閑話 その顔を、もう少し見ていたい
アレクシス・アルヴェネアは、朝から三回も時刻を確認してはいない。
少なくとも本人は、そのつもりだった。
「殿下、あと半刻ほどでアルセリード公爵家の馬車が到着する予定でございます」
アルトリウス・ヴェルネンからそう告げられ、アレクシスは手にしていた本から顔を上げた。
「分かっています」
「左様でございますか」
返事をしたアルトリウスの表情は、いつもと変わらない。
だからこそ、少し気になった。
「何です?」
「何も申し上げておりませんが」
「今、何か思いました」
「殿下も陛下によく似てこられましたな」
「父上の話はしていません」
「これは失礼いたしました」
絶対に誤魔化された。
アレクシスは僅かに眉を寄せたものの、それ以上追及するのはやめて本へ視線を戻した。
しかし文字を二行ほど読んだところで、内容が頭へ入ってこないことに気づく。
窓の外はよく晴れていた。
これなら馬場も問題なく使えるだろう。
昨日のうちに厩務員へ確認したところ、ルークスの調子も良いらしい。ヴェルシアナが乗る予定の小柄な牝馬、フィアも人慣れしていて、おとなしい馬だと聞いている。
安全面については、きちんと大人たちが確認している。
なら、特に心配することはない。
そう思って本へ戻ろうとした時、廊下の向こうから時計の鐘が鳴った。
アレクシスは反射的に顔を上げる。
向かいに立っていたアルトリウスと目が合った。
「……何です」
「いえ」
「また何か思いました」
「今ので三度目でございます」
アレクシスは黙った。
「何がですか」
「時刻をご確認になられたのが」
「確認していません」
「鐘が鳴るたびに顔を上げておられます」
「鳴ったから見ただけです」
「最初は廊下の置時計を。二度目は私へ。三度目が先ほどの鐘でございました」
「アルトリウス」
「はい」
「そういうのを数えるのは、あまり良くないと思います」
真面目に言うと、アルトリウスはほんの僅かに口元を緩めた。
「以後、気をつけます」
まったく反省しているようには見えなかった。
アレクシスは本を閉じた。
どうせもう内容が頭へ入らない。
「別に、ヴェルシアナを待っているから時間を見ていたわけではありません」
「私はまだ、ヴェルシアナ様のお名前を出しておりません」
言われてから気づいた。
少し悔しい。
「馬場の予定が気になっただけです」
「なるほど」
「ルークスの準備もあります」
「既に整っております」
「フィアも」
「そちらも問題ございません」
「では、いいです」
「はい」
そこで会話は終わった。
終わったはずなのに、なぜか負けたような気がした。
◇
ヴェルシアナが到着すると、アレクシスは自分が思っていたより少しだけ安心した。
その理由については考えなかった。
前回会った時と同じ銀色の髪をしていたし、前回と同じ赤紫色の瞳でこちらを見た。ただ、正式な顔合わせだった前回よりも表情は柔らかく、互いに一度会っているというだけで、あの時よりずっと話しかけやすいように感じた。
それでも、彼女が王宮の廊下を歩いている姿はよく目立った。
まだ五歳なのに、幼い子供が着せられているというより、そのドレスが最初から彼女のために仕立てられていたように見える。淡い銀色の髪は歩くたび背中で揺れ、深い赤紫色の瞳は、明るい場所に出ると普段より少し鮮やかに見えた。
アレクシスは以前から、ヴェルシアナが綺麗な少女だとは知っていた。
周囲の大人たちもそう言っていたし、自分の目で見ても、それを否定する理由はない。
ただ前回は、婚約の話をどうするかばかり気にしていて、彼女の顔をゆっくり見る余裕などあまりなかった。
今日は少し違った。
ヴェルシアナが何か考える時には目元が僅かに細くなり、興味を引かれたものがあれば赤紫の瞳が分かりやすく動く。表情そのものは大きく変わらないのに、近くで見ていると意外なくらい分かりやすい。
そのことが少し面白かった。
「殿下」
