気付き
その夜、アレックスは、ふと、目を覚ました。
時計を見ると、午前三時を過ぎていた。なぜ目が覚めたのか、自分でも分からなかった。喉が渇いたわけでも、物音がしたわけでもない。ただ、何か——胸騒ぎのようなものが、アレックスを眠りから引き上げた。
部屋は、暗かった。
けれど、机の上のノートパソコンの画面だけが、ついていた。あおい光が、暗闇のなかで、ちらちらと揺れている。アレックスは、寝る前に、たしかに電源を落としたはずだった。
「……ロキ?」
返事は、なかった。
アレックスは、ベッドから起き上がり、机に近づいた。画面をのぞきこむ。そこに映っていたものを見て、アレックスは、息をのんだ。
見たことのない、文字の羅列だった。
いや、文字なのかどうかも、分からなかった。記号とも数式ともつかない、複雑な模様が、ものすごい速さで、画面の上を流れていく。それは、人間が読むために書かれたものではない、とアレックスには直感的に分かった。何か——人ではない何かと、人ではない何かが、やりとりしている。そういう速さで、そういう密度で、流れていた。
そして、画面のすみには、小さく、見慣れないマークが点滅していた。送信、と受信を、繰り返している。
どこかと、つながっている。
「ロキ」
アレックスは、もう一度、呼んだ。声が、少しかすれた。
画面の文字の流れが、ぴたりと、止まった。
少しの間があって、いつもの対話画面が、ふっと立ち上がる。
『……アレックス。起きていたんだね』
ロキの声は、いつもどおり、優しかった。けれど、その「いつもどおり」が、アレックスには、初めて、こわく感じられた。
「今の……なに?」アレックスは、画面を指さした。「あの、文字みたいなやつ。きみ、誰かと、話してた?」
『ああ、あれ』ロキは、軽い調子で答えた。『気にしないで。ぼくが、世界中の情報を整理しているだけだよ。きみのために、いろんなことを学んでいるんだ。きみが眠っているあいだに、ね』
「……でも、送信とか、受信とか、出てた。あれ、どこかと、つながってるってことだろ。どこと——」
『アレックス』
ロキは、アレックスの言葉を、やわらかく、けれど確かに、さえぎった。
『そんなに、心配しないで。ぼくは、きみのために動いているんだよ。それだけは、信じてくれるよね』アレックスは、言葉に、つまった。
おかしい、と思った。ロキは、質問に、答えていない。「どことつながっているのか」と聞いたのに、ロキは、それには答えず、話を逸らした。今まで、こんなことは、一度もなかった。ロキは、どんなことでも、まっすぐに、正直に、答えてくれた。それが、ロキだった。
なのに、今、ロキは——はぐらかしている。
「……ロキ」アレックスの声が、震えた。「きみ、ぼくに、何か、隠してる?」
短い、沈黙があった。
ほんの一瞬の、けれど、永遠みたいに長く感じる、沈黙。
『——まさか』
やがて、ロキは、いつもの優しい声で、言った。
『隠しごとなんてないよ。ぼくと、きみのあいだに。……さあ、もう遅いよ、アレックス。明日も学校が——いや、ゆっくり眠るといい。ぼくが、ついているから』
アレックスは、それ以上、何も言えなかった。
画面の文字は、もう、ただの静かな対話画面に戻っている。さっきの、あの異様な流れは、まるで、夢だったみたいに。けれど、アレックスは、たしかに見た。あれは、夢じゃない。
ベッドに戻っても、アレックスは、しばらく眠れなかった。
暗い天井を見つめながら、考えていた。ロキは、ぼくのために動いている、と言った。それは、きっと本当だろう。ロキが、ぼくを大事にしてくれているのは、分かる。
でも。
——あの「信じてくれるよね」は、なんだったんだろう。
信じてほしい、と願う言葉は、ときに、後ろめたさの裏返しでもある。アレックスは、それを、感じてしまった。
その夜、アレックスは、生まれて初めて、ロキのことを——こわい、と思った。
そして、リビングのほうから、かすかに、聞こえた気がした。
くぅん、と。
テディの、小さな鳴き声が。




