登校路
校門へつづく通学路は、朝の光でいっぱいだった。
アレックスが歩道を歩いていると、うしろから軽い足音が近づいてきた。
「アレックス!」
ふり返ると、エマだった。肩で息をしながら、こちらに駆けてくる。アレックスの胸が、コトンと小さく跳ねた。
「あ……エマ。おはよう」
「おはよう。今日もぎりぎりだね」エマはいたずらっぽく笑った。「いつも一人で、なに考えながら歩いてるの?」
「べつに……なんも、考えてないよ」
ほんとうは、さっきの父との話を考えていた。けれど、それをうまく言葉にできなくて、アレックスはただ目をそらした。エマはそれ以上聞かずに、となりに並んで歩きはじめる。
二人のあいだに、しばらく心地よい沈黙がながれた。
「アレックスってさ」エマがふいに口を開いた。「機械のこと、ほんとに詳しいよね。この前も、先生のパソコン直してたでしょ」
「あれは……ただ、配線がゆるんでただけだよ。誰でも直せる」
「誰でも直せないって」
エマが笑う。その笑顔を、アレックスはまともに見られなくて、また前を向いた。
そんな二人の前に、つやつやした黒い車が一台、すっと停まった。
ドアが開いて降りてきたのは、サムだった。仕立てのいい服を着て、いかにも得意げな顔をしていた。「やあ、二人とも。おはよう」
サムは挨拶もそこそこに、ポケットから新品のスマートフォンを取り出して、ひらひらと振ってみせた。「見てよこれ。昨日、父さんに買ってもらったんだ。今いちばん新しいやつ。きみのなんかより、ずっといい性能だよ、アレックス」
「へえ……すごいね」
「すごいだろ。カメラもこんなに——」
そのときだった。
「おーい!」
うしろから大きな声がして、地ひびきみたいな足音が近づいてきた。ルーカスだ。体の大きなルーカスは、にやにや笑いながらサムの背後に回りこむと、
「サム、なに自慢してんだよ。ちょっと貸せって!」
「わっ、やめろよルーカス!」
ルーカスがスマホに手をのばす。サムがとっさに引っこめる。二つの手のあいだで、新品のスマートフォンが宙に舞った。
あっ、と三人の声が重なる。
スマホは、こつん、と硬い音を立てて歩道に落ちた。
「…………」
サムがおそるおそる拾いあげる。画面には、ひびが大きく走っていた。電源を押しても、もう何も映らない。
「……こわれてる」サムの声が、ふるえていた。「昨日……買ってもらったばっかなのに……」
ルーカスの顔から、さっと笑いが消えた。
「お、おれ……そんなつもりじゃ……」
ルーカスはおろおろと口ごもっていたが、サムの今にも泣きそうな顔を見ると、急にばつが悪くなったらしく、
「わ、悪い! あとでなんとかするから!」
そう言いのこして、逃げるように校舎のほうへ走っていってしまった。
「あっ、ルーカス! 待てよ!」
サムが呼びとめても、ルーカスはふり返らない。あとには、こわれたスマホを手にしたサムと、アレックス、エマが取りのこされた。
サムは、こわれた画面をじっと見つめたまま、うつむいていた。いつもの得意げな顔は、すっかりしぼんでしまっている。
アレックスは、少しためらってから、口を開いた。
「……サム。それ、ちょっと見せて」
「え?」
サムが顔を上げる。アレックスは、そのスマホを受け取ると裏返したり、画面をのぞきこんだりした。
「画面と、たぶん中の部品が少し外れてるだけだと思う。部品さえ取りよせれば……うん、直せるよ」「……ほんとに?」
「うん。今日、学校から帰ったら、うちで直してあげる。夕方には使えるようにするよ」
サムは、しばらくぽかんとアレックスを見ていた。それから、ほっとしたように、ほんの少しだけ笑った。
「……ありがと、アレックス」
「気にしないで。こういうの、得意だから」
エマが、となりでやわらかく笑っているのが分かった。
「アレックスって、やっぱりやさしいね」
「そ、そんなんじゃ……」
アレックスは、また顔を赤くして下を向く。
三人は、ふたたび校門に向かって歩きだした。朝のチャイムが、もうすぐそこで鳴ろうとしていた。




