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破滅したくない元男の悪役令嬢ですが、なぜか男女問わず好かれていきます ~攻略対象は男友達のつもりなのに、同性の令嬢との距離まで近すぎるようです~  作者: 0JOY
エピソード0 悪役令嬢は、まだ五歳

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第23話 同じものを見ても、同じことは書かれていない

王宮から届いた封筒を前にして、俺はしばらく手を伸ばせずにいた。


 封蝋に刻まれているのは王家の紋章で、そこまでは珍しくない。アルセリード公爵家と王家の間では日常的に書状が交わされているし、父の書斎へ運び込まれる手紙の中にも、同じ紋章を何度か見たことがある。


 ただ、今回の宛名は父ではなかった。


 丁寧に書こうとしたことだけはよく分かる、少し硬い文字で、


『ヴェルシアナ・アルセリード嬢へ』


 と記されている。


 差出人は、アレクシス・アルヴェネア。


「殿下から直接お手紙をいただくのは、初めてですわね」


 近くで本を整理していたミレーヌが、俺の手元を見ながら言った。


「ええ。王宮から何か届いた時、一瞬お父様宛てだと思いました」


「乗馬のお話でしょうか」


「それなら、わざわざ手紙にするほどのことがあるかしら」


 言いながら、俺はようやく封を開けた。


 紙を傷つけないよう慎重に中身を取り出すと、便箋は一枚だけだった。


 書き出しは、いかにも王族が教わりそうな整った挨拶から始まっている。


 体調はいかがでしょう、とか。


 先日はありがとうございました、とか。


 六歳でこれを書かされるのは大変そうだな、などと余計なことを考えながら読み進めていくと、その途中から文章の雰囲気が少し変わった。


『ルークスは元気です。あの日のあとも乗りました』


 そこまでは乗馬の話だった。


 その次に、


『前にヴェルシアナが歴史の本を読むと言っていたので、王宮の書庫で子供向けの本を探してみました』


 と続いている。


「……歴史?」


 思わず声に出した。


「何かございました?」


「以前わたくしが歴史の本を読むと話したのを、覚えていらしたようです」


 俺自身、その会話を忘れてはいない。


 最初に会った時、アレクシスが木剣や乗馬を好むことを聞き、俺も歴史が嫌いではないと話した。


 それだけの、ごく普通の会話だったはずだ。


 手紙には、王宮の書庫で見つけたという本のことが続いていた。


 王国内の古い街道と、その周辺に残る伝承を、子供にも分かるよう簡単にまとめた本らしい。


『アルセリード領の道も載っていました。昔は今と違う場所を通っていたと書いてあります。ヴェルシアナは知っていますか』


 俺はそこで少し読む手を止めた。


 昨日、父から領地の報告書を見せてもらったばかりだった。


 収穫量。


 備蓄。


 街道。


 橋。


 それまでただの地名だった村や町が、ほんの少しだけ「そこで誰かが暮らしている場所」として見え始めたところである。


 そんな時に、自分の領地を通っていた古い街道の話をされれば、当然気になる。


 しかも最後には、


『僕ももう少し調べます。次に会う時、何か分かったら教えてください』


 と書かれていた。


 俺は一度最後まで読み終え、それから街道について書かれた部分だけもう一度読み返した。


「面白そうですか?」


 ミレーヌが聞く。


「少し」


 答えたあと、自分でも少し控えめすぎたと思った。


「……かなり、かもしれません」


 昨日、数字の向こうにも人がいると知った。


 今日になって、今使われている道にだって、そこへ至るまでの過去があると教えられる。


 ただの偶然なのだろうが、妙に続きが気になる。


「お返事を書かれます?」


「もちろんです」


 相手が王太子だから、というだけではない。


 質問されたのに答えを調べず放っておく方が、今は少し落ち着かなかった。


 ◇


 返事を書く前に、まず自分でも調べることにした。


