閑話 稀有なのは、才能だけではない
ヴィクトル・ラウゼンは、才能のある子供をそれほど珍しいとは思っていない。
もちろん、誰にでも優れた魔法の素質があるという意味ではなかった。
王立魔法研究院と関わる仕事を長く続けていれば、同年代より明らかに魔力量の多い子供や、一度教えられた術式を驚くほど早く理解する者、特定の系統へ幼い頃から強い反応を示す者に出会う機会は、一般の家庭教師よりずっと多い。
十年に一人の逸材だと周囲から持ち上げられた子供が、数年後には伸び悩むこともある。反対に、幼い頃には何の注目も集めなかった者が、十代の半ばを過ぎてから急激に頭角を現すことだってある。
だからヴィクトルは、五歳や六歳の子供に対して「天才」という言葉を使うことを好まなかった。
幼少期の魔力反応はまだ変化する。
身体が成長すれば扱える魔力量も増え、魔力経路も発達する。本人が何に興味を持つのか、どんな教師に出会うのか、どれほど練習を積むのかによって、十年後の姿など簡単に変わる。
何より幼い子供へ「あなたは特別だ」と教えすぎることには、それなりの危うさがあった。
特別であることを喜ぶのは悪くない。
自分が得意なものを誇ることだって、本来なら健全な感情だ。
しかし、それがいつの間にか「優れている自分でなければ価値がない」という考えへ変わってしまえば、自分より優れた者に出会った時、その子供はひどく脆くなる。
ヴィクトルは、そういう例を何人か知っていた。
だからアルセリード公爵家から一人娘の魔法教育を依頼された時も、最初から必要以上に期待するつもりはなかった。
父親であるレオルディス・アルセリードは、専門職の魔法使いではないものの、貴族の中では明らかに強い魔力を持つ人物だ。母親にも魔法の素養があり、血筋だけを考えるなら、娘にある程度以上の資質が現れること自体は不思議ではない。
ヴェルシアナが三歳の頃に一度確認した時にも、複数の系統へ反応があった。
それでも、その時点ではまだ何も決められなかった。
幼い子供の魔力など、輪郭の定まっていない水のようなものだ。
器が大きそうだからといって、何を注いでも溢れないとは限らないし、その器を本人が上手く扱えるかどうかは、また別の問題だった。
そう考えていたヴィクトルは、改めて五歳になったヴェルシアナの感応石を確認した時、自分の予想を少し上へ修正することになった。
石の内部へ広がった淡い紫色の光は、五歳児の反応としてはかなり強かった。
魔力量だけではない。
身体の中から魔力を引き出し、目的の場所まで流れを作る感覚も悪くない。むしろ、まだ自分自身の身体の扱いすら十分に理解しきっていない年齢であることを考えれば、流れを掴む速さは明らかに良かった。
問題があるとすれば、その先だった。
「強すぎます」
「……またですの?」
「またです」
ヴィクトルが淡々と答えると、ヴェルシアナは手元の感応石を見下ろしながら、はっきりと眉を寄せた。
五歳の少女が、思いどおりにならないことへ不満そうな顔をしているだけである。
それなのに妙に様になっていた。
淡い銀色の髪は大きな窓から入る光を受けると白に近く見え、その下にある赤紫色の瞳だけが、宝石を埋め込んだように鮮やかに浮かぶ。まだ幼さの残る顔立ちでありながら目鼻立ちは既に整っており、そこへ公爵家で教え込まれた姿勢の良さまで加わるため、黙って眉を寄せているだけで、見ている側の方が何か失礼をしたような気分になりそうだった。
以前の彼女について、屋敷の外でもいくつか噂を耳にしたことはある。
気難しい。
癇癪を起こす。
機嫌を損ねれば周囲が振り回される。
幼児に関する噂というものは、大抵の場合、本人の行動だけでなく、それを見た大人たちの解釈まで混ざって広がっていく。ヴィクトルは最初から半分程度しか信用していなかった。
ただ、目の前の表情を見れば、なぜ噂が必要以上に大きくなりやすかったのかについては、少しだけ理解できる。
