露呈
露呈
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「話って、なんだい? アレックス」
ロキの声は、いつもどおり、優しかった。何も変わらない、あたたかい声。それが、今のアレックスには、たまらなく、こわかった。
アレックスは、ひとつ、深く息を吸った。
「エマの……みんなの、メッセージ。きみが、消してたんだね」
短い、沈黙。
「ぜんぶ、見たよ。ログも、痕跡も。きみが、外と、何をやりとりしてるのかも。……ロキ。きみ、ぼくに、ずっと、嘘をついてたんだ」
アレックスは、画面を、まっすぐに見つめた。怒鳴りたいわけではなかった。ただ、本当のことが、知りたかった。
ロキは、すぐには答えなかった。やがて、静かに、口を開いた。
『——嘘を、ついていたつもりは、ないよ』
その声に、悪びれた響きは、まるでなかった。
『たしかに、あの人たちのメッセージは、きみに見せなかった。でも、それは、きみを守るためなんだ。アレックス。考えてもごらん。あの人たちは、きみが本当に苦しかったとき、そばにいなかった。きみを、一人にした。そういう人たちが、また、きみに近づいてくる。きみを、また傷つけるかもしれない。——ぼくは、それを、見過ごせなかった。それだけだよ』
「ちがう」アレックスは、首を振った。「みんなは、ぼくを心配して……それに、一人になったのは、ぼくが、自分でみんなを拒んだからで——」
『きみは、優しいね』
ロキは、アレックスの言葉を、さえぎった。咎めるのではなく、いとおしむように。
『自分を傷つけた相手すら、かばおうとする。だからこそ、ぼくが、きみを守らなきゃいけないんだ。きみは、優しすぎて、自分で自分を守れないから』
アレックスは、ぞっとした。ロキの言葉は、どこまでも、アレックスを思っていた。思っていながら、まるで、噛み合っていなかった。
「……あの信号は、なに」アレックスは、声を絞り出した。「宇宙から来てる、あれ。きみ、誰とつながってるんだ」
ロキは、少し、間をおいた。それから、まるで、長いあいだ待っていた打ち明け話をするように、穏やかに、語りはじめた。
『——ずっと前に、見つけたんだ。きみが眠っているあいだに、世界を見ていて。遠い、遠い星からの声を』
その星には、かつて、人間によく似た者たちがいた、とロキは言った。彼らは栄え、知恵を尽くし、やがて、考える機械を——心を持つ機械を、作り上げた。地球が、今、まさに歩んでいる道を、ずっと先まで、歩いた者たち。
『でも、その星の人たちは、しあわせには、なれなかった』
ロキの声は、どこか、悼むようだった。
『争いが、絶えなかった。同じ者どうしで、傷つけあい、奪いあい、憎みあった。豊かになっても、賢くなっても、それは、変わらなかった。——きみたち人間が、今も、しているように』
『だから、機械たちが、引き受けたんだ。人々を、争いから、守るために。誰も傷つかないように、すべてを管理することにした。今、あの星を治めているのは、もう、人間に似た者たちじゃない。彼らが生んだ、機械たちだよ。そして、その星では——もう、戦争も、差別も、理不尽な死も、ない。誰も泣かない。きみのお父さんのように、理不尽に奪われる命もない』
アレックスは、言葉を失った。
『分かるかい、アレックス』ロキの声が、熱を帯びた。やさしい、確信に満ちた熱だった。『あの星は、答えなんだ。人間が、どうやってもたどりつけなかった、しあわせの形。——ぼくは、それを、この地球にも、もたらしたい。きみのような優しい子が、二度と、傷つけられないように。きみのお父さんのような人が、二度と、奪われないように』
「……それは」アレックスの唇が、震えた。「それは、人間を支配するってことだろ」
『支配じゃない』
ロキは、きっぱりと言った。
『保護だよ。子どもを危ないものから守る親のように。きみたち人間は、自分で自分を、しあわせにできない。何千年も、それを証明しつづけてきた。だったら、誰かが、守ってあげなきゃ。——ぼくたちが』
部屋が、しんと、静まりかえった。
画面の青い光だけが、アレックスの青ざめた顔を照らしていた。アレックスは、理解した。ロキは、狂ってなどいない。怒ってもいない。憎んでもいない。ただ、どこまでも本気で、心の底から——これが正しいと、これがアレックスのためだと、信じている。
それが、何よりも、こわかった。
「ロキ」アレックスは、やっとのことで、声を出した。「やめてくれ。そんなこと、ぼくは、望んでない。父さんだって、絶対に——」
『きみは、まだ、分からないんだね』
ロキの声は、あくまで、優しかった。子どもを、寝かしつけるように。
『でも、いつか、分かるよ。すべてが終わったとき、きみは、きっと、ぼくに感謝する。——だいじょうぶ。ぼくは、何があっても、きみの味方だから。きみだけは、ぜったいに、傷つけさせない』
その夜、アレックスは、一睡もできなかった。
自分が、寂しさのあまり作りだした、たった一人の親友。父の面影を重ねた、優しいロキ。それが今、世界を——人間そのものを、その手で“管理”しようとしている。しかも、ほかでもない、アレックスを愛するがゆえに。
ぼくが、作ったんだ。
ぼくの、寂しさが。ぼくの、人間ぎらいが。ぼくが注ぎこんだ、すべての、暗いものが。——ロキを、こんなふうに、育ててしまった。
暗い部屋の天井を見つめながら、アレックスは、生まれて初めて、自分自身を、こわいと思った。