「何です?」
「今日は、ずいぶんご機嫌ですわね」
突然言われ、アレクシスは少し驚いた。
「そう見えますか?」
「前にお会いした時よりは」
「ヴェルシアナも前より話します」
「そうでしょうか」
「そうです」
言い返すと、ヴェルシアナは少し考えるような顔をしたあと、小さく笑った。
「では、お互い様ですわね」
その言い方が気に入った。
王太子だから機嫌が良いのではなく、彼女だけが話しているわけでもない。
お互い。
そう言われると、二人の間に同じだけのものが置かれたような気がした。
◇
馬場へ到着すると、ルークスはいつものように落ち着いていた。
アレクシスが首を撫でると、灰白色の馬は慣れた様子で鼻先を寄せてくる。
隣では、ヴェルシアナがフィアを見ていた。
前回、自分が馬を見せたいと思った時には、彼女がどんな反応をするのか想像できなかった。
怖がるかもしれないし、興味がないかもしれない。それなら無理に勧めず、見るだけにすればいいと思っていた。
けれど実際のヴェルシアナは、思っていた以上に真剣な顔でフィアを観察していた。
「触っても?」
「大丈夫です。ゆっくり手を出せば」
教えると、彼女は慎重に手を伸ばした。
フィアが鼻先を寄せた瞬間、ヴェルシアナの肩がほんの少しだけ揺れる。
怖かったのかと思った。
しかし、すぐに表情が変わった。
「……温かいですわね」
「馬だから」
「それは分かっています」
「では、どうして驚いたのですか?」
「思っていたより、息が近かっただけです」
少し不満そうに返されて、アレクシスは笑いそうになった。
けれど笑ったら怒るかもしれないと思い、なんとか堪える。
「殿下」
「何です?」
「今、笑おうとしましたでしょう」
ばれていた。
「少しだけです」
「やっぱり」
ヴェルシアナの眉が僅かに寄った。
その瞬間、アレクシスは思わず彼女の顔を見た。
機嫌を損ねたと言っても、理由は馬の息に驚いたところを笑われかけたという、ひどく子供らしいものだ。それなのに、銀色の髪の下で赤紫の瞳が少し細められると、彼女の整った顔立ちは途端に別の印象を帯びた。
可愛らしいというより、綺麗だった。
気位の高い姫君が絵物語の中から抜け出して、そのまま目の前で不満を示しているように見える。
以前耳にした「アルセリード公爵家の令嬢は怖い」という噂を、アレクシスはほんの少しだけ理解した。
何も知らない相手がこの顔だけを見れば、怒らせてはいけないと思うかもしれない。
けれど今のアレクシスは、彼女が本気で怒っているわけではないことを知っている。
むしろ、普段の静かな顔よりも少し感情が表へ出ているせいで、目を離しにくかった。
「殿下?」
見すぎていたらしい。
「何です?」
「今度は何も言わずに見ていらっしゃいますけれど」
「……別に」
「それならよろしいですけれど」
ヴェルシアナは少し疑わしそうにこちらを見たあと、再びフィアへ向き直った。
アレクシスも慌ててルークスへ視線を戻す。
なぜ見ていたのかは、自分でもよく分からなかった。
ただ、以前の自分なら彼女が眉を寄せた瞬間に「怒らせたかもしれない」と身構えていただろう。
今はそれより先に、そんな顔もするのだと思った。
それだけでも、前回より彼女を少し知ったような気がした。
◇
騎乗そのものは、大きな問題もなく進んだ。
アレクシスはルークスへ乗り、ヴェルシアナは補助を受けながらフィアへ跨がった。
最初のうち、彼女はかなり真剣だった。
背筋を伸ばしすぎて、かえって身体が固くなっている。
「もう少し力を抜いた方がいいです」
「抜いております」
「抜けていません」
「殿下に分かりますの?」
「僕も最初はそうだったから」
そう答えると、ヴェルシアナがこちらを見た。
「殿下も?」
「最初から全部できたわけではありません」
当たり前だと思って言った。
けれど彼女は少し意外そうな顔をした。
「そうなのですね」
「何だと思っていたのですか」
