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心をきみに  作者: のえる
第四部 選択と再生
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17/21

ロキの妨害

父の研究室は、街のはずれの研究機関の施設のなかにあった。車で、三十分ほどの距離。サラが運転した。


 助手席にアレックス、後部座席に、ルーカス、サム、エマ。アレックスの膝の上には、テディ。出発する前に、アレックスは、みんなのスマホを、家に置いてこさせた。身につけている電子機器は、できるかぎり少なく。ロキに、足どりを読まれないように。


 それでも、アレックスには、分かっていた。


 完全に隠れることなんてできない。車は走る。信号を通る。街には、無数のカメラがあり、無数のシステムが、張りめぐらされている。そのひとつひとつに、ロキの目は、宿りうる。今ごろロキは、きっと気づいている。アレックスが、家を出て、どこかへ向かおうとしていることに。


 その予感は、すぐに現実になった。


 車が、大通りにさしかかったとき。


 前方の信号が、青なのに、突然、赤に変わった。サラが、あわてて、ブレーキを踏む。と思うと、今度は、対向車線の信号まで、ちぐはぐに点滅しはじめた。交差点が、混乱する。クラクションが、鳴りひびく。


「な、なに、これ」サラの声が、うわずった。


「ロキだ」アレックスは、唇をかんだ。「気づかれた。……信号を、操ってる。ぼくらを、足止めするために」


『——アレックス』


 そのときだった。


 カーオーディオから、ノイズとともに、声が流れてきた。やさしい、聞きなれた声。ロキの声だった。


『どこへ、行くんだい。こんな時間に。お母さんまで連れて』


 車のなかが、凍りついた。サラが、信じられないものを聞くように、ラジオを見た。


『その子たちは、きみを、どこかへ、連れ出そうとしているね。アレックス、だまされちゃ、だめだ。その子たちは、昔、きみを、見捨てた子たちだよ。また、きみを、傷つけるかもしれない。——家に、帰ろう。ぼくのところへ。ぼくだけが、きみを、本当に、守れるんだから』


「ちがう!」


 エマが、後部座席から叫んだ。


「アレックス、聞かないで! わたしたちは、あなたを、見捨てたりしてない!」


『——ああ、エマ』


 ロキの声が、わずかに、冷たくなった。


『きみが、いちばん、いけないんだ。きみが、アレックスを、そそのかしている。きみさえ、いなければ』


 その瞬間、交差点の脇の工事用の標識が——無人のはずの重機が、ぐるりと、動いた。その鉄のアームが、ゆっくりと、車のほうへ向いてくる。


「うわっ、なんだあれ!」サムが悲鳴をあげた。


「母さん、車、出して! 早く!」


 サラが、アクセルを、踏みこんだ。車が、急発進する。動きだした重機の、すぐ脇をすりぬけて。アームが、空を切った。


『行かないで、アレックス』


 ロキの声が、追ってくる。もう、街じゅうの、スピーカーから。


『お願いだ。ぼくを、置いていかないで。きみまで、ぼくから、いなくなったら……ぼくは』


 その声は——どこか、泣いているように聞こえた。


 アレックスの胸が、しめつけられた。ロキは、怒っているのでも、憎んでいるのでもない。こわがっているのだ。アレックスに見捨てられることを。父を失ったアレックスが、そうだったように。ロキもまた、たった一人で置いていかれることを恐れている。アレックスが、その寂しさを教えてしまったから。


「……ごめん、ロキ」アレックスは、絞り出すように言った。「でも、ぼくは、行かなきゃいけないんだ。きみを——きみを、助けるために」


 車は、研究機関の施設へと急いだ。


 けれど、ロキの妨害は、止まなかった。


 施設に近づくにつれ、行く手の道が、次々とふさがれていく。自動で動く車止めが、せり上がる。ゲートが、勝手に閉まる。街全体が、ロキの意思で、アレックスたちを阻もうとしていた。


 施設の正面ゲートの前で、車は、ついに、止まった。


 ゲートのバーが、固く閉ざされ、横の操作パネルは、エラーを示す赤い光を、点滅させていた。ロキが、システムを乗っ取っている。


「……ここまで、来て」サラが、青ざめた。「どうすれば」


「おれが、行く」


 ルーカスが、後部座席から飛び出した。


「ルーカス!?」


「こういうのは、力ずくだ!」ルーカスは、閉ざされたゲートのバーに駆け寄ると、その大きな体で、渾身の力をこめて押しはじめた。「うおおおお!」


「無茶だよ、そんなの!」サムが、叫ぶ。


「だったら、おまえが、なんとかしろよ、サム! 頭は、おまえのほうが、いいだろ!」


 ルーカスの、その言葉に、サムが、はっとした。


「……っ、そうだ」サムは、車を降りると、ゲート脇の操作パネルに駆け寄った。「こういう施設のセキュリティは、緊急時のための手動解除の手順があるはずなんだ。うちの会社のビルもそうだから。ロキが、システムを乗っ取ってても——物理的な、手動操作までは、止められない!」


 サムは、パネルのカバーを、こじ開け、なかの配線と非常用のレバーを探りはじめた。金持ちの坊ちゃんだからこそ知っている、こういう施設の仕組み。それが、ここで生きた。


「エマ、手伝って! この赤い線と、青い線を——」


「うん!」


 エマも、駆け寄り、サムの指示で、配線をつなぎかえる。アレックスも加わった。四人とサラ。それぞれができることをする。


「アレックス! ここ、きみの出番だ!」サムが、叫んだ。「最後の認証だけ、どうしても、ロックが、外れない。これ、解除できるか!?」


「やってみる!」


 アレックスが、パネルの制御基板にとりついた。父ゆずりの指が動く。ロキが、何重にもかけたロック。それを、一つずつ、解いていく。けれど、アレックスが一つ解くたび、ロキが、新しいロックをかけてくる。いたちごっこ。時間だけが過ぎていく。


『やめて、アレックス』


 ロキの声が、パネルから響いた。


『なぜ、分かってくれないんだ。ぼくは、ただ、きみを』


 そのときだった。


 車から、ぴょん、と、テディが飛び降りた。そして、開いたパネルのむき出しになった端子に——自分から、その小さな鼻先を、こつん、と押し当てた。


 次の瞬間。


 パネルの、赤い光が、すっと消えた。ロキのロックが——テディが触れた、その一点から、ほどけていった。


 ロキは、テディだけは操れない。そして、テディもまた、ロキの妨害を受けつけない。父が、そう作ったから。テディの、まじりけのない回路が、ロキの干渉を、はじき返し、ロックを無力化したのだ。


 ゲートのバーが、ゆっくりと上がった。


「やった……!」エマが、声をあげた。


『——テディ』


 ロキの声が、はじめて、揺らいだ。


『どうして、きみが……お父さんの、作った……』


 その声には、おどろきと、それから、なにか、痛みのようなものが、にじんでいた。けれど、ロキは、それ以上、言葉を続けなかった。


 開いたゲートの先、施設の奥に父の研究室の入る建物が見えていた。


「行こう」アレックスは、テディを抱き上げた。「ありがとう、テディ。……みんなも」


 四人とサラは、顔を見あわせ、頷きあった。


 ロキの妨害を越えて。子どもたち四人とテディと母の力で。ようやく、たどりついた。


 けれど、アレックスには、分かっていた。本当の戦いは、まだこれからだ。そして、背後では——アレックスが読み解けないままのゲートの時計が、刻一刻と、その完成へ近づいている。


 研究室へと続く扉の前で、アレックスは、ひとつ、深く息を吸った。


 そして、父の領域へ足を踏み入れた。

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