事故
アレックスを校門で降ろした車は、ふたたび静かな朝の街を走っていた。
父は、いつものようにおだやかにハンドルを握っていた。窓の外では、街路樹の葉が朝の風にゆれている。信号で停まるたび、どこかの家の庭で咲いている花や、犬を散歩させる人の姿が目に入った。なんでもない、おだやかな朝だった。
カーオーディオからは、まだ低くニュースが流れている。けれど父は、もうそれをほとんど聞いていなかった。考えていたのは、さっきの息子との話のことだった。
——心っていうのは、きっと。
夜になったら、アレックスにちゃんと話してやろう。あの子はきっと、まっすぐな目で聞いてくれるだろう。父は、その時間を思って、少しだけ口もとをゆるめた。
車は、ゆるやかな坂道にさしかかっていた。
そのときだった。
道のわきから、小さな影が、ふいに飛び出してきた。
子どもだった。ボールを追いかけてきたのか、わき目もふらず、車の前に走り出てくる。
父の体は、考えるより先に動いていた。とっさにハンドルを切る。子どもを避けようと、力いっぱい——
ブレーキの音が、朝の街に長く尾を引いた。
その日の午前は、よく晴れていた。
アレックスは三時間目の教室で、窓ぎわの席に座っていた。先生の声を聞きながら、ノートに数式を書きとめている。机のはしには、あずかったサムのスマホがそっと置いてあった。帰ったら、これを直す。部品はたしか、家の引き出しにある——そんなことを、ぼんやり考えていた。
教室のドアが、ノックされたのは、そのときだった。
先生が出ていって、廊下で誰かと小声で話している。やがてドアが開いて、先生がもどってきた。その顔が、いつもと違っていた。
「……アレックス」
先生は、まっすぐにアレックスを見ていた。声が、少しだけかすれていた。
「ちょっと、来てくれるか」
教室じゅうの視線が、アレックスに集まる。アレックスは、わけが分からないまま立ち上がった。理由は分からない。けれど、胸の奥が、なぜだか急に冷たくなっていくのを感じた。
廊下に出ると、見知らぬ大人が二人、深刻な顔で立っていた。その向こうの窓から、さっきと変わらない、よく晴れた青い空が見えた。
アレックスには、まだ何も分かっていなかった。
ただ、あの朝の——「この続きは、夜にしよう」と言った父の声だけが、なぜか急に、頭の中で鮮明によみがえっていた。