この少女は、おそらく本人が思っている以上に顔へ力がある。
怒鳴らなくても、赤紫色の瞳を僅かに細めるだけで相手を緊張させるだろう。
しかも厄介なことに、不機嫌な顔まで非常によく似合っている。
「先生?」
ヴェルシアナから呼ばれ、ヴィクトルは思考を止めた。
「何でしょう」
「先ほどから、わたくしの顔を見ていらっしゃいますけれど」
「そうですね」
「魔力の流れは顔へ出るものなのです?」
「出ません」
「では、なぜ見ていたのです?」
思ったより鋭い。
ヴィクトルは少しだけ考えてから、誤魔化さず答えた。
「将来、黙っているだけで相手を必要以上に緊張させることがありそうだと思っていました」
ヴェルシアナが目を瞬いた。
「……それは、褒めていませんわよね?」
「魔法教師としては褒めていません」
「魔法教師ではなければ?」
「非常に公爵令嬢らしい顔立ちだとは思います」
今度は先ほどより少し深く眉が寄った。
やはり似合う。
ヴィクトルはその感想だけは口へ出さず、感応石へ視線を戻した。
「まずは表情より魔力の制御を覚えましょう」
「今の話を始めたのは先生でしょう?」
「そうでしたか」
「そうですわ」
そこで聞こえてきた返事は、驚くほど年相応だった。
見た目だけなら、気位の高い幼い公爵令嬢そのものなのに、中身まで常に堂々としているわけではない。
その落差が少し面白かった。
もっとも、魔法の素質そのものについて言えば、ヴェルシアナのものは明らかに高い。
火、水、風に対応した簡易的な反応板を用いた時にも、三つとも十分な反応が出た。その中では風への反応が最も強かったものの、それだけを見て「風が主属性だ」と決めつけるほどヴィクトルは性急ではない。
「では、わたくしは風の魔法が得意なのです?」
「今確認できた三つの反応の中では、風が比較的強かった。それだけです」
「それだけ?」
「それだけです」
「随分慎重ですのね」
「五歳のお子様へ、一度の検査だけで将来の適性を決めつける教師よりは慎重でいたいと思っています」
「これから変わることもあります?」
「十分にあります。今後、別の系統へ強い適性が見える可能性もありますし、現時点で反応が良いものが将来一番得意になるとも限りません」
ヴェルシアナは素直に頷いた。
そこで「なら風の天才なのですね」と喜ぶこともなければ、早く自分の一番得意なものを決めてほしいと急かすこともない。
むしろ、そのあと出てきた質問の方がヴィクトルには印象的だった。
「先生。才能があると言われることは、悪いことなのでしょうか」
ヴィクトルは僅かに目を細めた。
「なぜ、そう思われたのです?」
「才能があると言われれば、わたくしも嬉しいですわ。でも、そればかり褒められていたら、上手くできない時に、自分が嫌になったりしないのかと思いまして」
五歳の子供がする質問としては、少し妙だった。
才能があると言われれば、大抵の子供はまず喜ぶ。
それでいい。
ヴェルシアナ自身だって、成功を褒めれば分かりやすく嬉しそうな顔をするので、何もかも達観しているわけではなかった。
それなのに彼女は、褒められることを喜びながら、その喜び方が将来の自分へ何をもたらすかまで気にしている。
「才能があると褒めること自体は、悪いことではありません」
ヴィクトルはそう答えた。
「実際にあるものを、ないことにする必要もありません。あなたは同年代と比べれば魔力量が多く、魔力の流れを掴むのも早い。これは今確認できている事実です」
「はい」
「上手くできたなら、喜んで構いません。努力したなら、その努力も褒めればいい。しかし、才能があることと、あなたという人間の価値を同じものにしてはいけない。それだけです」
「……難しいですわね」
「五歳ですべて理解する必要はありません」
「先生は時々、わたくしを子供扱いしますわね」
「五歳のお子様ですので」
