。
そしてヴェルシアナは、その瞬間になってようやく理解した。
ここは、ただ閉ざされていた場所ではない。
誰かが一度、意図的に縫い直した場所なのだ。
その継ぎ目が。
今、もう一度ほどけ始めている。