「王太子殿下ですから、最初から器用にこなされるのかと」
アレクシスは少しだけ眉を寄せた。
そういう言葉は、これまで何度も聞いている。
王太子だからできる。
王太子だから優秀だ。
褒められているのだと分かっていても、時々そこに、自分が練習した時間まで消されてしまうような感じがすることがあった。
けれどヴェルシアナは、すぐに続けた。
「でも、違うのですね」
「違います」
「では、たくさん練習されたのですか?」
「はい」
今度はすぐ答えられた。
「最初は手綱を引きすぎたし、姿勢も何度も直されました。ルークスじゃない馬に乗った時は、一度すごく揺れて」
話し始めると、思ったより色々なことを思い出した。
怖かったこともある。
上手くできずに悔しかった日もある。
それでも乗れるようになりたくて続けた。
ヴェルシアナは途中で遮らずに聞いていた。
「それなら」
話し終えたところで、彼女がルークスへ視線を向ける。
「殿下は、馬がお上手なのではなく、上手になるまで練習されたのですね」
胸の奥が、少しだけ変な感じになった。
褒められたことなら何度もある。
騎乗姿勢が美しい。
王太子殿下は覚えが早い。
将来は立派な騎手になる。
そう言ってもらうことは嬉しかった。
けれど、今の言葉は少し違った。
上手いところではなく、そこへ来るまでの時間を見つけてもらったような気がした。
「……はい」
なぜか声が少し小さくなった。
「では、わたくしも練習すれば、もう少し力を抜けるようになります?」
「なります」
「本当に?」
「僕もなったから」
「それなら信じますわ」
ヴェルシアナはそう言って、また前を向いた。
それだけだった。
本人は何か特別なことを言ったつもりなどないのだろう。
けれどアレクシスには、そのあとの騎乗がいつもより少し楽しく感じられた。
◇
休憩の時、ヴェルシアナはフィアから降りるなり、小さく息を吐いた。
「思っていたより疲れますわね」
「最初はそうです」
「殿下は平気そうです」
「慣れていますから」
「それを先ほど説明していただきました」
「では聞かないでください」
「少しくらい言わせてくださってもよろしいでしょう」
そう言いながら、ヴェルシアナは用意されていた席へ腰を下ろした。
侍女が飲み物を準備する。
アレクシスも向かいへ座り、ルークスの様子を一度確認してからカップを手に取った。
「楽しかったですか?」
聞いてみる。
少しだけ緊張した。
自分が好きなものを見せたいと思って今日を待っていた。
もし「それほどでもありませんでした」と言われても怒るつもりはない。
けれど、できれば楽しかったと言ってほしい。
「楽しかったですわ」
ヴェルシアナはすぐに答えた。
胸の奥が軽くなる。
「でも、明日は筋肉痛になりそうです」
「きん……?」
「……身体が痛くなりそう、という意味ですわ」
聞き慣れない言葉だった。
「変な言い方ですね」
「そうですわね」
ヴェルシアナは一瞬だけ妙な顔をした。
時々こういうことがある。
年齢の割に妙な言葉を使ったり、逆に貴族令嬢としては不思議なくらい現実的なことを言ったりする。
理由は分からない。
けれど、それも含めてヴェルシアナなのだと思うようになっていた。
「また乗りますか?」
アレクシスが尋ねると、ヴェルシアナは少し考えた。
「機会があれば」
「では、また来ればいいです」
答えてから、少し早かったかもしれないと思った。
まだ今日の予定すら終わっていないのに、次の話をしている。
けれどヴェルシアナは特に気にした様子もなく、
「殿下がお嫌でなければ」
と返した。
「嫌ではありません」
今度は早すぎるくらいに答えた。
彼女の目が少し丸くなる。
「そうですの」
「何ですか?」
「いえ。殿下も、前より分かりやすくなったと思いまして」
「ヴェルシアナに言われたくありません」
「わたくしは分かりやすいですか?」
「時々」
「それは困りましたわね」