「そうでしたわ」
あっさり認めた。
それもまた、ヴィクトルには少し意外だった。
高い身分に生まれ、周囲から幼い頃から特別な扱いを受けている子供ほど、「自分は普通の子供とは違う」と思い込むことがある。
ヴェルシアナについて以前耳にした評判を考えれば、そういう部分があったとしても不思議ではなかった。
けれど今の彼女は、自分が五歳の子供であり、知らないことがいくらでもあるという事実を、思っていた以上に素直に受け入れているようだった。
◇
次の授業で感応石を使わせた時、ヴィクトルは一つの変化へすぐ気づいた。
「前回より、流れが安定していますね」
感応石の中へ広がる淡い紫色の光は、以前より明らかに穏やかだった。
一気に魔力を押し込むのではなく、細く一定に流そうとしている。
完全ではない。
ところどころ強弱は残っている。
それでも、五歳の子供が前回から短い期間で自分なりに改善してきたことは分かった。
「何か練習されましたか?」
尋ねると、ヴェルシアナは首を横へ振った。
「勝手に魔法を使うのは良くないと思いましたので、練習はしておりません」
そこは言いつけを守ったらしい。
「では、何か変えたことは?」
「ミレーヌに教えていただいたのです」
ヴィクトルは少しだけ眉を上げた。
「ミレーヌ嬢に?」
「ええ。光を作った時、わたくしよりずっと安定していましたでしょう?」
その事実自体はヴィクトルも知っている。
初歩的な光を作る技術については、ミレーヌの方が経験があり、現時点ではヴェルシアナより安定していた。
「それで、どのように魔力を出しているのか尋ねました。細く息を吐くような感じだと教えてもらったので、それを考えながら流しています」
ヴィクトルは感応石を見る。
確かに、前回とは違う。
技術的に特別高度な助言ではないが、幼い子供にとっては、理論より身体感覚へ置き換えた説明の方が理解しやすいことがある。
「分かりやすい説明ですね」
「わたくしもそう思いました」
「ミレーヌ嬢の方が、光の制御は上手だったわけですね」
「はい」
あまりにも普通に答えられたので、ヴィクトルは一度ヴェルシアナの顔を見た。
「悔しくありませんでしたか?」
「悔しかったですわ」
即答だった。
思わず少し笑いそうになる。
「では、よく教わろうと思いましたね」
その問いに、ヴェルシアナは本当に意味が分からないように目を瞬いた。
「上手な方がいるのなら、聞いた方が早いでしょう?」
今度こそ、ヴィクトルは少し黙った。
理屈だけなら、その通りである。
至極合理的だ。
しかし、理屈どおりにできることと、理屈を知っていることは別だった。
まして相手は七歳の少女で、自分より低い家格の家から来て、今は公爵家で侍女見習いとしても学んでいる立場にある。
それに対してヴェルシアナは、王国でも指折りの公爵家の一人娘だ。
幼い子供であればなおさら、「自分の方が上でなければならない」と感じても珍しくない。
実際、悔しくなかったわけではないらしい。
それなのに、悔しさと「相手の方が上手である」という事実を別々に扱っている。
「先生?」
「いえ」
「また顔を見ていらっしゃいました」
「今日は表情の話ではありません」
「では、何です?」
ヴィクトルは少し考えた。
「ご自分より上手な人から教わることを、それほど気にされないのだと思いまして」
「上手な方から教わらず、誰から教わりますの?」
もっともだった。
「……その通りですね」
返しながら、ヴィクトルは内心で認識を少し改めた。
才能のある子供は珍しくない。
身分の高い子供も珍しくない。
自尊心の強い子供だって、どこにでもいる。
しかし、自尊心を持ちながら、自分より上手くできた相手へ素直に方法を尋ねられる子供は、それらより少し数が減る。
何よりヴィクトルには、ヴェルシアナが誰かに見られていたから殊勝な態度を取ったわけではないことが分かる。
自分がその場にいたわけではない。
