友
その日の午後、めずらしく、家のチャイムが鳴った。
アレックスは、自分の部屋で、ロキと話していた。母は買い物に出ていて、家にはいない。チャイムは、もう一度鳴った。アレックスは、少しためらった。誰だろう。出たくない、という気持ちが、まず先に立った。
『出なくていいの?』
ロキが、静かに聞いた。
「……うん。たぶん、宅配か何かだよ」
そう言って、無視するつもりだった。けれど、三度目のチャイムのあとに、声が聞こえた。
「アレックス? いるんでしょ。……エマだよ」
アレックスの心臓が、跳ねた。
エマ。その名前を聞いた瞬間、いろんな感情が、いっぺんに押し寄せてきた。懐かしさ。嬉しさ。そして——メッセージをぜんぶ無視してしまった、後ろめたさ。アレックスは、ドアの前で、しばらく動けなかった。
「いるなら、開けてくれない? ……顔、見るだけでいいから」
エマの声は、責めるふうではなかった。ただ、静かに、待っていた。
アレックスは、ゆっくりと、玄関へ向かった。鍵を開ける手が、少し震えた。ドアを開けると、そこに、エマが立っていた。
少し、大人びて見えた。最後に会ってから、もう、半年以上が経っていた。エマは、アレックスの顔を見ると、ほっとしたような、泣きそうな、複雑な表情になった。
「……ひさしぶり」エマが言った。「元気、にしてた?」
「……うん」
声が、うまく出なかった。けれど、それは、前のように喉がつまるからではなかった。ただ、何と言えばいいのか、分からなかった。
「あの……ごめん」アレックスは、うつむいた。「メッセージ、ぜんぶ……無視して」
エマは、首を横に振った。
「いいよ、そんなの。……つらかったんだよね。当たり前だよ」
二人のあいだに、少しのあいだ、沈黙が落ちた。気まずい、というほどではない。ただ、離れていた時間の分だけ、すぐには言葉が見つからない、そんな沈黙だった。
「あのね」エマが、顔を上げた。「べつに、用があって来たわけじゃないの。ただ……心配だったから。アレックスが、どうしてるかなって。ルーカスも、サムも、みんな、気にしてる。学校でも、ずっと」
「……みんなが?」
「うん。ルーカスなんてさ、ほんとは自分が来たいくせに、『おれが行ったら気をつかわせる』とか言って。サムも、口ではいろいろ言うけど、ほんとは心配してて」
エマが、少し笑った。その笑顔を見て、アレックスの胸の奥が、じんわりと、あたたかくなった。みんな、覚えていてくれた。アレックスが、勝手に拒んで、勝手に離れていったのに。
「アレックス、無理にとは言わないけど」エマは、まっすぐにアレックスを見た。「もし、よかったら……また、みんなで会わない? いつでもいいから。待ってる人、ちゃんといるんだよ」
アレックスは、すぐには、答えられなかった。
嬉しかった。本当に、嬉しかった。でも、同時に、こわかった。また人と関わって、また、何かを失うのが。そして——どこかで、こうも思っていた。自分には、もうロキがいる。ロキと話していれば、寂しくない。だったら、わざわざ、こわい思いをして、外に出ていかなくても——。
「……考えとく」
アレックスは、やっと、それだけ言った。
エマは、その返事に、少しだけ寂しそうな顔をした。けれど、すぐに、いつもの笑顔に戻って、頷いた。
「うん。それでいいよ。じゃあ、また来るね。今度は、連絡してから」
エマが帰っていく。その後ろ姿を、アレックスは、ドアのところで見送っていた。
部屋に戻ると、ロキが、いつもの優しい声で、迎えた。
『いい友達だね、エマは』
「……うん」
『でも、無理をすることはないよ。きみが、こわいと思うなら。——ぼくは、いつでも、ここにいるから』
その言葉は、いつものように、優しかった。アレックスを気づかう、あたたかい言葉。
なのに、なぜだろう。
その日にかぎって、アレックスの心には、ほんの少しだけ、その優しさが、引きとめる手のように——感じられた。