 適当に「知りませんでした」とだけ書いて終わらせることもできるが、せっかくなら少しくらい答えを持っていた方が面白い。


 そこでグレンへ相談すると、公爵家の書庫から、領内の古い街道について触れた本を数冊選んでくれた。


 当然、一人で読むには難しすぎるものも混ざっていたため、最終的には比較的読みやすい一冊と地図を広げ、ミレーヌと一緒に机へ向かうことになった。


「ここですね」


 ミレーヌが地図の北寄りを指した。


 現在の主要街道は、緩やかに南へ迂回するような形で引かれている。


 一方、古い地図を重ねて見ると、百年以上前には川沿いをもっと真っ直ぐ北上する道が使われていたらしい。


「今よりずっと短いですわね」


「それなら、どうして使わなくなったのでしょう」


「本には……」


 該当箇所を探す。


 そこには、川沿いの橋が長い年月の間に何度も被害を受けたこと、それに伴って交易路が少しずつ南へ移されたことが書かれていた。


 さらに、その旧街道沿いにはかつて宿場町があったという。


「宿場町……」


 地図を見直す。


 同じ場所には現在、小さな村の名しか書かれていない。


「昨日、お父様から見せていただいた報告書にも、この辺りの村がありましたよね」


「ありました。街道の補修について書かれていたところです」


 ミレーヌも覚えているらしい。


 俺は新旧二枚の地図を見比べた。


 昨日は、道の補修費という数字しか見ていなかった。


 今は、その道が昔とは違う場所を通っていて、さらに昔には多くの旅人や商人が行き交った町があったことを知っている。


 地図の上に引かれた一本の線すら、少し違って見えた。


「道って、ずっと同じ場所にあるものだと思っていました」


「わたしもです」


「考えれば当たり前なんですけどね。橋が壊れたり、川の形が変わったりすれば、道だって変わるのでしょうし」


 本をさらに読み進めていく。


 すると、少し妙な記述があった。


 橋について、この本では「幾度か水害を受けた」としか書かれていない。


 回数が分からない。


「アレクシス殿下の本には、もう少し詳しく書かれているかもしれませんわね」


「聞いてみますか?」


「ええ。それくらいなら」


 俺は小さな紙へ、本の題名と該当する頁を書き留めた。


 こういう調べ物は、思っていたより楽しい。


 答えが一つすぐ出てこないところも悪くない。


 昨日までなら「古い街道」という言葉を聞いても、ここまで興味を持ったかどうかは怪しい。


 父の書斎で領地を見る視点が一つ増えたことで、歴史の本に出てくる地名まで現実の場所として繋がり始めたのだろう。


「いつか実際に見てみたいですわね」


 何気なく言うと、ミレーヌが顔を上げた。


「旧街道をですか?」


「ええ。昔宿場町だった場所が、今はどんな村になっているのか少し気になります」


 ただし、言った直後に別の問題が浮かんだ。


 俺は公爵令嬢だ。


 前世の旅行みたいに、気になったから明日行こう、とはならない。


 護衛も必要になるし、公爵家の娘が訪れると知れば現地だって気を遣うだろう。


 花祭りの話を聞いた時にも感じたことだが、俺の「ちょっと見てみたい」は、周囲にとって必ずしも「ちょっと」では済まない。


「……行くにしても、まずお父様に聞かないといけませんわね」


「そうですね」


「行くだけで村の方々のお仕事を増やしたら、何を見に行ったのか分からなくなりますし」


 それに、訪問のため綺麗に整えられた一日だけを見て、その村を知ったつもりになるのも違う。


 父が昨日言っていたことが、少しずつ別の場面へ繋がっていく。


 俺は旧街道の頁に紙を挟み、もう一度地図へ目を戻した。


 ◇


 その日の夕食で、俺は旧街道について調べたことを父へ話した。


「昨日の今日で、随分熱心だな」


「ちょうどアレクシス殿下からお手紙をいただいたのです。王宮の本に、昔のアルセリード領の街道が載っていたそうで」


「アレクシス殿下から?」


 母が少し興味を示した。