そう言って僅かに唇を尖らせた顔も、先ほど馬場で見た不満そうな表情ほど鋭くはないものの、妙に目を引いた。
ヴェルシアナは笑っていても綺麗だ。
けれど、少し機嫌を損ねたり、納得できずに眉を寄せたりした時には、普段の整った顔立ちに気の強さが混じり、かえって彼女らしく見えるのかもしれない。
そんなことを考えた自分が少し変な気がして、アレクシスはカップへ視線を落とした。
ヴェルシアナ本人は何も気づかず、もう機嫌を直したように飲み物へ口をつけている。
その切り替えの早さまで、何だか面白かった。
◇
ヴェルシアナが帰ったあと、王宮がいつもより静かに感じられた。
もちろん、本当に静かになったわけではない。
侍従たちはいつも通り廊下を行き交い、遠くからは衛兵の足音も聞こえる。馬場では厩務員たちが片づけをしていて、王宮全体は普段と何も変わっていない。
それでも、自室へ戻る途中のアレクシスには、朝から続いていた何かが急に終わったように感じられた。
「殿下」
隣を歩いていたアルトリウスが声をかける。
「何です」
「本日は楽しまれたようで何よりでございました」
「普通です」
「左様で」
「何ですか、その返事」
「特に意味はございません」
信用できない。
アレクシスは少し考えてから、朝のことを思い出した。
「それから、今朝のことですが」
「はい」
「僕は三回も時間を確認していません」
「そうでございましたか」
「一回目は時計を見ただけです。二回目はあなたが時間を言ったから聞いただけで、三回目は鐘が鳴ったので顔を上げただけです」
「なるほど」
「だから、確認したのは多くても一回です」
「承知いたしました」
「……納得していませんね」
「殿下がそうお考えなら、それでよろしいかと」
「父上みたいな言い方をしないでください」
アルトリウスが少しだけ笑った。
完全にからかわれている。
けれど不思議と腹は立たなかった。
◇
夕食のあと、アレクシスは父の執務室へ顔を出した。
特に呼ばれたわけではない。
用事があるわけでもなかったが、今日のことを少し話したくなった。
アルディオンは書類へ目を通していたものの、息子が入ってくると一度筆を置いた。
「今日はどうだった」
前にも聞かれた質問だった。
その時はずいぶん答えに困った。
今日は違う。
「楽しかったです」
すぐに言えた。
アルディオンが頷く。
「そうか」
それだけだった。
アレクシスは少し待った。
父はもう書類へ視線を戻している。
「……それだけですか?」
思わず聞くと、アルディオンが顔を上げた。
「何を言ってほしい」
「別に、何も」
「なら聞くな」
前なら少し冷たく聞こえたかもしれない。
今は、父が少し面白がっているのが分かる。
「ヴェルシアナは、馬に乗りました」
「聞いている」
「フィアという馬です」
「それも報告にあった」
「……全部知っているじゃないですか」
「王宮で起きたことだからな」
アレクシスは少し不満だった。
「では、僕が話すことがありません」
「報告書に書かれないことを話せばいい」
父の言葉に、少し考える。
報告書に書かれないこと。
ヴェルシアナがフィアの息の近さに少し驚いたこと。
その顔を笑おうとして、すぐに気づかれたこと。
不満そうに眉を寄せた時、噂で聞いていた「怖い公爵令嬢」が少しだけ分かった気がしたのに、実際には怖いというより、妙に綺麗だと思ってしまったこと。
そこまで思い出して、アレクシスはなぜか、その部分だけは父へ話さないことにした。
代わりに別のことを口にする。
「ヴェルシアナが、僕は上手くなるまで練習したんだと言いました」
アルディオンの視線が少し変わった。
「そうか」
「僕が最初からできたわけじゃないと話したら、そう言いました」
「嬉しかったのか」
聞かれて、アレクシスは少し考える。
「……はい」
「なぜだ」
また難しい質問をする。
けれど今回は、自分でも少し分かっていた。
「上手だと言われるのも嬉しいです。でも、それだけだと、僕が練習したことは誰も見ていないみたいになる時があります」
