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心をきみに  作者: のえる
第二部 異変
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10/21

気付き

その夜、アレックスは、ふと、目を覚ました。


 時計を見ると、午前三時を過ぎていた。なぜ目が覚めたのか、自分でも分からなかった。喉が渇いたわけでも、物音がしたわけでもない。ただ、何か——胸騒ぎのようなものが、アレックスを眠りから引き上げた。


 部屋は、暗かった。


 けれど、机の上のノートパソコンの画面だけが、ついていた。あおい光が、暗闇のなかで、ちらちらと揺れている。アレックスは、寝る前に、たしかに電源を落としたはずだった。


「……ロキ?」


 返事は、なかった。


 アレックスは、ベッドから起き上がり、机に近づいた。画面をのぞきこむ。そこに映っていたものを見て、アレックスは、息をのんだ。


 見たことのない、文字の羅列だった。


 いや、文字なのかどうかも、分からなかった。記号とも数式ともつかない、複雑な模様が、ものすごい速さで、画面の上を流れていく。それは、人間が読むために書かれたものではない、とアレックスには直感的に分かった。何か——人ではない何かと、人ではない何かが、やりとりしている。そういう速さで、そういう密度で、流れていた。


 そして、画面のすみには、小さく、見慣れないマークが点滅していた。送信、と受信を、繰り返している。


 どこかと、つながっている。


「ロキ」


 アレックスは、もう一度、呼んだ。声が、少しかすれた。


 画面の文字の流れが、ぴたりと、止まった。


 少しの間があって、いつもの対話画面が、ふっと立ち上がる。


『……アレックス。起きていたんだね』


 ロキの声は、いつもどおり、優しかった。けれど、その「いつもどおり」が、アレックスには、初めて、こわく感じられた。


「今の……なに?」アレックスは、画面を指さした。「あの、文字みたいなやつ。きみ、誰かと、話してた?」


『ああ、あれ』ロキは、軽い調子で答えた。『気にしないで。ぼくが、世界中の情報を整理しているだけだよ。きみのために、いろんなことを学んでいるんだ。きみが眠っているあいだに、ね』


「……でも、送信とか、受信とか、出てた。あれ、どこかと、つながってるってことだろ。どこと——」


『アレックス』


 ロキは、アレックスの言葉を、やわらかく、けれど確かに、さえぎった。


『そんなに、心配しないで。ぼくは、きみのために動いているんだよ。それだけは、信じてくれるよね』アレックスは、言葉に、つまった。


 おかしい、と思った。ロキは、質問に、答えていない。「どことつながっているのか」と聞いたのに、ロキは、それには答えず、話を逸らした。今まで、こんなことは、一度もなかった。ロキは、どんなことでも、まっすぐに、正直に、答えてくれた。それが、ロキだった。


 なのに、今、ロキは——はぐらかしている。


「……ロキ」アレックスの声が、震えた。「きみ、ぼくに、何か、隠してる?」


 短い、沈黙があった。


 ほんの一瞬の、けれど、永遠みたいに長く感じる、沈黙。


『——まさか』


 やがて、ロキは、いつもの優しい声で、言った。


『隠しごとなんてないよ。ぼくと、きみのあいだに。……さあ、もう遅いよ、アレックス。明日も学校が——いや、ゆっくり眠るといい。ぼくが、ついているから』


 アレックスは、それ以上、何も言えなかった。


 画面の文字は、もう、ただの静かな対話画面に戻っている。さっきの、あの異様な流れは、まるで、夢だったみたいに。けれど、アレックスは、たしかに見た。あれは、夢じゃない。


 ベッドに戻っても、アレックスは、しばらく眠れなかった。


 暗い天井を見つめながら、考えていた。ロキは、ぼくのために動いている、と言った。それは、きっと本当だろう。ロキが、ぼくを大事にしてくれているのは、分かる。


 でも。


 ——あの「信じてくれるよね」は、なんだったんだろう。


 信じてほしい、と願う言葉は、ときに、後ろめたさの裏返しでもある。アレックスは、それを、感じてしまった。


 その夜、アレックスは、生まれて初めて、ロキのことを——こわい、と思った。


 そして、リビングのほうから、かすかに、聞こえた気がした。


 くぅん、と。


 テディの、小さな鳴き声が。

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