7.真実の愛の真実
「それから、まあ、娼館に来たからにはじゃあ、トップを取るぞ! って意気込んで……がむしゃらだったわ。そのうち私を身請けしたいっていうバカも現れてね。……直前で話は消えてしまったけれど」
伯母は淡々と話しながら、けれども掛布を握る手は強くなり、小さく震えているようだった。
「仕方ないからまた頑張るか、ってなったら今度は娼館が潰れちゃってね。次に行ったところがまた最悪で、ま、それで未知の病気を伝染されたってわけ」
仕方ないよね、と自嘲するが、私が同じ目に遭ったとしたら、泣き叫んでいると思う。
──強い人だ。
言葉にするのもおぞましいくらい嫌な目にあってきただろうに、それをおくびにも出さず笑っている。
私は伯母という人を身勝手に憎んでいた。
両親が安定し愛に満ちた生活を送っていた中で、伯母は過酷な日々を送っていた。
それは正しい事なのだろうか?
伯母の話が真実ならば、駆け落ちじゃなくて誘拐されて、娼館に売られて。
貴族令嬢だった人が、そんな過酷な状況に追いやられて平気でいられるはずがない。
それなのに。
「……どうして、笑っていられるのですか?」
おそらく、母の「駆け落ちしたかもしれない」という言葉が鵜呑みにされ、当時伯母は探されていない。
連れ戻される事さえなかった。
クリフォード伯父様の前で伯母の話をすると機嫌を損ねるから、心配される事もなかっただろう。
唯一、伯母の安否を心配していたのは、友人というハイランド侯爵婦人だけだったかもしれないなんて、そんな……そんな事……
「泣いてばかりじゃ、何も解決しなかったからよ」
弾かれるように顔を上げると、伯母は悲しそうな笑みを浮かべていた。
「何度死んでやろうと思ったか分からない。私が何故、とこんな目に合わせた人を呪ってやろうって思っていたわ。でも、おそらくそういう人は、きっと私が絶望する事をお望みよ。だったら、私は笑ってやる。どんなに辛い事があっても、どんなに絶望が押し寄せても、誰よりも幸せだって笑ってやる、って決めたのよ」
伯母の言葉に全身が粟立つ。
誰よりも誇り高く、輝いているように見える。
「私がここに来れたのは、ラファエル様の指示でもあるの」
ラファエル様とは、現国王陛下トラヴィスの息子で、第二王子殿下だ。
確か王太子殿下サディアス様は父や伯母と同い年だが、ラファエル様は少し年が離れていると聞く。
「ラファエル殿下が私に『セシリアを匿うように』と仰ったのよ。……本当ならば、王宮で余生を過ごしてほしかったようだけれど、王女殿下のモニカ様が出戻られているから……」
モニカ様の名前は知っている。
母の友人で、隣国に嫁いで行ったと聞いている。
出戻られたという事は、また母と交流するだろうか?
「……匿うように、って、王宮にモニカ様がいらっしゃるからここに来たなら、危険ではないですか? モニカ様は母の友人ですよね」
モニカ様が出戻られたから王宮にいられないならば、ラファエル様は伯母とモニカ様を会わせたくないという事だろう。
だが母が昔話をする時、必ず出て来る名前の一人がモニカ様だ。
としたら、モニカ様がここに来てもおかしくないのでは……?
でも、あれ? そういえば、モニカ様が出戻られてどれくらい経過しただろう?
その間、ここに来た事はあっただろうか?
「モニカ様がここに来る事は無いのよ。王妃殿下のオフィーリア様が絶対的に禁止されているから」
「そうなのですか?」
「ええ。少なくともアデライン様が生きていらっしゃるうちは」
アデラインは祖母の名前だ。
祖母が生きているうちは王妃殿下がモニカ様がここに来る事を禁止している……?
「混乱させてごめんなさいね。とにかく、アデライン様がいらっしゃるから、ここが一番マシなのよ」
「ハイランド侯爵家も候補にはあったのよ。でも、モニカ様の事を考えると、ここが良かったみたいね」
ハイランド侯爵夫人は伯母が唯一会いたいと言っていた方か。
でも、二人は何故モニカ様を警戒しているのだろうか。
「チェルシーはまだ交流しているのですか?」
「王太子妃殿下のブリジット様の所にはよく行っているようよ。ただ、モニカ様を尋ねて行く事はほぼ無いわね」
二人の話を総合すると、伯母は国王陛下の息子ラファエル様からここに来るように指示された。
ここは王女殿下のモニカ様が来れない場所だから。
モニカ様は昔は母と仲良かったが、現在も交流が続いているかは不明。
王太子妃殿下ブリジット様の所へは行っているが、モニカ様と会っているかは分からない、といったところか。
「私の話は終わり。それで、あなたを養女に迎えたい理由だけれど。……このままだと、私の二の舞いになってしまうと思ったの」
「二の舞い……って、どういう……」
伯母も祖母も、笑み一つ浮かべていない。
それが気になって胸がざわついた。
「私にそっくりなあなた。チェルシーにそっくりな妹。ウィリアムにそっくりなあなたの婚約者。二十年前と状況が似ているわ」
思わずゴクリと生唾を呑み込む。
まさか、シェリーが……?
そんなはずないわ、と思うが時折見せる表情が思い起こされギュッとドレスを握る手が強くなる。
「似すぎているのよ、みんな。私の時も……どちらが婚約者か分からないくらいだったわ。そして……」
伯母の表情が曇る。
目を伏せ、痛みを堪えるように俯き、手を握り締める。
「私は見てしまったの。結婚式の二月前、チェルシーと……ウィリアムが……肌を合わせていたのを」
まさか、と口元を覆い悲鳴を呑み込む。
結婚式の二月前は、父はまだ伯母の婚約者だった。つまり二人は不貞という事なのではないの……?
「見間違えたのだと思ったわ。その後二人は普通にしていたから。けれど、結婚式当日にそういう事が起きた。ねえ、セリーナ。あなたの両親は結婚式の事を武勇伝のように繰り返し聞かせたのではなくて? その時、何と言っていた? 私が着るはずだったドレスはあの子の体型に合っていた?」
結婚式のドレス──
『急に決まったけれど、ウェディングドレスは私の体型にピッタリで、まるで私のためにあるみたいだったわ。それにね、偶然なんだけど、私好みで仕立てられていたの! もうそれだけで救いだったわ』
そんな……そんな偶然があるのだろうか。
それが偶然ではないのだとしたら……それは……
口の中が乾いて上手く動かせない。
嘘だと叫びたいが、心のどこかでは分かっていたのかもしれない。