後から本人が、教師へ何の抵抗もなく「ミレーヌに教えてもらった」と申告しただけなのだ。
彼女の中では本当に、
自分より上手だった。
だから聞いた。
それだけなのだろう。
ヴィクトルには、その単純さが少し興味深かった。
◇
風を扱う訓練でも、ヴェルシアナの特徴はよく出た。
軽い羽根を、狙った距離だけ動かす。
強ければよいという課題ではない。
むしろ魔力量が多いヴェルシアナには、力を足すより抑える練習の方が必要だった。
「十センチです」
「分かりましたわ」
ヴェルシアナが羽根へ意識を集中させる。
風が生まれた。
羽根は勢いよく机の上を滑り、目標の印を大きく通り越した。
ヴィクトルが距離を確認する。
「二十八センチ」
ヴェルシアナの眉間に皺が寄った。
「……遠すぎますわね」
「ほぼ三倍です」
「数字にすると余計に嫌ですわ」
「距離を調整する訓練ですので、数字にしないと意味がありません」
次は弱すぎて四センチ。
その次は十五センチ。
さらに一度は風向きが横へ逸れ、羽根が目標から斜めに外れていった。
そのたびにヴェルシアナの表情が少しずつ険しくなっていく。
声を荒らげるわけでも、机を叩くわけでもない。
ただ赤紫色の瞳を細め、口元を僅かに引き結んで、羽根をじっと睨んでいる。
それだけなのに、妙に迫力があった。
もし数年後、社交界でこの少女が同じ顔を誰かへ向ければ、何人かは自分が何を失敗したのか必死に考えるだろう。
実際には、羽根を十センチ動かせないことへ腹を立てているだけなのだが。
ヴィクトルはその光景を眺めながら、本人が思っている以上に「悪役」めいた絵になる子供だと思った。
もっとも、今の彼女の怒りが向いている先は他人ではない。
自分の制御の下手さである。
「もう一度ですわ」
「どうぞ」
再び風が生まれる。
今度は羽根がほとんど真っ直ぐ進み、目標の印をほんの僅かに越えて止まった。
ヴィクトルが定規を当てる。
「十・二センチ」
先ほどまで気位の高い姫君のような顔をしていた少女の目が、一瞬で明るくなった。
「かなり近いですわね」
「十分でしょう。本日はここまでです」
「もう一度だけなら、十センチちょうどにできるかもしれません」
「しません」
「でも、今なら感覚が――」
「そう言って限界を超えるまで魔法を使い続け、翌日まで寝込んだ十二歳の少年を私は知っています」
ヴェルシアナが少し心配そうな顔をした。
「先生のお知り合いですの?」
「私です」
赤紫色の目が丸くなる。
少し離れたところにいたミレーヌも、思わずこちらを見た。
「先生にも、そんな時があったのですね」
「ありました。当時の教師には、それはもう叱られました」
「では、その先生には感謝しなくてはいけませんわね」
「なぜです?」
「先生が今、わたくしを止めてくださっているのでしょう?」
思いもしなかった返しだった。
ヴィクトルは僅かに間を置いた。
「……そういうことになりますね」
「その先生は、今もお元気ですの?」
「元気すぎるほどです。研究院で顔を合わせるたび、私の昔の失敗を若い研究員へ話します」
「面白そうですわ」
「私はまったく面白くありません」
ヴェルシアナが笑った。
先ほどまで羽根一枚を相手に、誰かへ決闘でも申し込むような顔をしていたとは思えないほど、今度は年相応に柔らかな表情だった。
怒っているように見える時には必要以上に華があり、笑えばその近寄りがたさが急に消える。
おそらく本人は、その落差にほとんど気づいていない。
魔力と少し似ている、とヴィクトルは思った。
持っているものそのものは大きい。
けれど、それが周囲へどれほど強く届くのかを、本人はまだ知らない。
五歳なのだから、それで当然だった。
◇
授業を終えたあと、ヴィクトルはレオルディスに呼び止められた。
書斎へ入り、その日の訓練について簡潔に報告する。
レオルディスは途中で話を遮らず、最後まで聞いてから尋ねた。
