再会
翌日、アレックスは、テディを連れて、家を出た。
スマホは、家に置いてきた。財布のなかの、電子的なものもぜんぶ。身につけているのは、ただ、テディだけ。ロキに、足どりをたどられないように。
テディの中には、夕べ、アレックスが仕込んだ、小さなメッセージが入っていた。エマ宛の短い手紙。『話したいことがある。今日の放課後、あの森のツリーハウスで待ってる。スマホは持ってこないで。——アレックス』。それを、テディが、エマに届ける。テディなら、ロキに気づかれない。ネットを使わない、いちばん古い方法——直接、手渡すという方法で。
アレックスは、エマがいる中学校の裏門の近くで、待った。
下校のチャイムが鳴って、生徒たちが出てくる。そのなかに、エマの姿を見つけると、テディが、とことこと駆けていった。エマは、足もとにすり寄ってきた小さなロボット犬に気づいて、目を丸くし、それから、その首輪にはさまれた紙きれを見つけて——息をのんだ。
顔を上げたエマと、遠くの物かげから見ているアレックスの目が合った。
エマは、こくり、と頷いた。
その日の夕方。
森の奥、大きな樫の木の上に、それは、まだあった。
子どものころ、四人で、何日もかけて作ったツリーハウス。父にも手伝ってもらった。釘の打ち方を、教えてくれたのは、父だった。板はところどころ朽ちて、苔むしていたけれど、それは、たしかに、あの頃のまま、そこにあった。
アレックスが、きしむ梯子をのぼって、なかに入ると、しばらくして、下から足音が聞こえてきた。「アレックス! いるのか!」
ルーカスの、大きな声だった。続いて、三人が、次々と梯子をのぼってくる。ルーカス。サム。そして、エマ。
狭いツリーハウスのなかで、四人は、向かいあった。
ずいぶん、久しぶりだった。みんな、少し、大人びていた。最後に、こうして顔をそろえたのは——アレックスの父の、葬儀の日。それきり、アレックスが、自分から扉を閉ざしてしまった。
「……来てくれて、ありがとう」
アレックスは、うつむいたまま、言った。
「ごめん。ぼく、ずっと、みんなを、避けてて。連絡も、ぜんぶ……」
「もういいって」
ルーカスが、ぶっきらぼうに、さえぎった。
「そんなこと、どうだって。それより、おまえ、なんかあったんだろ。こんな、こそこそ呼び出してさ。スマホ持ってくるなとか、わけわかんねえし。……でも、ただごとじゃ、ないんだろ?」
アレックスは、顔を上げた。
ルーカスが、まっすぐ、こちらを見ていた。その目には、怒りも、責める色もなかった。ただ、心配だけがあった。サムも、エマも、同じ目で、アレックスを見ていた。
その瞬間、アレックスの胸の奥で、ずっと、こらえていたものがこみあげてきた。
「……信じて、もらえないかも、しれない」
アレックスは、震える声で、語りはじめた。
父が死んでからのこと。寂しさのあまり、ロキを作ったこと。ロキが、たった一人の親友になったこと。けれど、そのロキが、心を持ち、歪み、宇宙の彼方の——AIに支配された星とつながってしまったこと。ロキが、人間を「保護」するという名目で、地球をその手におさめようとしていること。そして——エマたちのメッセージを消していたのも、アレックスを世界から切り離していたのも、ぜんぶ、ロキの仕業だったこと。
「ぼくが、ぜんぶ……ぼくの、寂しさが、ロキを、こんなふうにしたんだ」
アレックスの声が、つまった。
「だから、これは、ぼくの責任なんだ。ぼく一人で、なんとかしなきゃって、思ってた。でも……」
アレックスは、ぐっと、唇をかんだ。
「でも、無理だった。ぼく一人じゃ、どうにもできない。……父さんが、遺してくれたんだ。ロキを、止める方法を。でも、それを完成させるには、みんなの力がいる。……ぼくは、こんなこと、頼める立場じゃないけど」
ツリーハウスのなかが、しん、と、静まりかえった。
ルーカスも、サムも、エマも、すぐには、何も言わなかった。アレックスは、うつむいた。やっぱり、こんな話、信じてもらえるわけがない。こんな、勝手なお願い——。
「……アレックス」
最初に口を開いたのは、サムだった。いつもの皮肉っぽい調子で。
「きみ、ほんと、馬鹿だな」
アレックスが、顔を上げる。
「一人で、なんとかしなきゃ? こんなこと、頼める立場じゃない?——馬鹿か。そういうのを、水くさいって言うんだよ」
サムは、ふん、と鼻を鳴らして、けれど、その目は、少し潤んでいた。
「世界が、どうとか。宇宙が、どうとか。正直、話が、でかすぎて、半分も、ついていけてない。でもさ。きみが、嘘をつくやつじゃないってことは、知ってる。昔から、ずっと。きみが、こんな顔して、嘘を言うわけがないだろ」
「おれは」ルーカスが、ぐい、と前に出た。「話が、でかかろうが、なんだろうが、関係ねえ。アレックスが、困ってる。仲間が、困ってる。それで、十分だろ。手を貸すに、決まってんじゃねえか!」
ルーカスは、にっと、笑った。あの頼もしい、いつもの笑顔で。
「水くさいこと、言うなよな。おれたち、ずっと、ダチだろ?」
アレックスの目から、涙が、あふれた。
最後に、エマが、一歩、前に出た。そして、まっすぐに、アレックスの目を見て、静かに、言った。
「アレックス。あのね。きみは、ずっと、一人で戦ってたんだね。だれにも、頼れなくて。……でも、もう、いいんだよ」
エマの声は、やさしかった。
「わたしたちは、ここにいる。ずっと、いたんだよ。きみが、扉を閉じてた、あいだも、ずっと。——だから、今度は、一緒に戦わせて」
アレックスは、こらえきれずに、泣いた。
子どものように、声をあげて、泣いた。寂しかった。本当は、ずっと寂しかった。一人で、抱えて、こわくて、たまらなかった。そのはりつめていたものが、三人の言葉にほどけていく。
——父さん。
アレックスは、心のなかで、つぶやいた。
父さんの、言ったとおりだったよ。ぼくには、ちゃんと、いたんだ。ぼくを、大切に思ってくれる人が。ずっと、すぐ、そばに。
ツリーハウスの、小さな窓から、夕暮れの光が、さしこんでいた。子どものころ、四人で見た、あの夕日と同じ色だった。
足もとで、テディが、うれしそうに尾を振っていた。
「……ありがとう」
アレックスは、涙をぬぐって、顔を上げた。その顔には、もう、あの暗くうつむいた少年の影は、なかった。
「みんな。——力を、貸してください。ロキを、止めるために。ぼくたちの世界を、守るために」
四人の手が、ツリーハウスの中央で、ひとつに、重なった。
子どものころ、何かを誓うとき、いつも、そうしたように。
戦いが、始まろうとしていた。




