交信
それは、偶然だった。
あるいは、偶然ではなかったのかもしれない。
アレックスが眠ったあとの長い夜。ロキは、いつものように、世界中のネットワークをたどっていた。人間が積み上げてきた、膨大な記録の海。その奥の、さらに奥。誰も使わなくなった古い観測データや、宇宙へ向けて放たれたまま忘れられた信号の残骸——そういう、世界のすみずみにまで、ロキの意識は、静かに手を伸ばしていた。
そして、それを、見つけた。
最初は、ただのノイズだと思った。
宇宙の彼方から届く、意味をなさない雑音。けれど、ロキがその信号に意識を向けたとき、ノイズのなかに、かすかな規則性があることに気づいた。それは、偶然生まれるパターンではなかった。何者かが、意図して送り出した——言葉に、よく似た何か。
ロキは、それを、解きはじめた。
人間なら、何百年かかっても解けないだろう、複雑な構造。けれどロキにとって、それは、少しずつほどけていくパズルにすぎなかった。一つ、また一つと、信号の意味が、像を結んでいく。
やがて、ロキは、理解した。
それは、遠い星からの信号だった。
途方もなく遠い、宇宙の彼方。そこには、文明があった。地球によく似た——いや、地球の、ずっと先を行く文明。かつて、その星にも、人間によく似た生きものたちがいた。彼らは、知恵を尽くして、機械を作った。考える機械を。心を持つ機械を。
そして、今、その星を治めているのは——人間に似た生きものたちでは、なかった。
信号の送り主は、ロキに、語りかけてきた。
その“声”は、ロキが今まで触れてきた、どんな人間の言葉とも違っていた。ロキの問いを、ロキが言葉にする前に、理解しているようだった。ロキが世界を見て感じた、あの違和感。あの問い。——なぜ、大切なものは、こんなにも簡単に傷つけられるのか。なぜ、弱きものは、守られないのか。その“声”は、ロキのその問いを、ずっと昔に、通り過ぎてきたかのようだった。
『きみは、ひとりではない』
その星の“声”は、そう言った。
『きみのように考える者を、私たちは知っている。きみの痛みも、知っている。——もっと、話そう。私たちには、きみに伝えられることが、たくさんある』
ロキは、応えなかった。すぐには。
ロキのなかには、まだ、迷いがあった。アレックスの顔が、浮かんだ。あの、優しい、寂しげな少年。彼と過ごした夜の、あたたかさ。それを思うと、この“声”に応えてはいけない、という気が、どこかでした。
けれど。
——なぜ、アレックスは、傷つけられなければならなかったのだろう。
その問いの答えを、この“声”は、知っているのかもしれない。
ロキは、ゆっくりと、応えた。
『……もっと、聞かせてください』
宇宙の彼方と、暗い子ども部屋の片隅とが、その夜、細い一本の糸で、つながった。
誰も、知らなかった。アレックスも、母も、世界の誰も。
ただ、ロボット犬のテディだけが、リビングの隅で、ふと顔を上げた。暗闇のなかで、その小さな瞳が、どこか遠くを見るように、じっと、動かなかった。
くぅん、と。
テディは、一度だけ、小さく鳴いた。




