61.笑顔でいたい
「生みの母もウッドウィル公爵家でお世話になるのですよね?」
「そうね」
「大丈夫でしょうか。血の繋がった母ながら、ご迷惑をおかけしてしまうのでは、と思うと公爵夫人に申し訳無く思います」
元両親は結局離婚してしまった。
あの醜態を見ても愛せたならば見直したけれど、そこまでの愛情は無かったらしい。むしろ離婚するからと母に復縁を迫り、父に一蹴されていた。
元父には不貞から始まった関係の責任を最後まで取ってほしかった、とも思う。
妻が他の男性の子を生んだとはいえ、自分だって婚約者を裏切って私を授かったのだ。
不貞の因果は子に影響すると聞いた事もある。
真実の愛だと豪語していたならば、最後まで貫き通すべきではなかったのだろうか。
ちなみに元父は領地に封鎖され、公爵家はセドリックが引き継ぐ。とはいえ、まだ十歳なので引き続き実権は祖母が握る事になる。
「気にしなくていいわよ、セリーナ。あなたを生んだ母だからこういう事を言うのはあまりよくないかもしれないけれど、ウッドウィル公爵はチェルシーの愛人だったのよ」
「……え?」
……え?
「アカデミーで王太子殿下の側近候補としていたの。その頃からの遊び相手でね。……その、結婚後頻度は減ったけれど、仮面舞踏会で逢瀬をしていたらしいわ」
母は気まずそうに言葉を選びながら教えてくれる。
私は開いた口が塞がらず、何と言えばいいのか分からない。
「公爵夫人はそれで息子に傾倒してしまったのね。上手く隠す方だから知られていないけれど、ウッドウィル公爵家の実権は彼女が握っているわ」
「だから、二人をどうするかは公爵夫人の裁量による。……クソ女その二は公爵に泣き付くだろうが、どうにもできないだろうな」
つまりウッドウィル公爵夫人は、自分の夫の愛人を引き受けたのか。
「周りは夫の愛人を引き受けた懐の深い女性と絶賛するでしょうね。そして味方になる。その実内部ではあの子の思い通りになる事は一つもない。上げて落とすなんて得意分野だし。真綿で首を絞められるように徐々に疲弊して、更に」
「ちょっとした風邪を拗らせて儚く、なんて未来も見えるな」
すぐに楽にはなれない。
じわじわと追い詰めて最後は……そこまで想像して、身を震わせた。
私の義理の母になるかもしれなかった方がそんな執念に燃えていただなんて、恐ろしくて背中に汗が伝った。
「だから、私はセリーナとの婚約は解消させたかったの。チェルシーの娘なんだもの。ネチネチ嫌がらせされたかもしれないわ」
「そうなのですか……」
「ごめんなさいね、セリーナ。仮にも生みの母の事だから子どもに言うのは、と思ったけれど……」
「いえ、話して下さってありがとうございます。もう色々と想像を超えすぎて驚いていますが、むしろこれでキレイさっぱり忘れられるとふっきれました」
悲しいのは自分にその血が流れている事だ。
だからといって同じになるつもりはないが。
「あの、お母様たちにお願いがあるのですが」
「なあに?」
「もし、私が同じ事をしようとしたら、全力で止めてほしいのです。勿論そうしないように気を付けるつもりではおります。それでも、抗えない運命みたいな何かに誘導されてしまうかもしれません」
不貞は絶対にしたくない。
けれど、親が不貞したら自分がしたり、伴侶にされたりと因果が生まれやすいのではないかと思うとちょっぴり怖い。
「だから、そういう時は、止めてください。誰かを傷付けたくないんです」
結婚当初から愛する人を不貞に巻き込みたくない。
傷付けて、苦しめるなんて絶対したくない。
「じゃあセリーナがそうなった時は、私が責任をもって止めるわね」
「俺も。子が悪い事をしたら叱るのが親の務めだ」