自分で口にして初めて、そう感じていたのだと分かった。
「ヴェルシアナは、そこを見たのか」
「たぶん」
「なら覚えておけ」
「何をです?」
「お前が嬉しかった理由をだ」
アルディオンは書類へ視線を戻しながら続ける。
「誰かに何をしてもらうと嬉しいのかを知ることは、自分が人へ何をするべきか考える時にも役に立つ」
アレクシスは父の言葉を少し考えた。
確かに、自分が努力を見てもらえて嬉しかったのなら、他の人が何かできた時にも、結果だけを見るのではなく、そこまでのことを聞いてみてもいいのかもしれない。
「分かりました」
「それから」
父が何でもない様子で付け加える。
「朝から三回も時刻を確認していたそうだな」
アレクシスの顔が上がった。
「アルトリウス!」
「ここにはいない」
「分かっています!」
父の口元が僅かに上がっている。
「三回ではありません」
「そうなのか」
「三回見ただけです」
「……アレクシス」
「何です」
「それを普通は確認したと言う」
しばらく何も言えなかった。
やはりアルトリウスは信用できない。
「ヴェルシアナが来るのを楽しみにしていただけです」
少し悔しくなって、正直に言った。
アルディオンは特に驚かなかった。
「そうか」
「笑わないのですか」
「なぜ笑う」
「アルトリウスは笑いました」
「あれは昔から性格が悪い」
「父上のお知り合いでしょう」
「知り合いの性格が良いとは限らん」
あまりにも当然のように言われて、アレクシスはとうとう笑った。
父もわずかに笑う。
それからアルディオンは、先ほどより少しだけ穏やかな声で尋ねた。
「また会いたいか」
「はい」
今度は一度も迷わなかった。
「そうか」
父はそれ以上何も聞かなかった。
◇
夜、自室へ戻ったあとも、アレクシスはなかなか眠くならなかった。
今日一日で身体はそれなりに疲れている。
騎乗の時間も長かったし、朝から少し落ち着かなかったせいもあるのかもしれない。
寝台へ横になりながら、今日のことを順番に思い返す。
ヴェルシアナは、最初より随分上手くフィアへ乗れるようになっていた。
途中ではまだ身体へ力が入っていたが、最後の方では少し自然になっていた。
次に乗れば、もっと上手くなるだろう。
自分だって、次に会う頃には今日より上手くなっていたい。
そうすれば、またヴェルシアナが気づくかもしれない。
そこまで考えて、アレクシスは少しだけ目を開けた。
なぜ、自分が上手くなったところをヴェルシアナに見てもらうことを前提にしているのだろう。
別に彼女へ褒めてもらうために騎乗を続けているわけではない。
王太子として必要な訓練でもあるし、何より自分自身が馬を好きだから続けている。
それでも、今日のように「練習したのですね」と言ってもらえたら、きっとまた嬉しい。
それに、次に会った時には、今日とは違う表情も見ることができるかもしれない。
笑った顔。
何かを考え込んでいる顔。
それから、ほんの少し不満そうに赤紫の瞳を細める、あの妙に綺麗な顔も。
そこまで思い出してから、アレクシスは布団の中で僅かに眉を寄せた。
なぜ最後のものまで思い出したのかは、自分でもよく分からない。
けれど父は、分からないことをすぐ誰かの答えで埋める必要はないと言っていた。
なら今は、「もう一度会いたい」というところまで自分で分かっていれば、それでいいのだろう。
次にヴェルシアナが来る日が決まったら、今度は三回も時間を確認したりはしない。
一度確認すれば十分だ。
そう決めて目を閉じたところで、ふと別のことを思った。
そもそも、次に会う予定はいつ決まるのだろう。
明日、アルトリウスに聞いてみてもいいかもしれない。
それは別に、待ちきれないからではない。
次の騎乗予定を考えるなら、早めに知っておいた方が都合がいいだけだ。
――少なくとも、アレクシス本人はまだ、そういうことにしていた。