「はい。以前、わたくしが歴史を読むと話したのを覚えていらしたようです」


「まあ。それで調べてみたのね」


「最初はお返事を書くためだったのですが、読んでいたら思ったより面白くて」


 俺は地図で見つけたことを簡単に説明した。


 昔の道は現在より北を通っていたこと。


 川沿いの橋が何度か被害を受けたことで、主要街道が徐々に移されたこと。


 以前の宿場町が、今では小さな村になっていること。


 父は話を聞きながら、ときどき補足を入れた。


「旧道の一部は今も農道として残っている。完全に消えたわけではない」


「そうなのですか?」


「ああ。ただ、現在の主要な交易には使われていない」


「では、昔の道を実際に歩くこともできます?」


「場所による」


 そこで、昼間から考えていたことを口にする。


「いつか見に行ってみたいです」


 父はすぐに答えず、俺を見る。


「なぜだ」


 やはり理由からだった。


「昔と今で、地図がどれくらい違って見えるのか確かめたいからです。それと、以前宿場町だった場所が今はどうなっているのかも少し気になります」


「勉強のためか?」


「それだけではありません。普通に見てみたいです」


 父の口元がほんの少し緩んだ。


「そこまで全部勉強と言わないのはいい」


「嘘をついても仕方ありませんもの」


「その通りだ」


 少しだけ間を置き、父は続けた。


「機会があれば考えよう」


「本当ですか?」


「ただし、条件はある」


 そんなに簡単ではないらしい。


「お前が行けば、現地は少なからず気を遣う。私が訪れる時ですら、普段とは違う姿を見せようとする者はいる」


「それが少し気になっていました」


 俺は素直に頷いた。


「わたくしが行くために村の方々が仕事を止めたり、何日も前から準備したりするなら、あまり意味がない気がします」


「完全に普段通りを見ることはできないだろう」


「やっぱり?」


「ああ。立場がある以上、自分が見ることで相手が変わることまでは消せない」


 その言い方が少し面白かった。


「見る側も、見られる側に影響するのですね」


「そういうことだ」


 父は水を一口飲んでから、さらに言った。


「だから一度見ただけで、その場所を分かったとは思わないことだ。現地を見ることは書類より多くを教えてくれるが、現地を一日見ればすべて分かるわけでもない」


「はい」


 昨日の話と同じようでいて、少し違う。


 数字だけでも足りない。


 現場だけでも足りない。


 結局、いろいろな方向から見る必要があるのだろう。


「それで」


 母が穏やかに話を戻した。


「アレクシス殿下には、何とお返事するの?」


「まだ書いていません」


「あら。調べてから書こうと思ったの?」


「知らないまま『知りません』だけで終わらせるより、その方が面白いかと思いまして」


 母は何か言いかけたようだったが、そのまま微笑んだだけだった。


 俺も特に気にせず食事を続けた。


 ◇


 夕食後、自室へ戻ってから返事を書いた。


 最初に、先日の乗馬について礼を書く。


 少し迷ったものの、「わたくしも楽しかったです」とそのまま記した。


 実際に楽しかったのだから、そこをわざわざ別の言葉に変える理由もない。


 次に、本の話。


『わたくしの家にある本では、昔の街道は現在より北側を通っていたと書かれていました。川沿いの橋が何度か被害を受けて、少しずつ南へ道が移ったそうです』


 そこまで書いて、一度本を見直す。


『ただ、橋が何回流されたのかは書いてありませんでした。殿下のお読みになった本には書かれていますか』


 これなら自然だろう。


 続けて、昔の宿場町が今は村になっているらしいことも書く。


 最後の締め方で少し迷った。


 アレクシスの手紙には「次に会う時」とあった。


 こちらもそのまま返せば簡単なのだが、いつ会うかはまだ決まっていない。


 だから、


『殿下がお調べになったことも、また教えてくださいませ。わたくしも何か見つけましたらお伝えします』


 とした。


 書き終えて読み返してみる。


