車中の対話
車は住宅街をぬけて、ゆるやかな坂道をのぼっていく。窓の外を、見慣れた街並みが流れていった。カーオーディオからは、低い音量でニュースが流れている。アレックスは、はじめはぼんやりと聞き流していた。けれど、アナウンサーの声がある話題に移ったとき、ふと耳がそちらへ向いた。
『——AIの開発競争は世界規模でさらに加速しています。専門家は、人工知能がこの十年で人間の知能に追いつき、あるいは追いこす可能性もあると指摘しており——』
ニュースは、そう告げていた。
アレックスは膝の上で指を組んだまま、しばらくその声に耳をかたむけていた。やがて、まるで独り言のように、ぽつりと口を開いた。
「ねえ、父さん」
「ん?」
「AIって……いつか、人間みたいになれるのかな」
父は、まっすぐ前を見たまま運転していた。
「人間みたいに、って?」
「うまく言えないけど」アレックスは窓の外に目をやった。「計算が速いとか、物をおぼえるとか、そういうんじゃなくて……もっと、こう……心、みたいなもの。うれしいとか、さみしいとか。そういうのを、本当に感じるAIって、作れるのかな」
父はすぐには答えなかった。
ハンドルを握る手はおだやかなままで、けれどその横顔が、ほんの少し考えこむように引きしまったのをアレックスは見ていた。父はこういうとき、いつもすぐには答えない。子どもだましの返事をしない人だった。アレックスの問いを、いつも大人に向けるのと同じだけ真剣に受けとめてくれる。それが、アレックスは好きだった。
「……難しい質問だな」
しばらくして、父は静かにそう言った。
「父さんも、ずっとそのことを考えてる」
ハンドルを握ったまま、父はゆっくりと言葉をつづけた。
「いつか、心を持っているように見えるものは、作れるかもしれない。でもね、アレックス。本当に難しいのは、作れるかどうかじゃなくて……」
赤信号で、車がゆっくりと停まった。
父は何か言いかけて、口をつぐんだ。ちょうどそのとき、フロントガラスの向こうに、見慣れた校舎の門が見えてきたからだ。信号が青に変わる。
「——着いちゃったな」
父は小さく笑った。
「この続きは、夜にしよう。ちゃんと話したいんだ、この話は。今夜、夕ごはんのあとでどうだ?」
「……うん」
アレックスは、少しだけ物足りない気持ちで頷いた。けれど、それも悪くないと思った。父とこういう話をゆっくりできる夜は、アレックスにとって、いちばん好きな時間だったから。
車が校門の前でとまる。
「いってきます」
「ああ、いってらっしゃい。気をつけてな」
アレックスはドアを開けて、車を降りた。ふり返ると、父が運転席から軽く手を上げていた。あのおだやかな笑顔のまま。
その手を、アレックスも小さく振りかえした。
車は、また静かに走りだしていった。




