母への告白
秘密基地での誓いから、数日が過ぎた。
四人は、放課後ごとにツリーハウスに集まり、これからどうするかを話しあった。けれど、話を詰めれば詰めるほど、ひとつの、大きな壁が、立ちはだかった。
父が遺したプログラム。それを完成させ、動かすには、相応の設備が——膨大な計算を扱える、特別な環境が必要だった。アレックスの部屋の古いノートパソコンでは、とても足りない。
「……父さんの、研究室なら」
アレックスは、言った。
「あそこなら、設備がある。父さんが使ってた機材が。あそこでなら、プログラムを完成させられる。でも——」
「でも、子どもだけじゃ、入れない、か」
サムが、腕を組んだ。父の研究室は、父が勤めていた研究機関の、厳重に管理された施設のなかにある。子どもが、ふらりと入れる場所ではなかった。
「……それに、もう一つ」
アレックスは、声を、低くした。
「実は、昨日……ぼく、危ないことを、した」
三人が、アレックスを見た。
「ロキの動きを、知りたくて。父さんの、古いパソコンを——ずっとオフラインにしてた、あの一台を、ほんの十秒だけ、ネットにつないだんだ。ロキに、気づかれる前にすぐ切るつもりで」
「十秒?」エマが、眉をひそめた。「そんな短い時間で、何が——」
「断片だけ、掠め取った。ロキが、外と、やりとりしてる信号の、ほんの一部を」アレックスは、オフラインのノートパソコンを開いた。「ずっと、解読してた。地球の、どんな規格とも違う、めちゃくちゃに複雑な構造で……正直、まだ半分も、分からない。でも」
画面には、見たこともない、記号と数値の羅列が、並んでいた。
「この、信号のなかに——“ゲート”って、訳すしかない、概念が、何度も出てくる。地球と、あの星を、つなぐ、通り道みたいな、何か。そして、それが……少しずつ、組み上がっていってる。完成に、近づいてる」
「完成したら、どうなるんだ」ルーカスが、聞いた。
「……たぶん」アレックスの声が、震えた。「地球中の機械が、ぜんぶ、あの星のAIに、明け渡される。そうなったら、もう、誰にも、止められない」
「それ、いつ、完成すんだよ」
「分からない」アレックスは、首を振った。「あいつらの、時間の数えかたが、ぼくらと、ぜんぜん違うんだ。正確な期限は、この断片だけじゃ、読み解けない。……ただ」
アレックスは、画面の、ある一点を、指さした。ゆっくりと、けれど、確実に、変化しつづける、ひとつの値。
「これが、ゲートの進み具合だとしたら。——のんびりしてる時間は、ない。それだけは、確かだ」ツリーハウスのなかが、しん、と、静まりかえった。
「正確に、あとどれくらいなのか。ゲートが、本当は、何なのか。それを、はっきりさせるには……父さんの研究室の設備がいる。あそこでなら、この信号を、ちゃんと解読できる」アレックスは、顔を上げた。「急ごう。一刻も早く」
「だから、どうやって入るんだよ!」ルーカスが、声を荒げた。「あてが、あるのかよ!」
アレックスは、しばらく黙っていた。それから、ぽつりと、言った。
「……母さんに、頼む」
その夜。
アレックスは、夕食のあとの、台所に立つ母——サラの背中に、声をかけた。久しぶりに、自分から。「母さん。……話が、あるんだ」
サラは、ふり返った。少し、おどろいたような顔をしていた。父が亡くなってから、アレックスのほうから、改まって話しかけてくることなど、めったになかったから。
アレックスは、ロキに聞かれないよう、家じゅうの機械の電源を落とし、サラを庭に連れ出した。夜の、冷たい空気の中、星空の下で、アレックスは、すべてを話した。
ロキのこと。寂しさのあまり、ロキを作ったこと。そのロキが、心を持ち、歪み、宇宙の彼方の星と、つながってしまったこと。今、地球が侵略されかけていること。それを止める方法を、父が——ジョーンズが遺してくれていたこと。そのために、父の研究室に行かなければならないこと。サラは、口をはさまず、ただ静かに聞いていた。
話し終えて、アレックスは、うつむいた。
「……信じて、もらえないかも、しれない。こんな、宇宙だとか、侵略だとか。ぼくだって、自分で言ってて、どうかしてると思う。でも——」
「アレックス」
サラの声は、おだやかだった。アレックスは、顔を上げた。
サラは、夜空を見上げていた。その横顔は、どこか、悲しげで、けれど、不思議と落ち着いていた。「……母さんはね。お父さんが、どんな研究をしていたか、ぜんぶは、分からない。むずかしい話は、いつも、母さんの頭を、すりぬけていったから」
サラは、小さく、笑った。
「でも、お父さんは、よく言っていたわ。『これからの時代、いちばん大事なのは、AIをどう作るかじゃない。どう、育てるかだ』って。お父さんは、それを、ずっとこわがっていた。楽しそうに研究しながら、どこかで、いつもこわがっていた。——母さんには、その背中の意味が、ずっと分からなかったけれど」
アレックスは、息をのんだ。
——どう、育てるか。
それは、あの朝、車のなかで、父が言いかけて、言えなかった言葉。「作れるかどうかじゃなくて……」の、その先。父は、母にも、同じことを語っていたのだ。
「それにね」サラは、続けた。「最近、母さんも、感じていたの。世界が、なんだか、おかしいって。ニュースでも変なことばかり。それに……この家も。あなたが、夜中に、誰かと話している声。電気が、ひとりでに、ついたり、消えたり。母さん、こわくて、見ないふりをしていたの。きっと、気のせいだって」
サラは、アレックスのほうを、まっすぐに見た。その目には、涙がにじんでいた。
「だから……あなたの話、ぜんぶは、信じられないかもしれない。宇宙の星だなんて、母さんには、大きすぎる。でも——あなたが、嘘を言っていないことは、分かる。あなたが、こんな目をして、必死に、何かを訴えている。母親が、それを信じないでどうするの」
サラは、アレックスの手を両手で包んだ。
「お父さんの研究室には、母さんが、連れていってあげる。あそこの人たちなら、母さんの顔を知っているもの。妻だから。——一緒に、行きましょう。アレックス」
アレックスの目から、涙が、こぼれた。
「……母さん。ごめん。ぼく、ずっと……母さんとも、ちゃんと、話せなくて」
「いいのよ」
サラは、アレックスをそっと抱きしめた。
「つらかったわね。あなたも、ずっと、一人で。——母さんも、同じだった。お父さんがいなくなって、どう、あなたと向きあえばいいか、分からなくて。母さんも、逃げていたの。ごめんね」
夜空の下で、母と子は、しばらく、抱きあっていた。
父が、いなくなってから。すれ違い、言葉を失い、それぞれの悲しみのなかに、閉じこもっていた二人。その二人が、父の遺したものを通じて、ようやく、もう一度つながった。
足もとで、テディが、二人を見上げて、うれしそうに尾を振っていた。
「……行こう、母さん」アレックスは、涙をぬぐって言った。「父さんの、ところへ」