 思っていたより長くなった。


 定型的な挨拶の方がむしろ短い。


「……六歳の相手に送る手紙として、少し真面目すぎるでしょうか」


 俺が呟くと、近くで自分の勉強をしていたミレーヌが顔を上げた。


「殿下も歴史の本について書かれたのでしょう?」


「ええ」


「でしたら、喜ばれるのではないでしょうか」


「そうですかね」


「少なくとも、わたしなら続きを教えていただけたら嬉しいです」


 そういうものか。


 俺は少し考え、結局そのまま封をした。


 わざわざ子供らしく書き直す方が、不自然な気もする。


 今の俺が面白いと思ったことをそのまま書けば、それでいいだろう。


 ◇


 二通目の手紙が届いたのは、それから数日後だった。


 前回より少し早い時間に使いが来たため、俺は午前の授業を終えたところで封筒を受け取った。


 中身を開いて、最初の一文を読んだ瞬間、思わず眉を上げる。


『橋について、二冊の本で書いてあることが違いました』


 挨拶より先に本題が来ていた。


 前回よりずっと子供らしい。


 俺はそのまま読み進める。


 一冊には、大雨で橋が三度流されたとある。


 もう一冊には二度としか書かれておらず、さらに「川筋が変化したため道を移した」と説明されているらしい。


『どちらが本当か分かりません。アルトリウスに聞いたら、昔の記録はそういうこともあると言われました』


 そこで俺は少し笑った。


 ちょうど昨日、父から似た話を聞いたばかりだった。


 数字を集めるのも人間なら、記録を書くのも人間だ。


 誰が何を見て、何を残したのかで、後世へ伝わる形は変わる。


 最後には、


『ほかにも違う本がないか探します。ヴェルシアナの家でも見つかったら教えてください』


 と書いてある。


 俺は読み終えると、そのまま机に便箋を広げた。


 最初の時ほど、どう返そうかと身構えることはなかった。


 王太子からの手紙というより、「同じことを調べている相手から続報が来た」という感覚の方が少し強くなっていたからだろう。


 こちらの本には回数が書かれていなかったこと。


 父から、古い記録には書き手による差があると聞いたこと。


 もし公爵家の書庫でも別の記録が見つかったら知らせること。


 そこまで書いてから、少し考える。


 旧街道をいつか見に行きたいと父へ話したことは、今回は書かなかった。


 まだ実際に行けると決まったわけでもないし、書いても話が広がりすぎる。


 代わりに、


『同じ出来事でも、残っている記録が違うのは面白いですね。どこが同じで、どこが違うのか比べてみたいです』


 と書いた。


 それだけで十分だった。


 手紙を閉じたあと、俺は机の上に残した旧街道の地図を見た。


 少し前まで、アレクシスは「婚約候補の王太子」であることの方が大きかった。


 今も、それが消えたわけではない。


 王族としての立場も、将来の話も、俺の中では依然として簡単に扱えるものではない。


 ただ、歴史の本について話している間だけは、そういうことをいちいち考えなくて済む。


 同じ疑問を持って、別々の場所で本を探し、見つけたことを送り合う。


 その程度の関係なら、今は悪くないと思えた。


 俺はもう一度地図を眺め、古い街道の先にある村の名を指で追った。


 橋は二度流されたのか、三度なのか。


 川が先に変わったのか、それとも橋が失われた結果として道が変わったのか。


 たぶん、どちらか一冊を読んだだけでは分からない。


 それが少し面白い。


 人についても、土地についても、最近はそういうことばかり増えている。


 一つ知るたびに答えが簡単になるのではなく、むしろ次の疑問が生まれる。


 以前の俺なら、それを面倒だと思ったかもしれない。


 今はもう少しだけ、その続きを知りたいと思う。


 王宮のどこかでは、おそらくアレクシスも別の本を開いている。


 その事実まで含めて、今日の調べ物は思っていたより楽しかった。

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