59.幸せにしかならない
「俺が前線に行かされた理由も、セシリアを身受けしようとしたからだろう? 元を辿れば全てセシリアにたどりつく。仕方なく戦って早く終わらせようとしたのに、お前の息のかかった魔術師が俺を殺しに来た。呪いを掛けたのもそいつだろう?」
父の声には怒りが混ざっている。
ようやく幸せを掴もうとした二人を引き裂いたのだ。
生みの母が王太子に頼んで父を前線へ行かせ、モニカ元殿下が不自然ではないように襲わせた。
とことんまでに母を追い込もうとする二人に苛立ちが募る。
「なあ、なんでそんなにセシリアを不幸にしたがるんだ? アークライト前公爵に取り入りたかったなら、そっちに行けばいいだろう。娼婦に落として、そっから幸せになろうとしてもまた陥れて、あんたら、何がしたかったの」
父の言葉に二人は押し黙っている。
モニカ元殿下はずっと睨んでいるし、生みの母も生まれたての子鹿のような睨みを利かせている。
「私のせいじゃないわよ。私は身内だし、やめようって言ったわ」
先に裏切ったのは生みの母だった。
「ゴロツキに襲わせろって言ってないわよ。ウィルをつまみ食いしたらウッカリできちゃったから、じゃあチェルシーが嫁げばいいって、結婚式当日に駆け落ちした事にして誘拐して、身代わりになればいいって言ったのもモニカだし」
「あんた……!」
「ずっとお姉様を見張って、身受けされるって煩かったからサディにお願いしたけれど、殺せとは言ってないわ」
公爵夫人という立場なのに浅はかすぎる発言に、誰もが言葉を失った。
「あたしはあんたが『お姉様ばかりみんなに好かれてズルい』って言うから協力してあげただけよ! ちょっとした遊びだ、って言って」
「遊び……?」
「遊び……?」
父のこめかみがピキピキと浮き上がる。
同時に私の眉も釣り上がっていく。
つまりはこの二人は遊びで母を陥れたのか。
「人間として同じ色の血が流れているとは思えないな。国王陛下、私は私とセシリアを陥れた三名の極刑を求めます」
「あ、俺もー。モニカは結局王女じゃないんだよね。騙されたなぁ、悲しいなぁ。やってる事劣悪だね。国同士の争いに発展してもおかしくないよ」
二人の男性に睨まれ、モニカ元殿下は悔しげに顔を歪める。
「だって……おかしいじゃない。あたしは王女なのに、なんでそこの女があたしの欲しいもの全部持っていくの? なんであたしじゃないの? なんで?」
それこそよく分からない理屈だ。
王女という身分があるから全てが手に入るわけではない。
母は努力をしてその地位を確立していったのだ。
窮地に陥っても、貶められても、前向きであり続けた。
辛い事も、誰にも言えず泣いた事もあっただろう。
それでも何てことないように笑って、小さな事で幸せを感じ、私にも惜しみない愛情をくれる。
「モニカ殿下は、母に嫉妬したんですね」
ぎり、と睨まれるが、怯まない。
「母は、どうしたら幸せになれるかずっと模索していました。婚約者が自分の実の妹と不貞しても、お祖母様を支えようと決意して結婚式に臨みました。娼婦に落とされても、その場所で楽しく生きて小さな幸せを見出そうとした。だから父のような愛情深い人に見初められたんです」
逆境でも腐らずに前を向いて生きてきた。
誰も憎まず、恨まず、母は眩しい光のような人だ。
「モニカ殿下はどうですか? 王女という身分で、何かしてきましたか? 誰かを幸せな気持ちにしましたか?」
きっと何も無い。言い返せないのが答えだ。
欲望のままに生き、ただ理不尽だと自らは動かず他人を動かして生きてきた。
だから母が努力して幸せになる事が許せないのかもしれない。
「あんたに……あんたに何が分かるのよぉおお!!」
モニカ元殿下が叫びながら突進してくる。
私は睨んだまま母を庇った。
が、私の前に立ちはだかる影があった。
「おっと、危害を加えないでもらえるか。俺の大切な人なんでね」
「そろそろ観念したらどう? 見苦しいったらないわよ」
それはレックス様とラモーナ様だった。
ラモーナ様がモニカ様の腕を取り投げ飛ばす。
「ホントあんた無謀だな。だがそれがいい」
「セリーナちゃん、素敵よ。強い子大好き」
二人の背中が頼もしく見える。
モニカ元殿下は足元でねじ伏せられ、転がっていた。
「二人とも、ありがとう。セリーナも、ありがとう」
「お母様……」
前に出た私の肩を母が抱いてくれた。
人はきっと人生どのように生きてきたかで顔つきが変わるのだと思う。
母の顔はキレイだ。私もこういう人になりたい。
「国王陛下に申し上げます」
「……申してみよ」
「私、セシリア・オルコットは、そこにいるモニカとチェルシーを殺人未遂の罪で訴えます。モニカは国王陛下のお子で無い以上、貴族を拐かしたとして極刑を求めます」
母の言葉に国王陛下は息を呑んだ。
貴族はもちろん、先程娘の悍ましい本音を聞いた王妃殿下はもう反対する力を失っている。
「ウィリアム、あなた、まだチェルシーと夫婦でいる覚悟はあるかしら?」
母の言葉に指名された元父は勢い良く頭を振った。
「り、離縁だ! チェルシーもシェリーも、アークライト公爵家から出て行け!」
「だ、そうだけれど。どうかしら、お兄様。離縁されて行く宛の無い二人を引き取りますか?」
次に指名されたクリフォード伯父様も、勢い良く頭を振った。
「無、無理だ! 魔術師を殺そうとしたんだ。いくら身内でも許せない!」
そういう理由? 他に無いの? と思っていたら、横にいたフランシス伯母様に叩かれていた。
「そ、それに、王太子殿下の落し胤はうちでは受け入れらない」
そうすると、二人の行き先がなくなってしまう。
流石にそれは分かるのか、二人とも顔色を悪くしてしまった。
「ウッドウィル公爵家はいかがかしら。娘の婚約者になるのよね」
「お可哀想ね。引き取って差し上げてもよろしくてよ」
傍聴席がにわかにざわついた。
ローランド様との婚約はそのまま継続という事?
ウッドウィル公爵夫人は微笑みを浮かべたままだ。……ただし、目は三日月のように細くて不気味だった。
「では、二人ともまとめて差し上げるわ」
「ありがとう。うふふ、シェリー嬢はローランドのお気に入りなの。愛する人が処刑だなんて、可哀想。当家がしっかりと面倒見て差し上げますからね」
生みの母もシェリーも目を輝かせているが、何故かとても寒気がした。
母は足元で座り込み不貞腐れたように俯いているモニカ元殿下の顔を指先でクイッと上げさせた。
「あなた、私が幸せになるのが妬ましいのだったわね。ごめんなさいね、私、どうやっても幸せにしかならないみたい。あなたがした事というのが皮肉だけれど、アーヴァインと出会えたのはある意味あなたのおかげかもしれないわ。ありがとう」
極上の笑みを見せつける母は、誰よりも美しい。
父は手を組んで感激しているし、ラファエル殿下も見惚れている。
いや、この場にいる誰もが母に見惚れているだろう。
モニカ元殿下がしてきた事は、全て無駄だったのだ。
悔しげに涙を浮かべ、歯をギリギリさせていたが、最後には負けを認めたように俯いていた。