「魔力量については、やはり多いのか」
「多いですね」
「どの程度だ」
ヴィクトルは少し考えてから答えた。
「同年代の平均と単純に比較するなら、数倍規模になる可能性があります。ただし、五歳時点での反応を絶対視しないでください。今後の成長によって変動しますし、持っている量と実際に安全に扱える量は別です」
「分かっている」
「親御さんは大抵そうおっしゃいます」
レオルディスの視線が少しだけ鋭くなる。
「信用がないな」
「子供の魔法教育に関して、親御さん全般への信用が低いだけです」
「私個人ではない?」
「今のところは」
「光栄だ」
真顔で返された。
どうやらこの家の人間は、時々妙な返しをするらしい。
「ただし、魔力量以上に気になったことがあります」
ヴィクトルが続けると、レオルディスの表情が僅かに引き締まった。
「危険が?」
「逆です」
「逆?」
「ご令嬢は、ご自分の才能をかなり慎重に扱おうとしているように見えます」
今日までのやり取りについて話す。
才能を褒められること自体は嬉しいと認めていること。
しかし、それだけを自分の価値にしてしまうことを、まだ幼いなりに警戒しているように見えること。
レオルディスは黙って聞いていた。
「以前とは違う」
やがて公爵が言った。
「そうなのですか」
「三歳頃は、魔法が得意だと言われれば単純に喜んでいた。自分はすごいのだと話すことも多かった」
「三歳なら、かなり普通でしょう」
「そうか」
「かなり普通です」
ヴィクトルはそう答えてから、少し言葉を選んだ。
「ただ、今の慎重さがすべて良いとも限りません」
レオルディスが顔を上げる。
「才能があることを怖がりすぎる必要はないのです。上手くできれば喜べばいい。失敗を許すことと、成功を小さく扱うことは別ですから」
「本人にもそう言ったのか」
「伝えています」
「分かった」
「ご家庭でも、才能だけを褒める必要はありませんが、できたことまで当然として扱わないでください。努力したなら努力を、結果が出たなら結果を見ればいい」
レオルディスは一度頷いた。
ヴィクトルはそこで、もう一つ思い出した。
「それから、ミレーヌ嬢から魔力制御の感覚を教わったそうです」
「ミレーヌから?」
「ええ。初歩的な光の安定では、ご令嬢よりミレーヌ嬢の方が上手かった。それで本人から方法を尋ねたそうです」
レオルディスはしばらく何も言わなかった。
「何か問題が?」
「いえ。むしろ逆です」
今日は何度「逆」と言っただろう、と少し思う。
「本人は『上手い人に聞くのが一番早い』と考えているようです」
レオルディスの口元が僅かに緩んだ。
「ヴェルシアナらしいな」
「今のご令嬢は、そうなのですね」
その言い方に、レオルディスが一瞬だけ黙った。
ヴィクトルはそれ以上踏み込まなかった。
この家で何があったのか、彼はすべてを知っているわけではない。
高熱を出してから娘の様子が大きく変わったという話は耳にしているが、それを理由に勝手な物語を組み立てる気はなかった。
観測できないものを都合よく補完するのは、研究者としても教師としても悪い癖になる。
「公爵」
「何だ」
「ご令嬢は、面白いですね」
レオルディスの眉が僅かに上がる。
「魔法がか?」
「それもあります」
強い魔力。
覚えの速さ。
現時点で特に良好な風への反応。
それだけでも、教師として十分に興味深い生徒だ。
けれどヴィクトルの頭に浮かんだのは、感応石の中の紫色の光より、ミレーヌから教わった方法を当然のように説明していた時のヴェルシアナだった。
「才能のある子供は、これまでにもそれなりに見てきました」
「だろうな」
「高位貴族の子供も、自信のある子供も、負けず嫌いな子供も珍しくありません」
ヴィクトルは少しだけ間を置いた。
「ですが、負けたことを悔しがりながら、それでも相手の方が上手なら素直に教わればいいと考えられる子供は、少し数が減ります」
