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身代わりのあなたに花束を  作者: 凛蓮月@記憶をなくした孤独な妻発売!
第三章/母の幸せのために【side セリーナ】

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63.青い空【side チェルシー】※残酷な描写あり※


 シェリーは私に似て可愛かった。

 金髪紫眼、ふわふわの髪はお人形さんみたいだった。

 ピンクのドレスがよく似合って、本当に王女様みたい。

 サディの子だから王女様なのに、世の中ってホント理不尽だわ。


 ウィルも可愛がってくれた。

 知らずに王女を育てていると知ったら……なんて、そんな想像をして顔が緩む。

 サディの子は男の子だった。

 ブリジットの癖にズルいし生意気。

 まあ、でも王子が二人生まれたからもう終わりよね。お勤めご苦労様、と耳元で囁いてあげたい。


 サディとはまたすぐに会えると思っていたのに、何故か避けられた。

 だからモニカを使って会いに行ったわ。

 それでも一年以上も時間がかかっちゃった。

 だから仕方なく仮面舞踏会に参加したら、ウッドウィル公爵になったやつを見つけた。

 仕方ないからコイツで遊ぼ。名前も覚えていないけれど、暇潰しだし遊びだからいいよね。



「そろそろお目覚めかしら」


 不快な声で目が覚める。……ここはどこだっけ。


「夕食を持って来てあげたわよ」

「あんたは……」


 そうだ。先日の裁判で離婚されて、シェリーと一緒にウッドウィル公爵家に来たんだっけ。

 離れに案内されて、それから……


「あら、昼食が残っているじゃない。だめよ、しっかり食べなきゃ」


 頭がガンガンする。身体が重くて声が出ない。

 私はどうしてここにいるんだっけ。

 思い出そうとすると頭に響く。

 そうだ。この女に言われて悍ましい事をされたんだ。

 ブサイクで超え太った下卑びた男ばかり……

 妊娠でもしたらどうするのよ。


「今日はね、ご褒美よ。ローランドの閨指導。分かるわよね」


 ローランド、ってシェリーの婚約者じゃない!

 娘の婚約者とだなんて、頭おかしいんじゃないの?


「ローランドね、あなたが好きなんですって。裏切った夫も、手塩にかけて育てた息子も、あんたみたいな娼婦より劣るバカな女が、好きなんですって」

「きゃあああ!」


 公爵夫人は食事のトレイについていたフォークで私の手を刺した。


「ローランドはあんたが付いてくるから妹を選んだそうよ。どうして? どうしてあんたみたいな女がいいの? 私の愛した人は、どうしてあんたみたいな……」

「いたい! やめて、痛い! 痛いわ!」


 何度も何度も刺されて血が滲む。滲んだところから抉られて、掻き回されて悲鳴が上がる。


「ああ、けれど、引き取れたおかげであなたを好きにできるわ。私ね、あなたに試したかった事が沢山あるの」


 息を切らせてウットリとしながら公爵夫人は微笑む。三日月のような瞳が不気味だ。

 刺された手が熱を持って焼け付くように痛い。


「痛い? 痛いでしょう? その傷はね、夫に、息子に裏切られた私の心なの」


 夫人から更にフォークを突き立てられ、悲鳴にならない叫びを上げる。


「夫の裏切りを知って、何度も何度も傷を抉られて、誰かを信用する心を失っていったわ。だから息子を愛したのに、息子も同じ女を選んだの。許せる? 許せるわけがないわ。ああああ、嫌、嫌よ、どうしてよ……!」


 泣きながら何度も刺して、無事な方の手も、腕も、もう、無事なところは無いんじゃないかってくらい傷だらけになった。

 声は出ない。

 たかがフォークなのに、こんなに痛いなんて知らなかった。


 痛みで意識を失いかけたとき、公爵夫人は誰かを呼んだ。

 魔法というものらしく、みるみるうちに傷が塞がっていく。


「早く食事を召し上がれ」


 ニッコリ笑われても、血塗れのフォークで食べられるわけがない。

 このまま寝ようとしたら、髪を掴まれた。


「ぃいぁっ!?」

「お食べなさい。できないなら手伝ってあげる」


 無理矢理口を開けられ、スプーンですくったスープを喉奥まで突っ込まれる。

 噎せて吐き出したら頬を叩かれた。


「食べ物は粗末にしないと家庭教師に習わなかったの?」


 そんな事を言われても、食べられないのは仕方ないじゃない。

 息を吸おうとしても喉奥が痛くて浅くなる。

 苦しくて涙が滲む。こんな尊厳の無い扱いなんて酷すぎる。


「では、そのまま流し込んであげるわね」

「な……ぇ……」


 公爵夫人はスープ皿を持つと、そのまま口に流し込んだ。

 溺れるかと思うくらい苦しくて、殆どを吐き出してしまった。


「お行儀の悪い事。食事のマナーもなっていない、他人の男を盗み食いする。あなた、本当に公爵夫人だったの?」

「当たり前でしょう? 王太子も、公爵も、みんな私が好きなのよ!」


 手の甲で叩かれ、身体がよろける。だが倒れるのを許さないとばかりによろけた方から叩かれた。


「身体だけの関係でいい気にならないでちょうだい。そして、早く食べなさい。ローランドが待っているのよ」


 公爵夫人は私を置いて行ってしまった。

 ムカつく……ムカつく、ムカつく、ムカつく!

