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心をきみに  作者: のえる
第一部 孤独
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3/21

登校路

校門へつづく通学路は、朝の光でいっぱいだった。


 アレックスが歩道を歩いていると、うしろから軽い足音が近づいてきた。


「アレックス!」


 ふり返ると、エマだった。肩で息をしながら、こちらに駆けてくる。アレックスの胸が、コトンと小さく跳ねた。


「あ……エマ。おはよう」


「おはよう。今日もぎりぎりだね」エマはいたずらっぽく笑った。「いつも一人で、なに考えながら歩いてるの?」


「べつに……なんも、考えてないよ」


 ほんとうは、さっきの父との話を考えていた。けれど、それをうまく言葉にできなくて、アレックスはただ目をそらした。エマはそれ以上聞かずに、となりに並んで歩きはじめる。


 二人のあいだに、しばらく心地よい沈黙がながれた。


「アレックスってさ」エマがふいに口を開いた。「機械のこと、ほんとに詳しいよね。この前も、先生のパソコン直してたでしょ」


「あれは……ただ、配線がゆるんでただけだよ。誰でも直せる」


「誰でも直せないって」


 エマが笑う。その笑顔を、アレックスはまともに見られなくて、また前を向いた。


 そんな二人の前に、つやつやした黒い車が一台、すっと停まった。


 ドアが開いて降りてきたのは、サムだった。仕立てのいい服を着て、いかにも得意げな顔をしていた。「やあ、二人とも。おはよう」


 サムは挨拶もそこそこに、ポケットから新品のスマートフォンを取り出して、ひらひらと振ってみせた。「見てよこれ。昨日、父さんに買ってもらったんだ。今いちばん新しいやつ。きみのなんかより、ずっといい性能だよ、アレックス」


「へえ……すごいね」


「すごいだろ。カメラもこんなに——」


 そのときだった。


「おーい!」


 うしろから大きな声がして、地ひびきみたいな足音が近づいてきた。ルーカスだ。体の大きなルーカスは、にやにや笑いながらサムの背後に回りこむと、


「サム、なに自慢してんだよ。ちょっと貸せって!」


「わっ、やめろよルーカス!」


 ルーカスがスマホに手をのばす。サムがとっさに引っこめる。二つの手のあいだで、新品のスマートフォンが宙に舞った。


 あっ、と三人の声が重なる。


 スマホは、こつん、と硬い音を立てて歩道に落ちた。


「…………」


 サムがおそるおそる拾いあげる。画面には、ひびが大きく走っていた。電源を押しても、もう何も映らない。


「……こわれてる」サムの声が、ふるえていた。「昨日……買ってもらったばっかなのに……」


 ルーカスの顔から、さっと笑いが消えた。


「お、おれ……そんなつもりじゃ……」


 ルーカスはおろおろと口ごもっていたが、サムの今にも泣きそうな顔を見ると、急にばつが悪くなったらしく、


「わ、悪い! あとでなんとかするから!」


 そう言いのこして、逃げるように校舎のほうへ走っていってしまった。


「あっ、ルーカス! 待てよ!」


 サムが呼びとめても、ルーカスはふり返らない。あとには、こわれたスマホを手にしたサムと、アレックス、エマが取りのこされた。


 サムは、こわれた画面をじっと見つめたまま、うつむいていた。いつもの得意げな顔は、すっかりしぼんでしまっている。


 アレックスは、少しためらってから、口を開いた。


「……サム。それ、ちょっと見せて」


「え?」


 サムが顔を上げる。アレックスは、そのスマホを受け取ると裏返したり、画面をのぞきこんだりした。


「画面と、たぶん中の部品が少し外れてるだけだと思う。部品さえ取りよせれば……うん、直せるよ」「……ほんとに?」


「うん。今日、学校から帰ったら、うちで直してあげる。夕方には使えるようにするよ」


 サムは、しばらくぽかんとアレックスを見ていた。それから、ほっとしたように、ほんの少しだけ笑った。


「……ありがと、アレックス」


「気にしないで。こういうの、得意だから」


 エマが、となりでやわらかく笑っているのが分かった。


「アレックスって、やっぱりやさしいね」


「そ、そんなんじゃ……」


 アレックスは、また顔を赤くして下を向く。


 三人は、ふたたび校門に向かって歩きだした。朝のチャイムが、もうすぐそこで鳴ろうとしていた。

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