レオルディスは何も言わなかった。
「もちろん、これからもそうである保証はありません。まだ五歳ですし、人は変わりますから」
「随分と保険をかける」
「教師ですので」
「研究者ではなく?」
「両方です」
レオルディスの口元に僅かな笑みが浮かんだ。
「なら、これからも頼む」
「承知しました」
ヴィクトルは一礼して、書斎を出た。
◇
廊下を歩きながら、ヴィクトルは次の授業について考えていた。
魔力量についてなら、既に評価を上方修正している。
覚えの速さについても同じだった。
ただ、今すぐ難しい魔法を教えるつもりはない。
むしろヴェルシアナのような子供ほど、「強い魔法を使えるようになること」より、「必要以上に使わないこと」を先に覚えさせる必要がある。
力がある者にとって、力を出すことそのものは難しくない。
いつ止めるのか。
どこまでなら安全なのか。
感情が揺れた時にも、自分の判断を手放さずにいられるのか。
そういう部分の方が、後になれば重要になる。
ヴィクトルは、自分が十二歳の頃に限界を超えるまで魔力を使い、翌日まで寝込んだ時のことを思い出した。
当時の自分は、自分には才能があるのだから、他人より多く練習できると思っていた。
結果として倒れた。
教師からひどく叱られた。
今になれば、その教師の方が正しかったことくらい分かる。
ヴェルシアナも、おそらく失敗する。
魔力制御だけの話ではない。
あれほど大きな家に生まれ、高い魔力を持ち、幼い頃から人の目を引く容姿を持っているのなら、周囲が彼女へ期待するものも増えていくだろう。
その中で一度も間違えず成長するなど、あり得ない。
だから教師にできるのは、間違えない子供を作ることではなく、間違えた時にそこで終わらない方法を教えることなのかもしれない。
今日のヴェルシアナなら、少なくとも他人から学ぶことはできそうだった。
そして、自分の失敗を悔しがることもできる。
成功すればちゃんと嬉しそうにする。
それで十分だ。
才能そのものなら、ある程度は測れる。
感応石を使えば魔力量の傾向は分かるし、反応板を使えば現時点での適性も調べられる。制御の精度なら、羽根を何センチ動かせるかという数字にすることさえ可能だ。
けれど、その才能を持つ本人が、それをどのように受け止め、どう使おうとするのかを測る道具は存在しない。
自分より上手な者を見つけた時に、相手を引きずり下ろすのか。
自分の方が優れている部分を探して安心するのか。
それとも、悔しさを抱えたままでも「教えてほしい」と言えるのか。
そこに表れるものは、感応石よりずっと測りにくい。
そして、おそらく魔力量よりも長く、その人間の人生について回る。
ヴィクトルは歩きながら、次の訓練には何を使おうかと考えた。
強くする訓練ではなく、止める訓練。
出すより、出さないことを覚えさせる。
あの少女なら、きっと最初は不満そうな顔をするだろう。
銀色の髪の下で赤紫色の瞳を細め、何も知らない者が見れば自分が公爵令嬢の不興を買ったのではないかと心配するような、あの妙に華のある顔で。
けれど理由を説明すれば、おそらく考える。
納得できなければ質問する。
そして納得すれば、少なくとも一度は試してみるだろう。
それがいつまで続くかは分からない。
まだ五歳なのだから、これからいくらでも変わる。
だからこそ、少し見てみたいと思った。
アルセリード公爵家の一人娘が、既に与えられている数多くのものに飲み込まれることなく、それらを自分の手で扱える人間へ育っていくのか。
ヴィクトルにとって、その興味は魔力の大きさそのものより、少しだけ強かった。
才能のある生徒なら、これまでにもいた。
けれど、教える側がその先まで見てみたいと思う生徒は、それよりずっと少ない。
少なくとも今のヴィクトルには、ヴェルシアナ・アルセリードはそういう子供に見え始めていた。