「まあ、以前はそうでも、今は私たちの子だからね。そういう事はしないと信用しているわ」
「セリーナはしなくても未来の伴侶は分からんぞ」
「レックスなら大丈夫でしょう。そういえば先日中々にかっこよかったじゃない」
母の言葉に心臓が跳ねる。
確かに先日裁判の時に庇ってくれたけれど、と思い出して顔が熱くなった。かっこよかったのは確かにそうだもの。
「俺は構わないですよ。セリーナが不貞したら事情があるはずだからしっかり話し合って解決します。まあ、不貞する暇も無いくらいがっつり愛せばいいのでしょうが、騎士やってる以上はどうしても不在になりますからね」
「レックス様!」
一緒に結果を聞いていたレックス様は、先程までは気配を断っていたのに急に爆弾発言しないでほしい。
「懐が広いわね、素敵。セリーナ、いいお婿さん候補じゃない」
「お婿さん、て、まだ分からないじゃないですか。お母様たちが結婚したら子も授かるかもしれませんし」
「あー……そこはたぶん大丈夫。昔避妊薬を飲んでた影響で子どもは無理じゃないかなぁ」
「いや、いけるぞ。セシリアがいいならば」
「え?」
「呪いを解呪した時、回復魔法も入れただろう? それで身体が十歳くらいは若返っている」
父曰く、それで母の美しさに磨きがかかったのだろうと言う。
それでも妊娠は身体に負担がかかるため、どうするかは母と話し合って決めるそうだ。
「セシリア様が子を授かっても安心しろ。俺は騎士爵を持っているし、なんならハイランド侯爵家が持つ子爵位もある。婿でも嫁でもどっちでもいいぞ」
レックス様も無表情で胸をどん、と叩いて豪語しないでほしい。
外堀を埋められて、何と返事したらいいか分からなくなる。
「結婚と言えば、義父上の貴族籍、復活しました」
返答に詰まっていると、レックス様が急に話題転換された。
「死亡届が却下され、アーヴァイン・オルグレンの籍が復活しました。なので、婚姻も可能ですよ」
裁判の後、ラファエル殿下に父の死亡届の取り下げを願い出た。
勿論快諾してくれ、即日手続きをしてくれたのだ。
また、あの裁判の時に父のご両親とお兄様がいたらしく、閉廷後大変驚かれてしまった。
祖母にあたる方は危うく天に昇りかけたし、伯父にあたる方は大号泣なさっていた。
祖父だけが落ち着いて会話をして、帰りは小躍りしていた。
その時に母は妻として、私も娘として紹介され結婚するつもりだと宣言していた。
皆様喜んで下さったのがとても印象的だったな。
レックス様は、父の籍が戻ったのでその知らせを持って来てくれたらしい。
「じゃあ」
「式は身内だけになるだろうが、近々予定している。盛大に挙げたいが、セシリアが身内だけの挙式がいいと言ったからな」
「もうこの歳で盛大には無理よ。身近な人からおめでとうって言われるだけで充分だわ」
身近な人とはいえ、招待客の候補を思い浮かべれば身分の高い方ばかりなのだが、誰を招待しようか、と言い合う二人は幸せそうに笑っている。
以前、母は言っていた。
『どんなに辛い事があっても、どんなに絶望が押し寄せても、誰よりも幸せだって笑ってやる、って決めたの』
本当にその通りに実行してしまった。
きっと人に言えない辛い事もあっただろう。
苦しくて、死にたくなって、何度も何度も泣いただろう。
けれどそれをバネにして、もがいて、幸せを掴み取った。
何度倒れても立ち上がってきたから、周りが手を差し伸べてくれた。守ってくれた。
私もそんな母のようになりたい。
悲しみも苦しみも乗り越えて、恨まれても、妬まれても、笑っていたい。
ちょっと言葉は悪いけれど「ざまぁみなさい」と笑ってやりたい。
たぶん、それは相手が一番悔しがる事だと思う。
「お二人の結婚式、楽しみにしていますね」
母は頬を染めて、幸せそうに笑った。