 いいわよ、そっちがその気なら息子を落としてあげるわよ!


 気合で残っていた食事を食べ、侍女に痛いくらい磨かれ、何か変な魔法を掛けられて指定された部屋へ行った。

 ハッキリ言って、閨指導には自信がある。

 サディもウィルもウッドウィル公爵も、みんな私の虜だったし。


 そう思って待っていたのに。


「今日はそちらの男としてほしいんだ」

「え?」


 見てみると、今までと変わらない脂ぎった男がベッドにいた。


「よくよく考えたんだけど、ママが嫌いな人を抱くとママが悲しんじゃうから」


 頬を染めて言う言葉の意味が分からない。


「それに、おばさん年増だし。どうせならママがいいけど、それはしちゃダメだからね。僕は見学させてもらうよ」


 ローランドはソファに座ったまま笑顔で促す。

 結局私は朝まで男に求められ、閨指導は終わった。いや、指導もできずに終わった。ローランドは途中から退室したのだから。


 離れに戻ると、シェリーから涙目で叫ばれた。


「お母様、昨夜ローランド様と何をなさっていたの?」

「何を、って」

「私聞いたのよ。ローランド様が入った部屋から……いかがわしい声がするのを。見たらお母様が……あんな、あんなかっこうをして」

「それは……」

「不潔。不潔です。ひどいわ。娘の婚約者もだなんて、穢らわしい!」


 シェリーが公爵夫人と同じ顔で叫んでいる。

 誤解よ、何もしていないわ、と言いたいのに喉が火傷しているから声もまともに出ない。


「アカデミーも退学させられたわ。王太子の庶子だから、今後は社交界にも出られないんですって。ローランドは他の女と子を作るって言われたのよ。結婚する前から夫を愛人に取られる気持ちがお母様に分かる!?」


 シェリーが泣いている。私のせいなの……?


「ごめ……ごめな……さ……」

「お母様なんか大っ嫌い! 王太子の子になんか生まれたくなかった! 私もお父様の子になりたかった! 私の人生を返してよ!」


 私がしてきた事が、シェリーの幸せを奪ってしまった。

 王太子の血を引いているけれど、庶子だから王女にもなれない。

 王太子の血を引いているから、公爵令嬢にもなれない。

 生まれてきたのに、幸せになれない。

 私の、せいで。


 それからシェリーは私を無視するようになった。

 魔術師の回復魔法も繰り返される公爵夫人の攻撃で治りにくくなった。


 どれくらいの時が経ったか分からない。


「あなたね、もうお役ごめんよ」


 ある時公爵夫人に言われて、追い出された。

 公爵に助けを求めたが無視された。

 モニカに、と思ったらいなかった。じゃあブリジット、と思ったら門前払いをされた。


 私の人生、何だったんだろう。

 お姉様はどうして周りが助けてくれたんだろう。

 私を助けてくれる人はいない。


「チェルシー? チェルシーだろう?」

「サディ……」


 貧民街で懐かしい顔に再会した。が、一瞬で冷めた。

 髪も汚いし髭も伸びて汚らしい男だったからだ。


「なあ、腹空かないか?」

「……そうね」

「そこに……客がいるんだ」


 振り返ると、下卑びた男たちがいる。

 ニヤニヤして気持ちが悪い。


「客、って」

「彼らは貧民街のボスでね。彼らがきみをくれたら食糧をくれるって言うから」


 世界から、音が消えた。

 目の前の男の言語は分かるはずなのに、何一つ理解できなかった。

 離婚した、娼婦みたい、チェルシーのせい──

 一つ一つの単語は理解できるのに、意味が分からない。


「だから、ね。俺の事、愛しているだろう? いやぁ、チェルシーに会えて良かった」


 ああ、そうか。

 お姉様は私と違って勉強して、理解できないところは理解できるまで頑張って、努力していたから周りが尊敬していたんだ。

 ズルいんじゃなくて、それだけ自分のために、周りのためになる事を頑張っていたから、みんなが守ってくれていたんだ。


 あの黒髪の子。私が最初に生んだお姉様にそっくりな子。

 まるで責められているみたいで嫌だったから遠ざけたけれど、ちゃんと娘として育てていたら私を守ってくれたのかなぁ?


 あの子の名前、なんだっけ。

 確か、お姉様に似たような、けれど、私と同じ、紫の瞳だから伸ばす音を入れて。


「……」


 重いモノが、覆い被さった。

 銀の髪が鬱陶しい。もう少しで思い出せそうだったのに。

 どいて欲しいがピクリともしない。

 頭から血が出てるみたい。……バカみたい。

 昔は幸せな重みだったはずなのに、今はもう迷惑でしかない。あんたなんか、相手にしなきゃよかった。


 ……バカは私も、か。いまさら後悔しても遅いのに、もう会えないのに、何かに向かってごめんなさいって言いたくなった。


 やがて私の意識が薄れていく。

 さいごに見た青い空が、とてもきれいだった。

 お姉様の澄んだ瞳みたいに。


 血と混ざって、あなたの瞳みたいに。


 でも、よごれた私には、まぶしすぎて、やがて目を閉じた。


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