朝の見送り
全21話完結
朝の光は、まだ少しだけ夜の冷たさを残していた。
アレックスが玄関のドアを開けると、やわらかな金色の陽射しが芝生の上にのびて、家の前に停まった車をそっと照らしていた。空気は澄んでいて、息を吸うと胸の奥がひんやりした。どこかで小鳥が鳴いている。なんでもない、いつもどおりの朝だった。
「行ってきます」
アレックスが振り返ると、玄関に立つ母がエプロンで手を拭きながら、にっこり笑って頷いた。その足元から、小さな影がぱたぱたと駆けてくる。テディだ。
父がアレックスの小さい頃に作ってくれたロボット犬は、本物の子犬とほとんど見分けがつかないくらいよくできていて、茶色がかった毛並みを朝の光にきらめかせながら、アレックスの足にちょこんと前足をのせた。
「テディ、いってくるね」
アレックスは身をかがめて、その小さな頭を撫でた。冷たい金属の芯を、やわらかな毛がやさしく包んでいる。テディは尾を振って、まんまるの瞳でアレックスを見上げた。
車の運転席で、父が窓を下ろした。
「アレックス、乗りなさい。遅れちゃうぞ」
おだやかな声だった。父はいつもそうだ。声を荒げることもなく、急かすこともなく、ただ静かにそばにいてくれる。アレックスにとって、それは朝の光みたいに当たり前のことで、当たり前すぎて、ありがたいと思ったこともなかった。
「うん」
助手席に回ろうとしたとき、足元のテディが、ふいに鳴いた。
くぅん、と。
本当に小さな、耳を澄まさなければ聞こえないくらいの声だった。アレックスは気づかなかった。母も気づかなかった。朝の空気にすぐ溶けて消えてしまう、それくらいかすかな声。テディは車のほうをじっと見つめたまま、もう一度だけ、喉の奥で小さく鳴いた。
「いってくるよ、テディ」
父が運転席から、テディと母に向かって軽く手を上げた。毎朝そうしているみたいに、慣れた手つきだった。母が手を振り返す。テディは尾を振るのをやめて、ただじっと車を見ていた。
アレックスはシートに乗り込んで、ドアを閉めた。
エンジンの低い音とともに、車はゆっくり動きだす。サイドミラーの中で、母とテディの姿がだんだん小さくなっていった。アレックスは、それをぼんやり眺めていた。




